狼人間と狼少女
「ふっふっふ。別にわたしがアレを倒してしまっても構わないよね」
曇りひとつない真新しいショートソードを掲げて、銀髪の少女が高らかに宣言する。
対峙するのは二足歩行の魔獣。
薄汚れた毛に全身を覆われ、引き締まった筋肉の付いた四肢には鋭利な爪が生えている。
背中は丸めているが、それでも背丈は少女の二倍はある。
低い唸り声をあげて威嚇する頭部には、牙の間から涎を垂らしている狼のそれが乗っかっていた。
〈闇の眷属〉の下級眷族、狼人だ。
〈闇の眷属〉とは魔獣の中でも特に他の生物に敵対し、仇成す存在の総称である。
「いざ尋常に勝ぶっ」
「駄目です、下がっていてください。あと相打ち未満にしかならなそうな台詞を吐かないでください、カンナ様」
突撃しようとした少女カンナの襟首を、従者の男カルマが掴んで引き留める。
「は、はなせカルマ。あんな犬っころはこの剣に錆にしてやるんだから」
「逆に牙と爪の餌食になるだけなのでやめてください。加護も無しに剣を振り回しても、非力なカンナ様では相手になりません」
「加護なんて飾りだよ。偉い人には分からないんだよ」
「偉い人の筆頭が何を言っているんですか」
そんな油断しきった主従のやりとりを狼人が見逃すはずもなく、二体いるうちの一体が一足飛びでカンナに襲いかかる。
一瞬で間合いを詰められて、カンナは反応出来ずにぽかんと口を開けている。
カルマは対処しようと思えば出来たがあえてしない。
目の前に迫った狼人の横合いから、小柄な人物が飛び出してきたのを確認したからだ。
そしてその人物が振りかぶった大鎚が狼人の横面を殴り付けた。
その威力はすさまじい。
鈍い音と共に狼人の牙を砕き、頭部を殴打する。
大鎚の衝撃は頭蓋骨の内部を揺らし、脳に深刻なダメージを与える。
頭蓋骨全体を震わせてもなお収まらない衝撃が逃げ道を求めて眼窩に到達すると、そこに収まっている眼球をぐしゃりと潰した。
断末魔を上げる間もなく狼人は絶命し、弛緩した体が地面を転がっていく。
「大丈夫ですか?」
振り抜いた鎚を肩に担いだのは、カンナと同じくらいの背丈で小柄な青髪の少女だった。
露出度の高い皮鎧姿で、自分と同じくらいの長さのある大鎚を軽々と扱っていた。
「ええ、助かりました。ありがとうございますルカさん」
「いいえ、これも仕事ですから」
すました顔で答えたルカであったが、頭上にある三角形の耳がカルマの声を拾うとピクリと動き、腰から生えているフサフサの尻尾が嬉しそうに揺れていた。
彼女は人狼族である。
人狼族とは亜人種の中でも獣人族に分類されている種族だ。
亜人種も広義の意味では人種と同じ括りになる。
〈闇の眷属〉の狼人と人狼族は名前が偶然似ているが別種族だ。
人種で例えるなら猿と混同するようなものなので、うっかり混同した発言をすると侮辱と取られかねないため注意しなければならない。
「カンナちゃんたちは馬車の中に戻っていてください。このくらいの相手ならすぐに終わらせますから」
ドスンと大鎚の石突きで地面を突いて、ルカがもう一体の狼人を牽制した。
仲間がやられても引く気はないようで、狼人が少しずつルカとの距離を詰める。
対するルカは大鎚を腰だめに構え直して、狼人を迎え撃つ姿勢だ。
彼我の距離が五メートル程に縮まったところで狼人が地を蹴る。
一体目と変わらず素早い動きのうえに、先程より距離が近い分体感速度は更に速い。
大鎚はその重量を生かした攻撃が得意だが、その分大振りで間合いも遠くなる。
小回りも効かないため、素早い相手には攻撃を当てにくいのだが……。
「ふっ」
ルカは短く息を吐くと、腰だめに構えていた大鎚を振り上げた。
少女の細腕が自らよりも重い金属の塊を持ち上げると、間合いに入った瞬間の狼人の胴体を的確に打ち据えた。
咄嗟に体を捻った狼人だったが躱し切れない。
左脇腹から左腕にかけて、下から抉るように殴打される。
衝撃で狼人の体が宙に浮いて、抉れた血肉と体毛が飛び散る。
体を捻ったおかげで致命打にはならなかった狼人は、空中で体勢を整えて地面に着地する。
負傷していない右腕の鋭い爪を、ルカ目がけて素早く突き出した。
ルカは左手で大鎚の柄の持ち手部分を握り、右手は柄の上を滑らせて大鎚の頭の根元あたりで握り直した。
そして迫る狼人の爪と爪の間に大鎚の柄を割り込ませる。
爪と柄が接触し、金属を引っ掻いたような耳障りな音が響き火花が散る。
狼人の突き出した爪は紙一重の所で大鎚の柄に遮られ、爪の先端はルカの眠たそうな蒼い瞳に刺さる直前で停止した。
狼人は爪を突き刺した勢いのまま押し倒そうと、ルカにのしかかろうとする。
獣の巨体が小柄な少女に覆いかぶさる。
そのまま押し潰されるかに見えたが、その動きは途中でぴたりと止まった。
「ふんっ」
そこからルカが更に力を入れると、覆いかぶさっていた狼人の巨体をあっさり弾き飛ばした。
弾き飛ばす際にルカが大鎚の柄を捻る。
捻ったことにより狼人の爪と挟まっている柄との間にてこの原理が働き、負荷に耐え切れず爪がへし折れた。
ルカは爪が外れて自由になった大鎚の持ち手部分を改めて両手で握り直すと、弾き飛ばした狼人目がけて走り出す。
そして弾き飛ばされよろめき、爪と指の骨を折られ苦痛に吠えていた狼人の頭の上に、加速と遠心力の乗った大鎚が振り下ろされた。
「ふむ。やっぱり加護の力は偉大だね。人々にあまねく加護を与えた偉い人の名采配というわけだ」
「先程と言っていることが真逆ですよカンナ様」
大鎚で頭頂部を真上から殴りつけられ、地面に血溜まりを作っている狼人の死骸を見ながらカンナがうんうんと頷いている。
カンナとカルマは乗り合い馬車の乗客で、ルカは馬車を護衛する冒険者だ。
馬車は二台編成で、ルカの他に二名の冒険者がもう片方の馬車を護衛している。
神無き大陸カンナウルトルムにおいて、人種は多数いる生物のうちの一つの勢力でしかない。
なので人種の勢力圏の外側である街と街の間を走る乗り合い馬車が魔獣の襲撃に遭う事は多々ある。
必然的に馬車の護衛は冒険者にとって定番の仕事となっている。
ルカが単独で護衛を任されているのは、その実力を認められているからだった。
「さすが【鍛冶神の加護】だね。そんなに大きいハンマーをぶんぶん振り回せるなんて、ルカちゃん偉い偉い」
華奢なルカが巨大な鎚を扱えるのは、【鍛冶神の加護】を持つからだ。
鍛冶神は創造神が産み落とした神々のうちの一柱で、この神の加護を賜ると鍛冶にまつわる技能や武具の扱いに恩恵を得る。
その中でもルカの加護は鎚の扱いに特化していて、重量級の大鎚でも重さを感じることなく振り回す事が出来た。
加護の強さと種類には個人差があり、生まれた時から決まっている。
そして後天的に変わることはない。
ルカは恵まれた加護の持ち主であった。
もちろん腕力のみで大鎚を振り回すことも可能だが、加護持ちと比較するとその差は大きい。
「まだ向こうの狼人が片付いてないみたいです。加勢に行くからカンナちゃんは早く馬車に入ってください」
カンナに背後から抱きつかれ、耳を撫でられてもルカは表情も変えずに、ひょいと大鎚を担いで応援に向かった。
まあ走り去る尻尾は相変わらず撫でられて嬉しそうに揺れていたのだが。
「もしこの世界に加護が無かったら、戦場はマッチョなおじさんだらけになっていただろうね。よく女の子や子どもが大きい武器を振り回すなんて非現実的だってJRPGは馬鹿にされるけど、うちの世界には加護があるもんねー」
「いったい誰に何の弁明をしているんですか」
でもちょっと分かるかも、と思ったがカルマは口には出さなかった。
「いい加減馬車に戻りますよ」
「へーい」




