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創造神は騒々しい  作者: 忌野希和
創造神は仰々しい
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城主君臨

 かつては豪奢だった調度品も時の流れには逆らえない。


 くるぶしまで埋まる深紅の絨毯は色あせてほつれ、踏みしめると細かく千切れて隅へ飛んでいく。

 精巧な彫り物が施され付加価値を生み出していた燭台は、赤茶色に錆びて半ばから折れていた。


 頭上に吊るされたシャンデリアは装飾の硝子細工が全て割れて無くなり、傾いて今にも落下しそうになっている。

 それら残骸の先に玉座がある。


 宝石が埋め込まれていたであろう場所に今は何も無く、玉座には無数の窪みが出来ていた。

 黒く変色し無骨な椅子と化した玉座には、無骨とは真逆の存在が座している。


「貴女が〈淵溺姫〉か」


 玉座の前に辿り着いた、四人の冒険者パーティーのリーダーである男がその存在に尋ねる。


「いかにも、我が〈深淵へ引き摺り溺れさせるもの〉ラキュアである」


 可憐な声が玉座の主から流れる。

 漆黒のドレスに身を包んだ、金髪の少女だ。


 色白で彫刻のように美しい足を組んで、肘掛に頬杖をついて微笑を浮かべている。

 紫紺の瞳を妖しく輝かせ、冒険者たちを品定めするかのように睥睨していた。


「我の名を知っているということは、あの無礼者はおめおめと逃げおおせたようだな」


 愚かにも奇襲を仕掛け、失敗し敗走した冒険者たちの姿を思い出しラキュアがほくそ笑む。


「同胞の非礼は詫びよう」

「詫びなどいらぬ。奸計もまた戦略の一つよ。名誉と引き換えに金星を上げられるなら安かろうて。まぁ我ら相手では分の悪すぎる賭けだがのう」


 楽しそうにラキュアが組んでいる足を組み変えると、ドレスの裾から幼さと妖艶さという矛盾を孕んだ白い素足が垣間見えた。

 その前にリーダーの男が進み出る。


「〈淵溺姫〉よ、〈聖堂騎士〉カイゼルは〈恐血公〉への決闘を申し込む」


 カイゼルが地母神の聖印が刻まれた盾を掲げて宣言すると、他の三名の冒険者を下がらせた。


「貴公一人でよいのか?憎き不死者相手に礼を尽くす必要は無いぞ?」

「その驕りこそ人の道を外れた不埒者の証。地母神の名に懸けて正面から打ち砕いてみせよう」

「だそうだ、我が従僕よ。生者こそ生に執着すべきだと教えてやれ」


 ラキュアの声に反応して玉座の背後からゆらりと黒い影が現れる。

 漆黒の鎧と外套を纏い、顔には白い仮面を付けていた。


 まるで卵を縦半分に切ったような、のっぺりとした仮面で頭部の前半分が隠されている。

 全身が黒ずくめのため、薄暗い古城内部では白い卵がまるで空中に浮いているように見えた。


 覗き穴は無いがしっかりと前は見えているようで、〈恐血公〉は玉座の前の階段を降りるとカイゼルに向かって優雅に一礼。


「〈恐血公〉ドランがお相手しよう」


 仮面の下から中性的な声音が零れた。

 カイゼルも剣を抜き胸元で垂直に掲げると、騎士の作法に則った礼をする。


 ドランが腰の左側に差した得物を抜くと、片刃で緩やかな反りのある、刃紋が美しい刀が現れた。


「では参る」


 ドランが構えたのを見計らってカイゼルが踏み込む。

 カイゼルは神官服の上から金属製の胸当てや手甲等の部分鎧を着込んでいる。


 その重量は決して軽くないが足運びは俊敏だ。

 踏み込みと同時にドランの喉元目がけて剣を突き出す。


 ごう、と空気を切り裂く音が聞こえる。

 銃弾のような刺突を半身引いて、最小限の動きで躱そうとしたドランだったが、突如剣筋が変化したため咄嗟に飛び退く。


 カイゼルから距離を取りつつドランが右手で首筋に触れると、指先がうっすらと血に塗れていた。


「初見で躱すか。やはり手強いな―――」


 胸元で剣を垂直に構え直したカイゼルが不敵に笑い、その場に残像を残す。

 素早い踏み込みから放たれた突きをドランが刀で弾こうとしたが、刀と剣が接触する直前で刺突が斬撃に変化した。


 弾こうとした刀をするりとかわして、変化した縦の斬撃がドランの鎧の肩口を削る。

 反撃で刀を振るうが捉えられない。


 カイゼルは踏み込んだ時と同じように残像を残して後退したため空を切る。

 そして胸元に剣を掲げた構えに戻る。


 カイゼルの剣は柄に護拳が付いていて、刀身は細く若干反りがある。

 いわゆるサーベルと呼ばれる剣種で、刺突と斬撃のどちらにも対応している。


 刺突の途中で斬撃に変化したのは、カイゼルが手首を返したからだ。

 誰でも途中で太刀筋を変えられるかと言えば否だ。


 サーベルはあくまで刺突と斬撃、二通りの攻撃手段があるというたけで、普通は途中で切り替えられるようなものではない。

 無理に切り替えても手首の返しだけでは斬撃に威力が出るはずもない。


 それを可能にしているのは、カイゼルの持つ加護と卓越した技術による賜物である。


 カイゼルが残像を生み出す。

 三度目の突きをドランは右に大きく動いて躱すと、そのままカイゼルの側面へ回り込む。


「そうきたか」


 刺突から変化した斬撃が届く前に振るった刀は、カイゼルの掲げた盾に防がれる。

 盾の表面を刀がなぞり体勢を崩したところに、追いかけてきた斬撃がドランの脇腹を捕えた。


 そこから流れるようにカイゼルの剣先が煌めく。

 ほぼ同時に両の太腿、鳩尾に散弾のような衝撃を受けてドランが後ずさった。


「ふむ、刺突のみであれば連続で放てるのですね」

「その余裕も自慢の鎧で守られているうちだと言っておこう。地母神の祝福が施された我が剣に直接切られれば只では済むまい。吸血鬼なら知っているだろうがな」


 地母神の祝福を受けた武器は不死者を滅する《浄化》と同じ効果を持つ。

 もし初手の攻撃の際に首筋に深い傷を付けていたなら、不死者の能力でも決して再生せず致命傷になっていたかもしれない。


 流石にもう警戒されて首を狙うのは難しい。


「では、そろそろこちらからも攻めましょうか」


 ドランは刀を握る左手に右手を添えると正眼に構えると、カイゼルに負けない速度で突進する。


「ぐうっ、流石に重いな」


 盾の表面を刀が削る。

 両手持ちに切り替えて振り下ろされた斬撃を、なんとか盾でいなしてカイゼルが唸る。


 すぐさま反撃で刺突を胴に二発受けるが、ドランは怯まずその場に踏み留まり刀を横に薙ぐ。

 カイゼルが再度盾で防ぐが、自身が攻撃した直後で体勢を崩していたため押し込まれる。


 ドランが右側面に回り込みながら、カイゼルの足元を払うように斬撃を繰り出す。

 それを飛び退いてやり過ごし、再度踏み込み刺突をドランの胴に浴びせた。


 数多の攻撃を受けた漆黒の鎧の限界は近く、無数のひびが入っている。

 それでもドランは鎧の損傷を無視して攻撃を続ける。


 まだ一度もまともな一撃を受けていないカイゼルではあったが、内心は焦りがあった。

 盾で何度も弾いているのに刃こぼれひとつしない相手の武器と膂力。

 一撃でも貰えば形勢は逆転してしまうと直感が告げていた。


「このまま削り続ける!」


 点と線の応酬が続く。

 ドランは刺突を紙一重で躱し、剣筋が変わる前に間合いを詰めて体ごとカイゼルにぶつかっていく。


 体重の乗った当て身にカイゼルは盾を割り込ませることには成功したが、衝撃は殺し切れず体が宙に浮き後方に弾き飛ばされる。


 一瞬意識が遠のく。


 決闘を見守る仲間の冒険者たちの近くまで飛ばされたが、なんとか膝をつきながら着地した。

 そこへ追撃の白刃が迫る。

 走り込み加速に乗った大振りの太刀を横に転がってかわし、起き上がる反動を使ってサーベルを繰り出す。


 苦しい体勢からの突きではあったが、漆黒の鎧に刻まれた亀裂が広がり、遂に砕けた。


「もらった!【破邪英牙】!」


 鎧が砕けて思わず後ずさるドランに対して、カイゼルは温存していた奥の手を使う。

 自身の魔力をサーベルに流し込むと、施されている地母神の祝福が増幅される。


 《浄化》を纏い刀身を黄金に輝かせた武技【破邪英牙】がドランに放たれる。

 並の不死者なら掠るだけで消滅する必滅の刺突に対して、ドランはいつの間にか納刀していた。


 そして腰に差した刀の柄に右手を添えている。

 突然変わった相手の気配にカイゼルの第六感が警鐘を鳴らす。


 武技を発動させた集中状態により、引き伸ばされた体感時間の中である疑問が浮かぶ。


(奴は左利きじゃなかったのか?鞘が左腰に付いていて変だと思ったが、まさか―――)


 ドランの左手親指が刀の鍔を持ち上げ、鞘から鈍色の刃が姿を見せた。

 そこから先は体感時間が伸びているカイゼルの目にも映らない。


 何かが光ったと思ったら《浄化》を纏ったサーベルは半ばから折れ、カイゼルの体は衝撃と共に真上に弾き飛ばされる。

 時の流れが元に戻り胸元への激痛を感じて、初めてカイゼルは自身が切られたことを自覚した。


 勝利を確信していた冒険者たちの前に仰向けに落下する。

 着込んでいた胴体の部分鎧は一撃で砕かれ、胸元を大きく切り裂かれていた。

 血が流れ少しずつ床を濡らす。


「そこまで!見事であった。よくぞ人の身ひとつで我が従僕を本気にさせた」


 決闘を静観していたラキュアが玉座から下りて歩み寄る。

 片膝をつき頭を垂れるドランの黒髪を優しく撫でると、未だ茫然としている冒険者たちを見渡した。


「貴公の健闘を讃えて治療と撤退の暇を与えよう。無論断っても構わないぞ?その場合は我が従僕に手を抜かせないことを約束しよう」


 妖艶に微笑むラキュアを前に冒険者たちが顔を見合わせる。

 答えは決まっていた。





 負傷したカイゼルを担いで古城を後にする冒険者たちを見送って玉座に戻る。

 玉座では先ほどまでの妖艶さは嘘だったかのような、無邪気な子どもような笑顔が待ち構えていた。


「ねえねえどうだった?利き腕&視界制限の縛りプレイは?」

「普通に負けそうになりましたよ。あの武技を受けるとさすがに吸血鬼じゃないことが発覚しそうだったので、本気を出さざるを得ませんでした」


「まぁ食らっても遥かに格上だという設定なら《浄化》もたいして効かないし、バレなかったと思うけどね」

「流石に〈二つ名〉持ちより格上過ぎるとまずいのでは?騒ぎが大きくなりすぎます」


「むむ、確かに」

「それで、いつまで吸血鬼の真似事をするのですか?カンナ様」

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