似たような組織
時はルカとの別れた直後まで遡る。
「ほー、なかなか活気のある街だね」
アリミナの大通りを歩きながらカンナが辺りを物珍しそうに見回している。
その様子は田舎から出てきたおのぼりさんか、世間を知らない箱入り娘といった感じだ。
カンナの整った顔が左右に振れる度に通りすがる人々の注目を集めているので、一応後者に見えているようだ。
「あんまりフラフラしないでくださいカンナ様。迷子になりますよ」
「あいよー」
カルマの小言も上の空で、カンナの好奇心はおさまらない。
まあカルマのコートの裾はしっかりと掴んで離さないでいるので、はぐれることはないだろう。
アリミナは物流拠点として発展した街だ。
オレスター王国のほぼ中央に位置し、東西南北の様々な生産物や工芸品を中継し他所へ運ぶ。
故に大通りに構える店々の品揃えは豊富で多岐に渡る。
北部の高山地域で採れる糖度の高い果物、南部の穀倉地帯で栽培されている上質な小麦、東部の牧草地で育てられた羊の肉、そして……。
「むむ、この香りは」
カンナがコートの裾を引っ張りながら、フラフラと向かった先は魚を焼いている屋台だった。
魚の入った桶の前に七輪が置いてあり、網の上では大きな魚が焼かれジュウジュウと音を立てていた。
「うまそう……じゅるり」
カンナ以外にも見物人はいるのだが、誰もが遠巻きに眺めているだけだ。
その理由は魚の値段にある。
一尾の値段が一般的な食事の五食分だったからである。
「流石に生魚、しかも海魚は割高ですね。運搬に魔術具が必要だからでしょう」
保存の効かない海魚は海辺の漁村のみで流通しており、海から離れると保存できる干物しか手に入らない。
冷蔵も冷凍も魔術具を使えば不可能ではないが、その稀少さ故に貴族の道楽の範疇を越えない。
こうして平民向けに売られているだけでも僥倖なのだが、さすがは物流の街アリミナか。
しかしいかんせん値段の壁は厚く購入する者は今のところおらず、暫くすると誰もが諦めて立ち去っていく。
猫系の獣人族がひとり、最後まで焼ける魚を凝視していたが財布の中身を確認すると、肩と尻尾を落として去っていった。
「ねーねーカルマぁ」
「さぁ私たちも行きますよ」
「お魚食べたぁい」
歩き出そうとしたカルマのコートの裾を掴んで、カンナが上目遣いで訴える。
握った拳を顎に当てて潤んだ瞳で見上げる様は、可憐な容姿も相まって老若男女が陥落するであろう完璧なおねだりだった。
口の端から垂れている涎が無ければだが。
「路銀には限りがあるんです。無駄遣いはできませんよ」
「このままこの焼き魚を誰も買わなかったら、それこそ無駄になっちゃうよ。ねぇおっちゃん?」
「ああその通りだよ、お嬢ちゃん」
売れる可能性があると見て、店主がカンナに加勢する。
「焼いてしまった一尾を買ったところで、桶に残っている大量の魚が余るじゃないですか」
「それなら大丈夫だ。桶の魚はこの後に貴族様の所へ持って行って買っていただく予定だ。とはいえ全部買って貰えるかは分からないから、一尾を焼いて客寄せしてみたんだがなぁ」
結局野次馬を集めるだけに終わった結果に、店主がとほほと頭を掻く。
「流石に高すぎますよ」
「というわけで買ってよカルマぁ。どうせこの後稼ぎに行くんだしいいでしょ?」
「……はぁ、わかりました、わかりましたからそのぶりっ子をやめてください。鳥肌が立ちます」
「なっ!この完璧なおねだりにそういう反応!?」
両の拳を顎に当てて腰をくねくねさせていたカンナが驚愕して呻く。
「普段とのギャップが酷過ぎて違和感しかありません。というか欲しいなら命令すれはよいではありませんか。私はカンナ様の従者なのですから」
「ふっ。命令して簡単に手にいれても何の達成感もないじゃない。貢がせる事に意味があるんだよ」
薄い胸を張ってカンナが威張る。
貢ぐというよりは脅された気分なのだが、とは指摘せずにカルマは店主へ渋々代金を支払う。
皿に乗った焼き魚を受け取ると、カンナは屋台の端に置いてあった木箱をテーブル代わりにして食べ始めた。
「お嬢ちゃん、その魚は小骨が多いから気を付けなよ」
「大丈夫よ!こんなこともあろうかとマイ箸を用意してあるから」
カンナはおもむろに懐から漆塗りの箸を取り出すと、器用に骨を取り除いてぱくりと一口。
「はーっ、脂が乗っていておいしい。これは塩焼きもいいけど醤油と大根おろしと白米が欲しくなるなぁ。おっちゃん、無いよね?」
「しょう……なんだって?聞いたことがないな。それにしてもお嬢ちゃん器用だな。木の棒でつまんで食べるなんて」
カンナの発したよく分からない単語に首を傾げつつ、箸を知らない店主が物珍しそうに見物していた。
カンナは事あるごとに地球に関する発言をしていた。
何故発言するのかカルマが尋ねると、「そのほうがカルマも分かり易いでしょ?」という回答が返ってきた。
つまりカルマへ配慮しているというのだ。
地球とこのアトルランという異世界の知識を持った状態でカンナに召喚されたカルマであったが、個人的な記憶は一切無かった。
地球の、特に日本にまつわる発言が配慮ということは、カルマのルーツは日本にあるということなのだろうか。
個人的な記憶は無くても、知識の偏りからある程度察することは可能だが、個人的な記憶は思い出してはいけない決まりだった。
何故思い出してはいけないかといえば、それがカルマの罪に対する罰の一部なのだそうだ。
罪を覚えていない状態で罰になるのか?という疑問はあるが、不思議とカルマには罪の自覚だけはあるので罰に対して異議を唱えるつもりはない。
ただこの世界の人間にとってカンナの地球に関する発言は意味不明なものが多い。
そこに創造神にまつわる発言も加われば、いよいよ頭のちょっと残念な女の子の誕生だ。
まあ本人も分かって発言しているようなので、カルマもわざわざ指摘して直させようとは思わない。
発言によって不利益が生じないように主を守るだけである。
「さて店主殿、この街の冒険者ギルドはどこにありますか?」
「冒険者ギルドは大通りを真っ直ぐ進んで北門の手前にあるよ。ちなみに傭兵ギルドは反対に進んで南門の手前だ」
「両方あるとは珍しいですね」
「領内で一、二を争う大きな街だから一応傭兵ギルドもあるんだよ。この辺は冒険者ギルドの方が勢力が大きいから肩身は狭いようだがな」
「傭兵ギルドってなに?」
「カンナ様はまだ行ったことがありませんでしたか。まぁ今の私も知識だけのものですが」
傭兵ギルドは母体となる組織が違うだけで、活動内容は冒険者ギルドと変わらない。
設立当初は探索者ギルドという一つの組織だったのだが、派閥争いの結果冒険者ギルドと傭兵ギルドに分裂してしまったのだ。
活動内容は変わらないため、冒険者か傭兵のどちらかに登録していれば、どちらのギルドの依頼も受けることができる。
登録は片方のみで重複登録はできない。
また利益を巡って醜く対立しているのはあくまで上層部であり、現場レベルでは冒険者ギルドと傭兵ギルドは協力関係といえる。
そのことを説明すると、カンナは訳知り顔で頷いた。
「ほほう、それはつまり〇・リーグとパ・〇ーグみたいなものだね!」
「……まぁ似ているかもしれませんね」
カンナは意外と自身の創造した世界の事を知らない。
これも何故かと問えば「観察している蟻の巣の大雑把な生態系はともかく、細かい巣穴の名称や役割なんて把握してないよ」とのこと。
さすがは創造神様で尊大な言い回しではあるが、無論そこにこの世界に住む人々を蔑む意図は無い。
「そして人気の冒険者ギルド、実力の傭兵ギルドの頂点同士が日本シリーズで決着を―――」
「はい、冗談はそこまでにして早く焼き魚を食べてください。この後冒険者ギルドと傭兵ギルド、両方に行きますから」
「へーい」
こちらに配慮してると言うが、単に本人が地球かぶれなだけのような気がしてならない。




