無常のプライド
カンナとカルマの二人と分かれた翌日、護衛任務を終えたルカはアリミラに帰ってきた。
大通りに並ぶ屋台でお土産の焼菓子を買い込んでから孤児院に向かう。
孤児院は大通りから三区画奥に進んだ場所にあり、更にもう少し奥に入ればスラム街がある。
治安が悪いので定期的に冒険者のルカが孤児院に出入りして、目を光らせる必要があった。
孤児院の浴び付いた門をぎいと開くと、近くで遊んでいた子どもにすぐ発見される。
「あっ、ちいねーちゃんだ」
「おかえりー」
「ちいねえちゃんお帰り」
「うん、ただいま」
次々と集まってくる子どもたちのタックルを受け止める。
小柄なルカがあっという間に子どもの群れに飲み込まれるが、押し倒されないように加護を使って耐えた。
加護の力とは不思議なもので大鎚が体に触れている限り、ルカは大男にも負けない怪力を発揮できた。
物心付いて自身の加護を自覚してからは、寝る時も鎚を手放すことはない。
「はい、これ」
年長の子に焼菓子を渡して配るように指示を出してから院長室に向かった。
「ただいま、ロンデルさん」
「おかえりなさい、ルカ」
院長室で書類仕事の手を止め出迎えてくれたのは、腰の曲がった人種の老人だ。
彼は本物の院長ではない。
領主が任命した院長は一度も孤児院に来ること無く、自らの奴隷であるロンデルにすべての業務を任せていた。
院長は貴族なので奴隷に実務を任せること自体は至って普通である。
問題は孤児院の現状をロンデルが報告しても改善する気がない事だった。
院長も孤児などどうでもいいのだろう。
まともに運営する気も無いのに院長としての報酬をもらっていると思うと、大鎚で頭をかち割りたくなるが我慢だ。
例え少なくても孤児院の運営費を減らすわけにはいかない。
過去に義姉が運営費の横領を疑って調査したが不正は無かったそうだ。
貴族からしたら横領するまでもないはした金か。
「あれ、リーニエ義姉さんは?」
普段なら書類仕事を手伝っている義姉の姿が見当たらない。
彼女もルカと同じ冒険者だが、最近は日中に孤児院の運営を手伝い、夜に写本の副業をこなすというのが定番になっていた。
珍しく真面目に本業の冒険者をしているのだろうか。
「ルカ、落ち着いて聞きなさい」
近づいてよく見ればロンデルの顔色が悪い。
「なにかあったの?もしかしてはした金でも欲しいって院長が運営費を横領した?それなら今からでも殴り込みに行くけど」
嫌な予感がして、わざと明るくロンデルに聞き返す。
きっと義姉さんは横領の事実を確認するために出かけているのだろう。
無意識に背負っていた大鎚に手を伸ばし握りしめたルカだったが、ロンデルの次の言葉は想像より遥かに悪く、動揺させるものだった。
「リーニエが冒険者ギルドの討伐依頼で失敗した。昨日のことだ。唯一生き残ったパーティーメンバーが逃げ戻ってそう報告したそうだ……」
それは何の変哲もない討伐依頼だった。
打ち棄てられた古城の地下に巣食う迷宮蚯蚓の間引きだ。
地中深くに生息する奴らを根絶やしにするのは不可能で、かといって放置すれば古城の外に溢れて周辺の農地を荒らしてしまう。
だから討伐依頼が領主から冒険者ギルドに定期的に入る。
迷宮蚯蚓は下級冒険者には手強いが、中級者冒険者であれば手軽で割りの良い仕事になる。
何故古城の地下に巣食っているかといえば、この古城は元迷宮だからだ。
誰も名前を知らない〈名無しの古城〉は大昔から、人種がこの神無き大陸カンナウルトルムに入植する前からそこに存在していた迷宮だ。
城と言うくらいだから当然間取りや内装は人が住むための構造になっているのだが、発見した時には既に古城内部は荒廃し魔獣の住処になっていた。
その後冒険者の活躍により魔獣は一掃され迷宮としてはほぼ枯れたのだが、迷宮蚯蚓だけは根強く生き残っていた。
迷宮蚯蚓の間引きは今回も楽に終わる筈だった。
奴が現れるまでは。
治療院の病室の扉が蹴破られる。
治療術師の制止を振り切って入ってきたのは小柄な人狼族の少女だ。
少女はベッドに寝ている男を見つけると、側まで来て襟を掴む。
「病人には優しくしろよ」
「もう治療は終わってるんでしょ。義姉さんは古城のどこ?」
少女のものとは思えない力で持ち上げられ、男の上半身がベッドから浮き上がる。
襟が締まり息が詰まった。
「ギルドでどこまで聞いたか知らないが、西の尖塔の地下だ。迷宮蚯蚓を間引いてる時に奴が現れやがった」
「相手はどんな奴?」
「青白い顔の男だった。〈恐血公〉とかふざけた名乗りをしやがったが、あれは吸血鬼だ。俺たち中級冒険者程度じゃ全く歯が立たなかった。奴が軽く撫でただけでリカルドとクルツの首が飛んだ。リーニエは女だからかその場は生かされていたが、残念だが今頃は……」
ぎりり、と少女の噛み締めた歯が鳴った。
普段は眠たそうな目をしていて表情の変化が乏しい少女だが、今は怒りに満ち青い耳と尻尾が総毛立っている。
「どうして助けなかった」
「俺の加護が何かはお前も知ってるだろう。一人で逃げるのが精一杯だった。助けられるか分からないお前の姉貴を助けようとして失敗したらどうする。吸血鬼の存在の報告が遅れて更に被害が出ることになるぞ。それともなんだ?俺が自分の命惜しさに逃げてきたとでも言いたいのか?」
今度は男が少女に怒気をぶつける。
男とて冒険者の端くれであり矜持がある。
仲間を見捨てて自分だけ逃げることに忸怩たる思いがあった。
男と少女は暫く無言で睨み合っていたが、不意に少女は掴んでいた男の襟を放した。
「もういい」
先程までの怒気が嘘のように、少女の顔がいつもの無表情に戻っていた。
それはある覚悟をした顔だった。
「やめておけ、ルカ。お前が行っても無駄死にだ。少し待てば〈二つ名〉持ちが応援に来る。それまで待て」
「義姉さんが捕まったのが昨日。屍鬼にされていたら間に合わないけど、眷属化ならまだわからない」
吸血鬼は吸血時に自身の血と相手の血を入れ替えて、仲間を増やすことができる。
増やし方は二種類ある。
一つは一度に吸血鬼の血を大量に交換して作る屍鬼で、自我は希薄で主の意のままに動く。
もう一つは二度に分けて血を交換して作る眷属化で、自我を持ち吸血鬼の血に慣らしながら作るので、屍鬼より強い個体になる。
そして眷属は更に自身の眷属を増やすことができる。
つまりすべての吸血鬼とは、始祖の吸血鬼の眷属だということだ。
眷属化には最低でも二日かかるので、今から向かえば二度目の吸血までに間に合う可能性が無いわけではない。
眷属化の途中で救出された者は適切な治療を施せば、眷属化を防ぐ事も可能である。
ルカは踵を返して病室を出ていく。
「俺は忠告したからな」
仲間を救うために逃げることが矜持なら、仲間を救うために死地に向かうのもまた矜持だろうか。




