たらしこめる
「よいしょっと」
カンナが冒険者ギルドの重厚な扉を開くと、冒険者たちの不躾な視線が一斉に集まる。
最初はカンナの整った容姿に驚きざわついたが、美貌の持ち主が年端のいかない少女だと分かると視線は次第に霧散した。
ところが一部からは更に熱狂的な視線を感じるようになったので、カルマが前に出てそれを遮る。
鋭い目で威圧を込めて睨み返してやると、幾人かが慌てて目を反らし今度こそ視線は無くなった。
アリミラの冒険者ギルドは酒場〈高潔のきざし〉亭と併設されていて、屋内の右半分が酒場のカウンターとテーブル席、左半分が冒険者ギルドの受付と依頼の貼り出された掲示板が備え付けられている。
酒場のテーブル席は日中は冒険者の打ち合わせ用として開放されていて、現在は昼過ぎだがテーブルは三分の一ほど埋まっている。
「んー、いないね。さぁて、稼げそうな依頼はあるかな」
カンナはギルド内にいる冒険者たちを一瞥してから掲示板の元へ向かった。
いない、というのは探している勇者のことだ。
強者に勇者の加護は宿るため、訪れた街では冒険者ギルドに必ず寄るようにしていた。
カンナ曰く勇者は見ればわかるとのことだが、今のところ見つかっていない。
勇者がいるおおよその方向は探知できるが距離は分からず、探知しているのも勇者の加護の残滓ということで、リアルタイムな情報ではないらしい。
しかも創造神の力を消費するので、探知は週に一度しか行なっていない。
なんとも頼りない捜索手段であるが、従者として召喚されているカルマはこれに従うほかになかった。
勇者を探すついでに適当な依頼をこなして路銀を稼ぎ、次の街へ向かうというのが二人の旅の定番である。
掲示板の前では多くの冒険者が集まり、貼り出されていたとある依頼の内容で盛り上がっていた。
「<闇の眷属>が出たのか……しかも吸血鬼かよ」
「はぁ!?そんな大物どこに隠れてたんだよ」
「名無しの古城の地下だとよ。なんでも迷宮蚯蚓の開けた新しい穴が隠し部屋に繋がっていて、眠っていた奴さんを起こしちまったんだとか」
「それまた随分と運の無い連中だな。どこのどいつらだ?」
「フレック、リカルド、クルツとリーニエの四人で臨時パーティーだとよ。フレックだけ逃げ帰ってきたそうだ。こういう時あいつの加護は便利だよな」
「まじかよ。リーニエは結構いい女だったのに勿体ないな」
「あんな問題だらけの女がいいのかよ。趣味が悪すぎねえか」
「いやいや、性格はともかくあの体は捨てがたいだろ?」
「俺は妹のほうがいいなぁ」
「妹の方はまだガキじゃねぇか!ってなんだお前か。お前の趣味は相変わらずだな」
次第に会話の内容が下世話になる荒くれ者たちの足元をカンナはすり抜けると、掲示板の真ん前に陣取った。
突然現れた少女に驚く男たちをよそに、カンナが依頼内容を読み上げる。
「えーっとなになに。名無しの古城に現れた<闇の眷属>吸血鬼の討伐。受注資格は冒険者階級が第三位階からで、推奨は第二位階以上のパーティーね。報酬は……おおすごい!焼き魚食べ放題じゃん」
一人盛り上がるカンナに禿頭に大きな傷を付けた男が、睨みを利かせながら低い声で話しかける。
「嬢ちゃん見ない顔だな。冷やかしなら他所でやりな。吸血鬼ってのは依頼書の通り〈二つ名〉持ちのパーティーでやっといい勝負が出来るくらいの怪物だ。新米冒険者じゃ命が幾つあっても足りないぜ。若いうちは薬草採取や比較的安全な馬車の護衛をこなして成長していくもんだ」
「いやー、吸血鬼なら―――」
以外にも優しく諭してくる禿頭の冒険者に対して、カンナは「吸血鬼なら前にカルマがやっつけたことがあるから大丈夫」と言おうとしたが、その冒険者の背後から鋭い視線を飛ばしてくるカルマを発見して言い淀む。
(悪目立ちするから余計なことは言わないでください。さもないと今晩の夕食にピーマンを追加しますよ)
(わ、わかった。後生だからピーマンはやめて!)
……などという心の会話があったかどうかは定かでないが、カルマの視線の意味を正確に理解したカンナは取り繕うように笑顔を浮かべる。
「そ、そうだね。無理して死んじゃったら意味無いもんね。ありがとうおじさん!」
「おうよ、命は大事にしないとな」
にぱーっと笑ったカンナに釣られて男たちの頬も緩んだ。
冒険者ギルドの一角に笑顔の少女を囲む好相を崩した男たちという異様な光景が生まれた。
依頼の貼ってある掲示板の前なので非常に邪魔である。
「それじゃぁ吸血鬼はおじさんたちに任せるね」
ところがカンナがそう発言した途端に、何故か男たちは気まずそうに顔を背けた。
思わぬ反応にカンナが首を傾げていると……。
「そういえば今日はパーティーメンバーが他の依頼をもう受けてたんだった」
「あ、俺もそうだったわ」
「俺は修理に出していた剣を鍛冶屋に取りにいかないと」
「治療院にいる仲間を迎えにいかなくちゃ」
「孤児院の子どもたちの成長を見に……」
なんだかんだと言い訳をしながら、ひとり、またひとりと男たちがその場から立ち去る。
やがてカンナだけがぽつんと取り残された。
「ふむ、付けていた冒険者証を見る限り、どうやら彼らは皆第四位階以下の冒険者だったようです。吸血鬼を討伐するのは無理ですね」
ぽかんとしていたカンナだったが、カルマの言葉を聞いて我に返り叫ぶ。
「って、それじゃあみんなも冷やかしじゃんか!しかもなんなか一人やばいのいなかった!?」
昼過ぎに冒険者ギルド内でたむろしていることから、冒険者の中でも落伍者の烙印を押された連中なのだろう。
「やれやれ、やっぱりわたしたちが行くしかないか。カルマは階級足りてる?」
「私は第三位階なので依頼を受けられますが、本当に受けるのですか?もっと普通の依頼のほうが……」
「よーし受けよう。受付のおねーさーん、たのもー」
カルマとしては目立つ依頼は受けたくないのだが、カンナはふんすと鼻息を荒げて依頼書を引き千切ると、受け付けへ走り出してしまう。
追いかけた先ではカウンターを乗り上げる勢いで依頼書を掲げるカンナに、冒険者ギルドの受付嬢が困惑していた。
「ですから第三位階以上の冒険者しか受けられませんので……」
「うん知ってる。受けるのはこっちのカルマね。わたしはただの付き添いだよ」
保護者の登場に森人の受付嬢は安堵の表情を浮かべたが、カルマの冒険者証を確認すると曇らせる。
「依頼を受けられるのは第三位階のカルマ様お一人ですか?確かに依頼の受注資格は満たしていますが、推奨は〈二つ名〉を持つ第二位階のパーティーとなります。正直に申し上げまして力不足ですので、他の依頼を受けることをお勧めします」
受付嬢の言うことは正しい。
冒険者は能力に応じて第五位階から第一位階の五つの階級に分類され、依頼も難易度に応じて受注できる階級や人数等が設定されている。
推奨されている階級が比較的安全に依頼を達成できる基準で、推奨未満の階級だと少なくないリスクを背負うことになる。
達成の見込みが著しく低い低階級は当然除外するとして、何故リスクの大きい下の階級を受注可能にしているかといえば、依頼内容ととの相性があるからだ。
例えば今回の吸血鬼の討伐であれば、不死者に対して有効な《浄化》が使える地母神を信仰する神官がいれば、第三位階の冒険者でも十分に戦える。
魔術以外にも武器、人数、戦術、などといった様々な要素の組み合わせ次第では格上の<闇の眷属>でも倒せるだろう。
また受注できる階級の範囲を狭めてしまうと依頼を受注する冒険者の絶対数が減り、依頼達成までの時間も伸びてしまうため、ある程度受注の間口を広くするという意図もある。
カルマの受注は冒険者ギルドにとってもありがたい話ではあるが、それはあくまで依頼達成の見込みがある場合の話である。
第三位階で単独、《浄化》も使えなさそうな剣士風のカルマ一人では力不足と捉えられてしまうのは、仕方のないことだった。
受注資格は満たしているので冒険者ギルドとしても受注申請を拒否することは出来ない。
リスクを背負って挑んだ結果、成功するのも失敗するのもどちらも冒険者の醍醐味と言えよう。
故に受付嬢に出来るのは忠告までだ。
「大丈夫だよ!カルマは前に―――もがっ」
「この剣には不死者に有効な付与がかかっていて、剣の腕にも多少自信はあります」
またもや余計なことを言いそうになったカンナの口を右手で塞ぎ、左手で腰に差した刀の鞘を叩いてカルマが微笑む。
「なるほど、勝算はおありなのですね。差し出口をしてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、心配して頂いてありがとうございます。それにもし無理なら逃げ帰ってきますよ」
「ええ、生きて帰るのも冒険者の仕事です……それが例え失敗でも。生きてさえいれば失敗も取り戻せますから。依頼頑張ってくださいね」
カルマに微笑まれ、頬を紅く染めていた受付嬢が笑顔を反す。
「ふぁーふぁらあひふぉんへふお(まーたたらしこんでるよ)」
カンナのぼやきは口を塞がれていたため、誰も聞き取れなかった。




