炎を纏いし刃
男が玉座から飛び降りると、重力を無視するかのように空中でぴたりと停滞した。
そして左右に広げた両手の指先が、一斉に延びてカルマへと襲い掛かる。
交差するように飛来した合計十本の指を横に跳んで避けたが、指は地面に刺さる前に軌道を変えるとカルマを追尾する。
地を這うように接近する指を、後退しながら切り落とす。
右手の五指を切り払うと、間を置かずに再生した左手の五指が再び迫った。
上下左右、突いたり切ったりと緩急を付けた間隙の無い連続攻撃に対して、カルマは焦らず冷静に刀で防御し続ける。
刀の間合いを境に黒い霧が生まれ続けているため、まるでカルマの周囲に黒い結界が張り巡らされているかのようだ。
とはいえ防戦一方になっているカルマに対して男が不敵に笑う。
「粘るねぇ。ならこれならどうかな?」
指揮者のように両腕を振るうと、直線的だった指先の動きに変化が生じる。
切り落とそうと振るった刀を、指先が捻じれるように動いて躱した。
咄嗟にもう一度刀を振るい切り払うが、結界を潜り抜けることに成功した一本の指がカルマの肩口を穿つ。
「おや、刺さらないね。そのコート防刃仕様なの?それじゃぁ露出している顔でも狙うか……なんてね」
衝撃で弾き飛ばされたカルマに他の指が追いすがる。
顔面に殺到した指を切り刻むと、急に何かに足を引っ張られて体勢を崩す。
いつの間にか指が足首に巻き付いていた。
指は信じられないほどの怪力を発揮し、力任せにカルマを持ち上げて振り回す。
カタパルトのようにカルマの体が射出されて壁に叩きつけられた。
その威力は破城槌の如く。
激突した壁の石材を砕き土壁を露出させた。
衝撃に足首の拘束が緩むこともなく、立て続けに対面の壁、天井と叩きつけられて城内に土煙が舞い上がる。
最後に後方へ放り投げられ、エントランスへ通ずる扉の横に激突したところで、ようやくカルマは拘束から解放された。
「……いやいや、お前ちょっと頑丈過ぎじゃない?」
土煙の向こうから現れた男が思わず呻く。
「頑丈さだけが取り柄でして」
視線の先にはゆっくりと起き上がり、何事も無かったかのようにコートに付いた埃を手ではたき落としているカルマがいた。
「嫌味かよ、よーし気が変わった。お前、僕の下僕になれよ。男の眷属化は嫌いだけど特別に許してやるよ」
「いいえお断りします。私の主は一人だけですので」
「はぁ?お前僕に勝てると思ってるの?その刀でいくら切られても効かないんだけど。素直に眷属になっておけば、そのご主人様とも永遠に一緒居られるんだよ?僕は優しい雇い主だからね。君らの主従関係も続けていいよ。勿論僕への忠誠が最優先だけどね」
「このくらい離れていれば大丈夫でしょう」
「……は?」
「カンナ様とあの女性を巻き込みたくなかったので。他に目撃者も居ないのでさっさと片付けましょうか」
駆け寄ろうとするカンナを手で制して、いつの間にか納刀した刀の柄を掴んでカルマが構える。
自分の譲歩をすべて無視されたうえ、自分を倒せるかのような物言いに男の顔が屈辱で歪む。
「あっそうなら死ね」
怒りにより速度も威力も増した十指が、一斉にカルマへ殺到する。
それらを迎撃するべくカルマが抜刀術の構えから刃を解き放つ。
鞘からは刃と共に炎が吹き荒れた。
カルマは創造神カンナに従者として召喚された。
召喚コストの詳細は秘匿されているが、雪原が一面血の海になるくらいの巨大生物?が消費されたのは判明している。
それはかなりの高コストだったようで、強力な加護とカンナ曰く各種チート能力が備わっているのだそうだ。
そのうちの一つが驚異的な戦闘能力だ。
召喚前の自分自身に関する記憶は持っていないカルマだが、それ以外で持っているこの世界の知識やこれまでの旅路で出会った他者と比較してみても、相当の強者であるらしい。
現にこうやって冒険者の階級が第二位階のパーティーでないと太刀打ち出来ないような、<闇の眷属>である吸血鬼とも単独で戦えている。
冒険者の階級は第五位階から第一位階まであり、階級が上位の冒険者ほど絶対数は少ない。
第一位階の冒険者は国やそれに準じる組織の専属となるため、第二位階が在野では最高位の階級となる。
冒険者ギルドにたむろしていた落ちこぼれの冒険者たちも驚いていたが、在野最強の冒険者パーティーでなければ対抗できない吸血鬼も、いかに珍しい存在かがよく分かる。
カルマの強さは【創造神の加護】によるものだが、加護とは創造神が生み出した分身である中柱の神々から授かるものであり、歴史上において創造神自らが加護を与えた史実は無い。
ある意味【勇者の加護】より貴重な加護なのだが、召喚コストに応じた加護の強さしかないので【勇者の加護】よりは劣る。
故にカルマが勇者の代わりになることは出来ない。
さて、カルマの強さの秘密は他にも色々あるが、次に挙げられるのがその武器である。
その刀の名を〈鏡魔〉という。
切れ味は勿論のこと、カンナが命名した通り〈魔を映す鏡〉としての能力を持つ。
そしてその能力が今、遺憾無く発揮されようとしていた。
「ぐおおおおおぉっ!」
およそ千年振りに体感した痛みに〈恐血公〉ドランが喉を震わせた。
ただの斬撃なら鈍かろうが鋭かろうが、霧の肉体には通用しない。
しかし、たった今ドランの身を焼いたような炎は防げなかった。
この人間は妙にすばしっこく頑丈だがそれだけなので、最初はじっくりいたぶって遊んでやるつもりだった。
しかしあまりにも頑丈で、途中で面倒になり眷族にしてやろうとしたのたが、この人間はこちらの提案を無視しただけでなく勝つ気でいた。
思わず頭に血が上り手加減無しで攻撃したドランだったが、繰り出した指先は炎を纏った刃に切り裂かれた。
(《火炎武器》の魔術だと!?だがおかしい、こいつは詠唱していないぞ)
体の焼失による喪失感が古い記憶を呼び起こす。
愉悦のままに人間を嬲り、甚振ったこの世の春。
無軌道の暴虐を危惧した同胞による制裁。
力を奪われ永遠にも等しく感じる牢獄での孤独。
千年かけて取り戻した力で牢獄を壊し外に出てみれば、世界は様変わりしていた。
憎き同胞は姿を消して、拠点は荒廃し敵対している人間は弱くなっていた。
邪魔者たちは消え、敵は恐れるに足らず。
やっと自由になったというのに、また奪われるというのか。
ドランからは余裕が消えて、目の前の人間を殺すためだけに全力を尽くす。
がむしゃらに指を変化させた槍と鞭を振るうか、ことごとく炎を纏った刃に切り払われた。
(しかもただの《火炎武器》より威力がある。まるで一撃一撃に《火炎》を纏わせているかのようだ……!)
《火炎武器》は武器に炎を纏わせる補助魔術で、その威力は松明の炎程度だが一分持続する。
一方で《火炎》は歴とした攻撃魔術である。
人間くらいの大きさの丸太であれば一瞬で燃え上がらせるが、効果は一瞬だ。
一回分の消費魔力はどちらも同じくらいだが、カルマは《火炎》に近い威力の炎を刃に纏わせているので、その消費は《火炎》を連発しているようなものはずだ。
《火炎武器》程度の威力ならドランには通用しないし、《火炎》だとしても一、二発ならどうということないが・・・。
炎に触れた部分の霧は焼失して二度と戻らず、体を焦がす痛みに苛まれる。
文字通り身を削られても、それでもドランは攻撃の手を緩めない。
ここで引いたら負けだと本能が告げている。
それに魔力がもつはずがない。
通常であれば目で追うことの出来ないくらい速いカルマの抜刀術だが、今は刃が纏う炎のおかげでその軌跡が光の残像となって視界に映っていた。
腰だめに構えているカルマの間合いの内側が炎の軌跡で彩られる。
それは突如として黒い霧の内側に現れた炎の結界であった。
(こいつもまだ本気じゃなかったということか)
カルマはカルマで近くにいたカンナと玉座に座る女に被害が及ばないように警戒していたのだが、距離が離れたことにより意識を割く必要が無くなった。
そのため先程よりも高速度、高密度の猛攻がカルマに襲い掛かっても、そのすべてを炎の結界によって的確に防いでいる。
(ならばこれはどうだ!)
空中を漂いドランの体に戻るはずの霧が、その場で実体化を始める。
そして炎の結界を包み込むように浮いていた黒い霧は、複数の槍の雨となって同時に降り注いた。
視界を埋め尽くす黒の帳に対して、カルマの太刀筋が加速する。
鞘走りと空を切る風音を交互に鳴り響かせて、黒い槍はカルマに辿り着く前に焼き切られ続ける。
それでも炎に触れなかった部分の霧の残滓は、再び槍を成形してカルマに追いすがる。
「うおおおおおおぉっ!」
幾度とない攻防を繰り返した後、遂にドランの執念が実を結ぶ。
一本の槍がカルマに到達して、頬を浅く切り裂いたのだ。
だが、そこまでだった。
結局最後までカルマの魔力は尽きることがなく、ドランは炎に晒され続けて体の半分以上を焼失していた。
もうこれ以上カルマを追撃する力は残されていない。
カルマが息を整え見上げれば、ドラン本体は四肢と胴体の一部を失い、辛うじて空中に浮いているような有様だった。
恨めしそうにカルマを見下ろしていたドランであったが、残っていた体も次第に崩れ始める。
何か言いたそうに口を動かしたが、その前に胴体、喉元、頭部と次々に崩壊が伝播し、空中に溶けて消える。
そして次の瞬間、僅かに残っていた黒い霧が小さな無数の蝙蝠に化けて、四方八方へと一斉に逃げだした。




