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創造神は騒々しい  作者: 忌野希和
創造神は仰々しい
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煽り耐性皆無

「ちょ、ちょっと待って。地母神の信徒なんだから吸血鬼になっちゃだめだよ!」


 完全に演技を忘れて素に戻ったカンナが声を上げる。


「確かに私は地母神の信徒でしたがそれも今日までです。何故なら私は貴女様に神性を見出してしまいましたから……」

「ぎくぅ」


 わざとらしく反応したカンナは無視して、どこか悟った表情のエレノアが俯き加減で独白を始める。


「私は【知叡ちえい神の加護】により〈魔識眼〉を賜りました。この力により生まれた時から私の視界は世界に漂う様々な魔素マナで彩られていました」


 〈魔識眼〉とは空気中を漂う魔素を視覚的に認識できる能力である。


「特に私の〈魔識眼〉は力が強く、魔素が空気中に漂う湯気のように見えるだけでなく色も付いていました。そして人から発せられる魔素の色は人により千差万別で、ひとつとして同じ色はありません。生まれた時から人の魔素の色を観察し続けた私ですが、ある時その色に意味があることに気が付きました。高潔なものほど美しく、そうでないものほど醜い色をしていたのです」


 ここでエレノアは顔を上げると、はしばみ色の瞳に熱を籠らせてラキュアことカンナを見据える。


「そして貴女様の発する魔素は誰よりも美しいのです。地母神の信徒である司祭様や聖女様よりも、御神体として神殿に祭られている地母神様の石像よりもです。それはもはや〈神気〉と言ってもいいでしょう。吸血鬼である貴女様から〈神気〉を見出す、それはすなわち……私が吸血鬼になって貴方様に仕えよという知叡神の思し召しなのです」


「い、いや、そうはならないんじゃない……?吸血鬼から〈神気〉っておかしくない?」


 吸血鬼ではないと発覚するとまずいカンナであったが、強引過ぎる解釈に思わず反論してしまう。


「いいえ、違うんです。私が見ている魔素の色は信仰や種族、立場によるものではなく本人の高潔さが反映された色なのです」


 エレノアは語る。

 汚職で手を汚した地母神の司祭から漂う魔素はどす黒い色をしていたということを。


 冒険者の仕事で捕縛した盗賊は実は義賊で、悪徳商人がだまし取った金を元の持ち主に返すために悪事に手を染めていたのだが、本人の魔素は気高く美しい色をしていたということを。

 それは魔獣相手であっても同様で、本能のままに生きる魔獣の魔素は例え人種に敵対していたとしても美しいそうだ。


 つまり魔素の色の美醜の基準は、悪意があるかどうかということらしい。

 そしていつしかエレノアは社会的な善悪よりも、個としての気高さに心惹かれるようになっていった。


「これまでに何度か<闇の眷属>である吸血鬼にも出会いましたが、人種への悪意に満ちていて直視に耐えない魔素の色の持ち主ばかりでした。ですが貴女様からは生き物の情念が入らないような、地母神の依り代である石像よりも〈神気〉を感じます。これは貴女様が高潔なあかしであり、私はそれに仕え導かれたいのです」


「うーん、まぁわたしが高潔なのは認めるけどね」


 先程までエレノアの発言に引いていたのに、煽てられてカンナの頬がだらしなく緩んだ。

 カルマとしてはエレノアの〈魔識眼〉に対する認識に関して疑問が残る。


 人の心は移ろうものだ。

 汚職司祭も悪事に手を染める前は崇高な志を持っていたかもしれない。

 義賊は悪徳商人以外からも盗みを働いていたかもしれない。


 〈魔識眼〉で見える魔素の色は人の善意と悪意に反応して頻繁に変わるものなのか、それとも本人が生まれ持った資質として固定なのか。


 前者であれば人柄の判断基準にするには危うすぎる。

 後者であれば今は善人でも将来の悪行を見通す予知のような力になる。

 そもそも善悪の基準は何なのか、自覚によるものなのか、もし悪行を善行なんだと洗脳されていたらそれはどちらなのか。


「人の本質を見てきた私にはもう、地母神を信仰する人すべてを信じることが出来ません。地母神の信徒としては失格でしょう。お願いします、私を吸血鬼にして貴方様に従えさせてください!」

「小娘風情が人の本質を語るとは片腹痛いな。我が主が未熟なお前を眷属に迎え入れる事はない。人種を襲う覚悟すら出来ていないのだからな」


 カルマに図星を突かれてエレノアの表情が歪む。


「そ、それは、吸血鬼にさえして頂ければ―――」


 なんとか説得しようと口を開いたエレノアの言葉を、扉を蹴破る轟音が遮った。

 驚いて振り返ると、松明を持った小柄な人影が玉座の間に入ってくる。

 松明の明かりに照らされながら現れたのは、自身の身長よりも大きい鎚をかついだ青髪の人狼族の少女だった。


(おっと、これはまずい)


 想定外の人物の登場に驚きつつも、カルマは自然な動きでカンナが青髪の少女の視界に入らない位置に移動する。


「リーニエ姉さんはどこ」

「あれ、その声は」

「やれやれ、今夜は随分と約束の無い客が多いな。最近の若い娘は礼儀がなっていなくて嘆かわしいことだ」


 カンナの声を掻き消すと、カルマは後ろ手に合図を送る。

 最初は訝し気にそれを見ていたカンナだったが、途中で思い出したのか小さく頷いて玉座から降りると、東の尖塔を目指して走り出す。


 不測の事態の時は尖塔の荷物を回収して逃げる手筈になっていたのだ。


「待ってください!」


 エレノアがそれを追いかける。

 青髪の少女―――ルカも追いかけようとするが、カルマが立ちはだかる。


「お引き取り願おう」

「……どいて」


 髪色と髪型を変えたくらいでは、顔を知っているルカが見ればカンナだとばれてしまう。

 吸血鬼を騙り冒険者ギルドに敵対したことが露見すれば、間違いなく犯罪者として指名手配され旅もままならなくなる。


 それだけは避けなければならない。

 なんだか主のせいで無駄な苦労をしているなと感じながらも、時間を稼ぐためにカルマはルカを挑発する。


「リーニエとは栗色の髪を三つ編みにした女のことか?あれなら器量が悪く眷属どころか屍鬼も願い下げだから、血だけ吸って棄ててやったぞ」


 ルカからの返事はなく、代わりに松明が顔の前に飛んできた。

 抜刀と共に松明を縦に切り裂くと、二つに分かれた炎の後から鋼鉄の塊が現れて、カルマの頭部をかち割らんと迫る。


 下がりながら紙一重で避けると、白い仮面の前を巨大質量が通り過ぎて足元の石畳を破砕した。

 鎚の向こう側あるルカの顔は、暗いというのに怒りの形相であることがはっきりと見て取れた。

 馬車の護衛をしていた時は終始無表情だったが、今は幼い顔立ちに似合わない眼光で相手を射殺せそうだ。


(ちょっと煽り過ぎた、か)


 ルカが地面に突き刺さった大鎚を振り上げる。

 【鍛冶(たんや)神の加護】により超重量を無視した、短剣でも振るうかのような軽やかな扱いだが、その威力は短剣の比ではない。


 カルマは大鎚を再び背後に飛んで避けると、背後にあった無骨な玉座を宙返りで飛び越える。

 長い背もたれに手を添えて体を捻りながら着地した。

 そのまま玉座を壁にしてルカから距離を取ろうした時、何かを殴りつける大きな音が響き渡る。


 カルマが振り向くと、轟音と共に飛んできたのは玉座の背もたれだった。

 ルカのフルスイングが玉座に叩き付けられると、金属製で頑丈な造りのはずの背もたれが根元からへし折れる。


 そして縦に回転しながらカルマの元へ飛来した。


(カンナ様がいたらナイスバッティングだと褒めそうだな)


 などという感想を抱きつつ、カルマは迫り来る金属の塊に対して刀を走らせる。

 キン、と金属を軽く叩くような音と共に、背もたれが松明同様に両断されてカルマの左右を通過した。


 その間にルカはカルマとの距離を詰める。

 走り込むと背の低くなった玉座を踏み台にして跳躍して、背もたれを切りつけた直後のカルマに大鎚を全力で振り下ろす。


 今度は躱せるタイミングではない。

 また如何に刀の切れ味が鋭くても、この大鎚は魔銀を溶かし込んで強度を上げた特別製だ。

 背もたれのように切り裂くことはできない。


「とった……!?」


 義姉の仇を討ったと確信したルカだったが、信じられない光景を目の当たりにする。

 背もたれを切断し振り上げていた刀の切先が、大鎚を受け止めようとしてゆらめく。

 そして大鎚の側面に刀身をぴたりと貼り付けると、そのまま外側へ()()()()()


 それだけでルカの全力の一撃はいなされ、大鎚はカルマの右肩を掠めて地面に突き刺さる。

 加護と研鑽と武器の質と全てが揃っていたとして、果たして世界で何人の剣士が同じ技を扱えるだろうか。

 驚きつつもルカはなんとか転ばずに着地はしたが、大鎚の勢いは殺さずに方向だけを反らされていたため、体勢を崩して両膝を地面に付けている。


 目の前には刀を腰だめに構えた吸血鬼。

 この間合いでは大鎚での防御は間に合わないし、体勢を崩しているため回避もままならない。

 そして金属の塊である玉座よりも強固な首を、ルカは持ち合わせてない。


「義姉さんごめん」


 死を覚悟して目を瞑る。

 怒りに任せて振るった大鎚で倒せる相手ではなかった。


 後悔で胸が締め付けられるがこの苦しみもあと僅かだろう。

 ルカの顔を風が薙いだ。






 ―――何も起こらないためルカがゆっくり目を開けると、そこに吸血鬼の姿は無かった。


「見逃された……」


 呆然と呟くが答える者は誰もいない。

 どうやら先に逃げていたもう二人を追いかけて行ったようだ。


 仮に急いでいたとしても、ルカの首を刎ねる猶予くらいはあったはずなのに。

 追跡するか僅かに逡巡したが、攻撃を防がれた後もずっと柄を握りしめていた大鎚を持って立ち上がる。


 再度対峙すれば今度こそ命は無いかもしれないが、人種である赤髪の少女を見捨てるわけにもいかない。


 ルカはいつのまにか頬を濡らしていた涙を腕で拭うと、大鎚を担いで三人の後を追いかけた。

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