不満のある納品
「よしもう一回、もう一回こっちの依頼で魔素散らしを狩ろう。じゃないと気が済まないよ!」
ダン、とテーブルに飲んでいた果実水のコップを叩き付け、カンナが吠えた。
柳眉を吊り上げ、頬は不満げに膨らましている。
酒をも飲んでいないというのに興奮で赤ら顔だ。
日暮れと共にアスイトフ領南部の街ヴィーンに帰還したニニルとカンナたち一行は、カルマの《次元収納》で運んだ魔素散らしの死体を冒険者ギルドに引き渡し、祝杯と称して酒場〈吠えたぎる鉱山〉亭に繰り出していた。
しかしテーブル席にはカンナとカルマとニニルの三名しかいない。
ガイアス、ミゲール、ギルの三名は夕食を済ませるとそそくさと夜の街へ消えていった。
さすがは体が資本の冒険者、元気いっぱいである。
実年齢はともかく見た目は年端もいかない少女二人の前で、隠すことなく堂々とカルマも誘われたが丁重にお断りした。
ニニルとカンナも娼館と聞いて恥ずかしがるほど初心でもない。
ニニルは冒険者歴二十年の大ベテランで、下品が鎧を着て歩いているような冒険者連中の扱いには慣れている。
カンナのその中身は創造神であり、それこそ世界創造から今日に至るまでの生命の営み、清濁の全ての輪廻を見守ってきたのだ。
一生物の戯言など微笑ましく感じるだけだろう。
だが何が面白いのか、思春期の女の子でもあるまいし、冷やかし半分で下ネタをこちらに振ってくることがあった。
一々たしなめるのも面倒なので、ガイアスたちも行くなら黙って行って欲しかった、というのがカルマの素直な気持ちだった。
もっとも現在のカンナの意識は違う事に向いてるのだが。
「依頼書に病床の娘のためって書いてあったけど、あれ本当?いくらこっちが平民だからって、どう考えても娘の治療薬の素材を持ってきた人に対する態度じゃなかったんだけど!」
報酬を受け取る際のやりとりを思い出してカンナがぷんすか怒っている。
確かにカンナが怒るのも納得するくらい、依頼主の態度は悪かった。
ニニルたちが受けていた依頼は〈魔素散らしの角の納品〉である。
魔素散らしの素材は様々な用途に使われるのだが、中でも角は煎じて飲むと体内の不純な魔素を中和する効果があった。
依頼主はこのヴィーンの街有数の貴族で、名をアイマルク家という。
アイマルク家の次女が〈魔素結晶症〉という病にかかったため、その治療薬として定期的に魔素らしの角の調達を冒険者ギルドに依頼していた。
〈魔素結晶症〉というのは、何らかの理由で体内や体表を循環している魔素が滞り、結晶化してしまう病だ。
病を放置して悪化すれば、患部がまるで石化したかのように固まり、部位によっては血の流れを堰き止め死に至らしめる。
発症する原因は究明されておらず、唯一の治療方法が服薬による結晶化した魔素の軟化である。
しかしこれはあくまで対処療法である。
魔素散らしの角以外でも治療薬は作成可能だが、代用できる薬草は貴重で高価なため前者のほうか安上がりだ。
安上がりとはいえ在野最上位の、冒険者階級第二位階のパーティーでなければ亜竜である魔素散らしは狩れない。
従って平民は勿論のこと、下級貴族程度でも購入できないくらいには高価だ。
つまり余程の金持ちでもない限り〈魔素結晶症〉は不治の病であり、死を免れることはできない。
そして余程の金持ちであるアイマルク家は、金を惜しまず冒険者ギルドに依頼を出し続けていた。
カンナがその依頼書を見て速く娘を助けなければと騒ぎ、強引にカルマに依頼を受けさせたのが事の始まりだ。
既にニニルたちのパーティーがアイマルク家と専属契約を結んで定期的に狩っていて、そこまで急を要する状況ではないと知ったのは後になってからだった。
カンナとニニルたちは偶然冒険者ギルド内で鉢合わせて、互いの状況と能力を確認し合った結果、合同パーティーを組むことになったわけだ。
カルマの《次元収納》のおかげで、通常の三倍の量の素材を持ち帰れたのでニニルたちはほくほく顔だった。
魔素散らしの本体を冒険者ギルドに売り渡し、角をアイマルク家に納めに出向いた時のことを思い出してカンナが憤る。
アスイトフ領南部の街ヴィーンは、希少な鉱石が採れる鉱山が主産業の街である。
鉱山はアイストフ領の南端に位置し、鉱山の北側の麓にヴィーンの街がある。
街の北側にはアスイトフ領初代領主ハーマインが開拓した平原が広がり、更に北上すると領都へ辿り着く。
魔素散らしの生息する荒野は街の南西、鉱山沿いに進んだ僻境にある。
鉱山の運営は領主アイストフ家の分家である、アイマルク家とエルグリン家に任されていた。
アイマルク家はヴィーンの街の中心部に巨大な屋敷を構えていて、ニニルたちはいつも通り裏門の守衛に話を通すと、魔素散らしの角の納品の手続きのため屋敷に招き入れられた。
鉱山事業は儲かるようで、廊下の壁や階段の踊り場といった至る所に高価そうな調度品が飾られている。
「おっ、金持ち定番の裸婦像があるよ」
「絶対に触らないでくださいね」
好奇心旺盛なカンナがふらふらと調度品に近づくのをカルマが阻止しつつ、一行は客間に案内される。
納品もかれこれ四回目で初回以降は初老の執事が対応していたのだが、この日は何故かアイマルク家の当主がその場にいた。
丸々と太った中年の男で、豪奢な貴族服に二重顎が乗っかっている。
黒髪の生え際は頭頂部まで後退していて、薄い唇は微笑むように弧を描き、丸みを帯びた鼻が温和な印象を与えるが、目はひとつも笑っていなかった。
新参者のカルマとカンナ、特にカンナを値踏みするような目つきで見つめている。
「依頼品である魔素散らしの角をお持ちしました」
「この机の上に出しなさい」
「はい」
「この一本で全部だな?他に隠し持っていたりしたいな?もしそうであれば契約違反で奴隷に落とすからな」
執事とのこのやりとりも四回目である。
通常であれば納品は冒険者ギルドを経由で行われるが、依頼者側の希望があれば冒険者の直接納入に切替えることも可能だ。
ニニルたちのパーティーとアイマルク家の間には以下の追加要項が存在する。
ひとつ、納品は欠員や負傷等の理由がない限り、パーティー全員で屋敷まで納入しに来ること。
ふたつ、入手した依頼品は全てアイマルク家へ納めること。
この追加要項を踏まえたうえで、ニニルたちはアイマルク家と無期限の専属契約を結んでいた。
特段ノルマは無いので納品を急かされることはなければ、報酬は相場の二倍と破格だったため、ひと月に一度の頻度でニニルたちは魔素散らしを狩っていた。
ニニルたち以外にも専属契約しているパーティーがあるそうなので、病床の娘のために是が非でも集めたいのだろう。
「それではこれが今回の報酬だ。受け取ってさっさと立ち去るがいい」
執事が報酬の入った革袋をぞんざいにガイアスへ放り投げた。
その眼には明らかな侮蔑の色が混じっている。
「はい、それでは失礼します」
「もが、もががっ」
貴族の冒険者、ひいては平民に対する態度にニニルたちは慣れたもので、そそくさと客間から退出をする。
唯一カンナだけが執事の態度に腹を立て何か言いかけたが、背後からカルマに口を塞がれ阻止された。
「そこの二人、待ちなさい」
去り際に終始無言だった当主が突然話しかけてくる。
「はい、なんでしょうか?」
「お前たちは新顔のようだが、我が家と専属契約を結ばないか?報酬は弾むぞ」
「申し訳ありませんがご遠慮させてください。私たちは旅を急いでおり、今回限りの参加となりますので」
「そうか、ならばよい」
カルマはカンナの口を押さえたまま一礼して客間から辞する。
その間、当主の視線はずっとカンナを捉えていた。
「というわけで、別の依頼主の……エルなんとかって貴族の依頼を受けようよぉ、カルマ」
「だからこれ以上の寄り道は駄目です。それに皆さん専属契約済みなので、アイマルク家以外に魔素散らしの角の納品はできません。私たちは専属契約をしていないのでエルグリン家の依頼を受けることは可能ですが、二人では魔素散らしを狩れません」
「それだけどさぁカルマ君。君一人でも狩れるんじゃない?」
先の魔素散らし戦でカルマは意図的に手を抜いていた。
何故なら今回はカルマたちとニニルたちの、合同パーティーでの戦闘だったからだ。
基本的にパーティー内での報酬は公平分配であり、合同パーティーでも同様だが戦果が偏ると揉め事になりやすい。
事前に公平分配だと取り決めを交わしていても、いざ自身が活躍すると戦果を主張してしまうのは冒険者の性か。
慣れ親しんだパーティー内であれば加減も妥協もできるかもしれないが、初対面だとそうもいかない。
無用な禍根を残さないためにも、ニニルたちの人となりが分からない時点では慎重になったほうが良い。
そもそもカンナの我儘で参加しただけで、報酬目当てでもなかったのだから問題ない。
カルマとしてはカンナは真面目に勇者探す気があるのかと問い詰めたかった。
「あ、わかっちゃう?わかっちゃうよね。だからひと狩りいこうよー」
カルマが止める間も無く、繊細な部分をカンナがあっさり暴露する。
依頼中に手を抜くなど、相手によっては侮辱と取られてもおかしくない。
だがひと狩り終えて、ニニルたちは良識のあるパーティーだと分かったので大事には至らない。
ニニルはカンナを助けた際に自身の命も危険に晒されたりもしたが、手を抜いていたとしても総合的にはカルマの活躍はプラスに働いていたと評価している。
ガイアスの負傷で予定より《土変化》の落とし穴への誘導が早まったのが、後の出来事の発端でありこちらの失態だ。
カルマが尻尾の鱗を破壊していてくれたおかげで、追加の重傷者が出ることなく《氷嵐》後の追撃に参加できたのが大きい。
無論《次元収納》による恩恵も外せない。
「……仮に私たちで荒野に出向いたとしても、そう都合よく魔素散らしが見つかるとは限りません」
魔素散らしは亜竜で個体数はそう多くない。
しかも縄張りが広いため探す術が無いと永遠と荒野を彷徨うことになる。
「なら私が協力しようか?」
「ですが専属契約がありますよね?」
「それなら抜け道があるから大丈夫さ」
そう言って、緑髪の少女は不敵な笑みを浮かべた。




