暗闇通り探検隊
東の空が明るくなる。
古城の尖塔から一望できる森も朝日を浴びて漆黒から深い緑、鮮やかな緑へと次第に色を変えていく。
「ふわぁ、おはよー」
「おはようございます」
室内に設営されたテントからカンナがのそのそと這い出てくると、唯一の出入り口である扉の横で寝ずの番をしていたカルマと挨拶を交わす。
寝惚け眼をこすっていたが、テラスから差し込む朝日に気が付くと感嘆の声を上げる。
「おお、いい景色だね。新しい朝だ希望の朝だ」
などと言いつつ、てきぱきとラジオ体操を始める。
ラジオ体操はカンナにとって毎朝の日課であり、宿に宿泊していようが旅の途中の野宿だろうが必ず行っていた。
カルマ以外には謎の踊りにしか見えないので、他人からはよく好奇の目で見られたものだ。
以前「何故ラジオ体操をするのか」とカルマが問えば、「スタンプを貯めて皆勤賞をもらうのが夢だったんだよ」という夏休みの小学生のような答えが返ってきた。
「彼女はどうですか?」
「そうだねー、予定通り血中の魔力の半分は洗浄できたかな。もう半日〈神気〉に晒せば眷属化は防げると思うよ」
朝日を背にしてラジオ体操中のカンナが答える。
昨夜〈恐血公〉ドランを倒した後、吸血された被害者である冒険者の女を救うべく、まずは安全な場所を求めて古城内部を彷徨った。
地下は迷宮蚯蚓が巣食っているので却下。
地上の部屋は荒らされていたり、野盗が根城にした痕跡が残っていて汚なかったりと、女性を休ませる場所に相応しくなかったのでやはり却下。
最終的に東の尖塔の最上階に落ち着いた。
尖塔は高さが二十メートル程で、螺旋階段が最上階まで伸びている。
本来の用途は城への侵入者を監視する人員を配置する場所なわけだが、城が城として機能していた時代からあまり使われていなかったのか小奇麗な状態を保っていた。
尖塔は逃げ道が無いため野盗が根城にしなかったことも大きい。
小綺麗とはいえ意識の無い女性を無造作に室内に転がす訳にもいかないので、野営用のテントを設置した。
昨晩、彼女は治療という名目の元カンナの抱き枕となったのだ。
「あれが大人の包容力なのかな?とにかくもうどこもかしこも柔らかくて、一瞬で夢の世界に旅立ったよ。ああでもカルマも悪くないからね?ちょっとごつごつするけど安心感が……」
「抱き枕としての評価はどうでもいいです。それよりも今日はこれからどうしますか?彼女の治療を続けるなら城から離れたほうが良いかと思いますが」
「ぐぬぬ……眷族化前だけどお姉さんは日に当てないほうがいいかな。《浄化》と同じ反応が起きて失血しかねないから、このままテント内で治療を続けよう。でもその前に……」
ラジオ体操第一を丁度終えたカンナが腰に手を当て、仁王立ちで宣言した。
「この城を探検しよう!」
「彼女をテントに残してですか?さすがに意識の無い女性を置き去りには出来ないのですが」
「それなら大丈夫あいつがいるから」
そう言って天井を指差す。
見上げた先には逆さになってぶら下がっている一匹の蝙蝠がいた。
昨日まで〈恐血公〉ドランだった存在の名残だ。
「なんだか昨晩より存在感が増していますね」
体を構成している影が濃くなったとでも言えばいいのか、蝙蝠は日の当たらない天井の隅からテントの方を見ている。
「お姉さんの中に残っていた自分の残滓を取り込んだんだよ。まだ半分残ってるから、それを回収するまではお姉さんを守ってくれるよ」
「確かにそこいらの野盗くらいなら撃退出来そうですね。もしかして眷族を作ろうとしていたドランは弱体化していたのでしょうか」
「別に戦闘能力は弱体化してないかな。最大体力は減ってたかもしれないけど、カルマに焼き切られる結果は変わらないね」
カルマはドランを倒すのに魔力を半分以上消費していたので、弱体化していなければ倒し切れなかったかもしれない。
<闇の眷属>である吸血鬼と戦うのは二度目だったが、ドランはかつて倒した吸血鬼より強敵であった。
吸血鬼は吸血鬼として存在した年数に応じて力を増す。
もしドランが長いこと眠らずに今日まで滅ぼされずにいたならば、その二つ名にふさわしい存在になっていたに違いない。
そうなればカルマでも敵わないので逃げの一手である。
大抵はそこまで力を付ける前に人族の手によって滅ぼされてしまう。
中には人種未踏の辺境でひっそりと暮らしたり、市井に上手く紛れている者もいるかもしれないが、ドランのあの性格では無理か。
いずれにせよしっかり相手の力を見極めて戦わなければ、主を危険に晒してしまうなとカルマが内心気を引き締めていると、装備を整え終わったカンナが目の前にやってくる。
その瞳は遠足前の子どものように輝いていた。
「よーし出発だよ!」
結果を先に述べれば、古城は西の尖塔の地下以外は平和そのものだった。
元々この名無しの古城は枯れた迷宮という扱いだったので、当然と言えばそうなのだが。
一部の部屋には野盗が住み着いていたようだが、すべてもぬけの殻になっていた。
部屋は血痕が残っているか、雑に荒らされたような状態になっているかのどちらかだが、ドランの餌食になったか否かの差である。
城内観光を終えた二人は問題の西の尖塔の地下へ侵入する。
『万象の根源たるマナよ 煌々たる日輪の残滓を 彼の手に授けよ』
詠唱により構成が展開される。
そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現する。
「しゃきーん。これが浄化の光だっ!」
「そんな効果は無いですよ。あと振り回さないでください。光源が動くと見にくいです」
「掲げっぱなしは腕が死ぬよ?」
「普通に持っているだけでいいですから、出来るだけ動かさないでください」
カルマが唱えた《持続光》の魔術により、カンナの掲げたショートソードの刀身が発光した。
すると真っ暗だった地下通路が姿を現す。
高さと幅が共に四メートル程度ある石積みの通路が真っすぐに伸びていて、左側には扉が等間隔で並んでいるのが見える。
東西の尖塔は地下通路で繋がっているため、通路の先まで《持続光》の光は届かず暗闇が覗いている。
そして通路の右側や天井、一部の地面には迷宮蚯蚓が開けた大穴がいくつもあり土が露出していた。
「どこもかしこも穴だらけだね。崩れたりしないかな?」
「迷宮蚯蚓は土を食べて排出しながら移動しますが、その際に地中に含まれる魔素を使って土を硬化させます。なので崩壊の心配はありません。ただし放っておくと地下に大迷宮が出来上がってしまうため、定期的に冒険者ギルドが間引きの依頼を出しているようです。実際に外の森を抜けて近隣の農村の畑に被害が出たのだとか」
「外の森って結構広いけど、既に大迷宮なんじゃ……てかミミズの癖に害しかないとか風上にも置けないやつだね」
「ミミズという名前は付いていますが魔獣ですから、ね」
話している最中カルマは足裏に微かに振動を感じ取る。
次の瞬間、通路の横に空いていた大穴から巨大な何か―――迷宮蚯蚓が飛び出した。
直径二メートル、全長五メートルはあるぬめりを帯びた巨体が一瞬で通路を遮る。
そして胴体より一回り大きい頭部が鎌首をもたげると、カルマの頭上を通り越して後ろにいたカンナに襲い掛かった。
だがそれを許すカルマではない。
自身の発言の語尾を切り取るかのように、鞘走りの音を響かせる。
するとカンナを丸呑みしようと大口を開けていた迷宮蚯蚓の頭部が根元から切断された。
支えを失った巨大な肉塊が、ぽかんと見上げていたカンナの目の前に落下する。
「うひゃあ」
べちゃりと地面に墜落した迷宮蚯蚓の頭部から体液が飛び散り、体にかかりそうになったのでカンナが慌てて飛び退いた。
頭部を失った迷宮蚯蚓の胴体がのたうち暴れるが、カルマが適当な間隔でぶつ切りにしていく。
それでも暴れようとする迷宮蚯蚓であったが、切り分けられた個々の長さが足りない。
肉塊たちは暫くの間筋肉をひくつかせていたが、やがて動かなくなる。
「さすがに分裂はしないよね?」
「上位種には分裂するものもいるようですが、迷宮蚯蚓はしないですね。この魔獣は中級冒険者向けですが、もし分裂するなら彼らの手に負えなくなります……汚れるから触らないでください」
カンナが光るショートソードの切先で迷宮蚯蚓の頭部を突っついていた。
大きな口の縁には、鋭利な歯が鮫のそれのようにびっしりと並んでいる。
迷宮蚯蚓は巨体に似合わず俊敏で、あっという間に獲物に近づき丸呑みにしようとする。
仮に抵抗されても、鋭い歯を使って噛み千切られるというわけだ。
階級が第四位階までの冒険者、いわゆる下級冒険者にとっては脅威だが、経験を積んだ第三位階以上の中級冒険者であればそこまで強敵ではない。
素早いが体の表面は柔らかいだめ、斬撃も打撃も刺突も有効であるし、それ以上に火に弱い。
火で炙られるとその部分の筋繊維が収縮してしまい、範囲が広がれば動くことすらままならなくなるのだ。
迷宮蚯蚓自身も火を嫌っているので、松明を持っているだけで近寄ってくることはない。
無論生息及び出没するのは地下なので、通気性や引火性のガスが充満していなかという注意が必要だ。
「さて、ドラン君の隠し部屋はどこかな」
「だから私より前に出ないでください」
迷宮蚯蚓を突っつくのに飽きて歩き出したカンナをカルマが追いかける。
冒険者ギルドの情報によると、迷宮蚯蚓が開けた穴が吸血鬼ドランの隠し部屋に繋がっていたという。
左の壁に面した扉を手前から順番に開けていくが、地上の部屋と代り映えは無い。
血痕が残っているか荒れているかの二択である。
「扉の間の横穴だっけ?」
「唯一の生存者の話によるとそうらしいですね」
ショートソードの光源を頼りに、二人は真っ暗な通路の奥へと歩みを進める。




