予想外の告白
こうしてカルマは〈恐血公〉ドランになりすますことが決定した。
ドランによって眷属化させられる直前の冒険者の女の治療が終わるまでの間、城にやってきた他の冒険者を追い払うのが役目だ。
二人は地下の隠し部屋から撤退して東の尖塔に戻ってきていた。
カンナは早速テントの中でドレスに着替えている。
鼻歌交じりでご機嫌の様子だ。
わざわざ吸血鬼のフリをしなくても、冒険者の女を他の冒険者から隠せばいいだけなのだが今更言っても聞かないだろう。
特にドラン以外の新キャラは要らないのだが、主の我儘を聞くのも従者の仕事だとカルマは諦めることにする。
なんだかんだでカルマはカンナに対して甘かった。
「じゃーん。どうかな?」
テントからドレス姿のカンナが現れた。
どうだと言わんばかりに、腰に手を当てて仁王立ちしている。
「ふむ、馬子にも衣裳ですね」
「そこはお世辞でも褒めるところだよ!」
カンナは拳を握りしめるとカルマに詰め寄り抗議する。
ドレス単体だと妖艶さばかりが目立っていたが、実際に着てみるとそれだけではなかった。
漆黒のドレスは付与された魔術によって、カンナの体形に合った形状へと変化を遂げているため、胸元も控えめなサイズに縮まっている。
すると妖艶さは鳴りを潜め、持ち前の可憐さが前面に押し出されるようになった。
蠱惑的な魅力が半減した分、可愛さで補充された形だ。
予想よりも十分ドレスを着こなしているが、素直に褒めるとすぐ調子に乗るので茶化すカルマであった。
「本当に素顔で冒険者の前に出るつもりですか?」
「薄暗いし髪型も変えるから大丈夫だよ。心配なら髪色も変えておく?というわけで《染髪》の魔術をよろしく」
「そんな便利な魔術がある……だと!?」
あるわけないと言おうとした次の瞬間には、脳内に魔術の構成と詠唱する呪文が浮かんだため思わず驚く。
カンナに言われるまでそんな魔術が存在することすら知らなかったというのに。
創造神であるカンナによって召喚されたカルマに個人的な記憶は無く、持っている知識や技能、魔術についても把握しきれていない。
なのでこうやってしばしば驚かされることがある。
また事前に知識として知っている魔術でも、カンナが使えると宣言するまでは使えない状態になっていた。
「実は《火炎武器》や《火炎》も使えたりしますか?それ以外でも使える魔術があるならあらかじめ教えて頂きたいのですが」
「ううん、今のところは他は使えないよ……本当だって。その辺はカルマの代わりに〈鏡魔〉に覚えさせていけばいいから、ね?」
《染髪》はともかく、戦闘に使える魔術があればカンナを護衛する能力にも影響する。
カルマに咎めるような視線を向けられて、カンナの表情が陰る。
創造神の力については、言える事と言えない事、言った方が良い事と良くない事があるのだとか。
その辺りはカンナ自身も探りながらになるらしい。
「若干含みがありそうですが、まぁいいでしょう」
「うん、というわけで髪色はパツキンでよろしく!」
創造神は心の切り替えが早かった。
カンナが楽しそうに頭の左右で束ねている髪を解いてカルマに背を向けると、ふわりと長い銀髪が舞い踊った。
「それで、いつまで吸血鬼の真似事をするのですか?カンナ様」
「もう少しかな。予定通りお姉さんの治療も夜には終わりそうだし」
癖のない長い金髪姿のカンナが答える。
カンナの吸血鬼の演技は上手かった。
立ち振る舞いに尊大さと仰々しさが良く出ていて、〈深淵へ引き摺り溺れさせるもの〉ラキュアという中二全開の名前に負けない演技力だ。
「それにしても吸血鬼のロールプレイが上手いですね。創造神より様になっていますよ」
「ひどっ!これでも創造神歴は長いんだけど」
玉座でふんぞり返っていたカンナだったが、カルマに揶揄われると立ち上がり頬を膨らませて抗議する。
カルマがカンナに出会った時、つまり召喚された時は神々しさを出そうとしていたのだが、演出はともかく演技はひとつも出来ていなかった。
丁寧な言葉遣いが全然出来なくて、早々に蓮っ葉な少女の態度に戻ったのを覚えている。
カルマとカンナは今朝から既に二組の冒険者パーティーを追い返していた。
一組目は午前中にやってきた三人組だ。
二人は城の入口で待機して、一人がこっそりと侵入して奇襲を企てた。
結果は失敗。
【暗影神の加護】の力で姿どころか気配も消した侵入者の男が、カルマを背後から短剣で一突きにしようとした。
銀製の刃による心臓を狙った一撃だったが、カルマにあっさり躱されると振りかざした腕を取られて関節技を極められる。
自身のあった一撃を退けられ男は戦意喪失。
泣きながら命乞いを始めたので、カンナの吸血鬼としての名乗りを聞いてもらった後にお帰り頂いた。
男の誤算は二つあった。
一つは城に入る所を東の尖塔で監視していたカルマに見られていたことだ。
カルマは男が一人で城に侵入するのを見届けてから玉座に移動し待ち構えていた。
まさか日光の当たる尖塔から吸血鬼が監視しているとは思わなかったのだろう。
これにより完全な奇襲とはならなかった。
二つ目は単純にカルマの戦闘能力だ。
【暗影神の加護】の中に、影のように自身の姿と気配を消す〈影渡り〉という特殊能力がある。
最初にドランと遭遇して一人だけ逃げおおせた男も、〈影渡り〉の持ち主だった。
奇襲を仕掛けた男はこの力を使ってカルマを一撃で葬ろうとした。
姿と気配を消した状態での攻撃は驚異だが、〈影渡り〉にはいくつかの欠点がある。
そのうちの一つが大きく動くと〈影渡り〉が解けてしまうというものだ。
なので攻撃の瞬間はどうしても姿を現してしまうのだが、普通至近距離から襲われれば反応する間もないだろう。
しかしカルマはそれに反応した。
カンナから変装と称して視界の狭い白い仮面を装備させられていたが、瞬時の気配察知の邪魔をするほどではない。
仮に不完全な奇襲でなくても反応できたかもしれないが、その場合は先にカンナを狙われたかもしれないので、尖塔からの監視が功を奏したと言える。
二組目は〈聖堂騎士〉という二つ名を持つカイゼルが率いるパーティーだった。
こちらは一組目と真逆で一騎打ちの真剣勝負。
白い仮面と利き手封印というハンデを背負わされたカルマであったが、見事に撃破し先程お帰り頂いた。
「ギルドへの敵対行為が発覚すれば、ギルド追放だけでなく犯罪者になってしまうわけですが」
「大丈夫だよ、そのための変装なんだから。その仮面で声も変わってるしバレたりしないよ」
この白い仮面も地下の棺の中から見つけたもので、装備した者の声音を変える魔術具だった。
カルマの低い声も今は中性的なものに変わっている。
髪色も本物に合わせて《染髪》の魔術で白髪にした。
服装も普段の軍用コートからやはり地下で見つけた漆黒の鎧に着替えているので、確かに同一人物とは分からないだろう。
カイゼルによって鎧の胸元に一度穴が開けられたが、時間経過と共に再生して塞がってしまった。
千年の経年変化に耐えている時点で強力な魔術具というわけだ。
カンナのドレスとカルマの仮面と鎧、それ以外にもまだ掘り出し物はありそうだったが、他はそのまま残してある。
「カルマの言う通りお姉さんを助けるためとはいえ、吸血鬼に変装して冒険者ギルドに敵対しているからね。そのことへの詫びだよ。奇襲してきたおじさんやカイゼル君には何もなくて悪いけど」
「彼らが私たちより先にドランと対峙していれば命は無かったのでそれで十分ですよ」
「まぁそうかもね」
その後は新たな冒険者の襲撃も無く夜を迎えた。
「よーし終わった!あとはお姉さんが目を覚ますの待つだけだよ」
テントからカンナがのそのそと出てくる。
冒険者の女と添い寝をしていたのに流石は魔術具のドレスで皺ひとつ付いていない。
「目が覚めたらちゃんと『気が変わった。俺はロリコンだからこっちの若い女を眷属にするのでお前は用済みだ。とっとと去れ。しっしっ』って言うんだよ」
「彼女を城から追い出すのではなく、我々が城から無言で去ればよいのでは?」
「ちっ、引っ掛からなかったか」
何故か舌打ちして悔しがるカンナ。
「早く目覚めて欲しいところですが……もう一仕事しなければならないようです」
話している間も尖塔からの監視を怠っていないカルマの目は、城の入口に近づく明かりを見つけていた。
二人で玉座の間へ移動すると、そこには既に侵入者の姿があった。
法衣を着た赤髪の人種の少女で、持っている杖の先端が《持続光》の魔術によって輝いている。
照らされた顔は真剣そのもので、小さな唇を固く結んでいる。
「おや、君は〈聖堂騎士〉殿のパーティーの……」
優雅な足取りで玉座に腰掛けたカンナが演じる〈淵溺姫〉ラキュアが、侵入者の少女を見て双眸を細める。
「はい、エレノアといいます」
「彼のパーティーとの勝負は一騎打ちにて決着済みだが、不服だったのかね?地母神の信徒故に吸血鬼は捨て置けないのだとしても、単身で挑むのは無謀以外の何者でもないが」
〈恐血公〉ドラン役のカルマがわざとらしく言って肩をすくめる。
内心カルマは困っていた。
負けを認めて引き下がるなら良いが、玉砕覚悟で来る相手だと殺せないため落としどころが難しい。
幸いもうすぐで冒険者の女も目覚めるだろうから、適当に縛り上げて比較的安全そうな部屋に放り込んでおこうかと思っていると。
「いいえ、そうではありません……」
エレノアは一度言い淀んだ後、意を決してこう宣言した。
「私を吸血鬼にしてください」
「ふぇっ?」
ドランの背後でラキュアが素っ頓狂な声を上げた。




