六話
とくん、と緑の心臓が一際強く鼓動する。何故か緑は、いろはから顔をーーーー目をそらすことが出来ずに、ずっといろはの顔を眺め続けている。
いろはもいろはで、突然の事態に目を逸らせないようだ。
(…………綺麗だ)
緑は、目をすぅっ……と細め、右手をいろはの頬へ持っていき優しくなぞる。緑は中学の頃から綺麗さに磨きがかっていた顔をこんなに至近距離で見ることはなかった。
「んっ………」
手で頬を撫でる度に、いろはから声が漏れ、いろははされるがままに目を閉じた。
「…………っっっっ!!!」
そして暫くして緑はいろはの頬を撫で続け、いろはもいろはでそれを堪能していると、不意にいろはの顔が急に熱くなった。
「み、みみみみみみみーくん!?!?」
(わ、私しし!!一体何ををををを!?)
パッ!と緑に覆いかぶさっていた状態から、慌てて体を起こす。まぁそれでも緑に股がっているままなのだが。
(みーくんの手が、私の……ほ、ほっぺたを優しく撫でて……それで……!)
まるで恋人のようなふれあい。緑は意識しないでやっていたが、その時の緑の目は愛情に満ちていた。
「あうあうあう………」
「…………大丈夫か?」
本格的に顔を赤くするいろはの事が心配になった緑。
「だっ、だだだだだ大丈夫だよ!!」
「……そうか、怪我とかも……」
「うん!みーくんが守ってくれたおかげで、全然痛くなかったよ!」
「………そうか」
ほっ、と緑は胸を撫で下ろした。自身の大切な存在が無事だったことに安堵した。
「立てるか」
「う、うん」
ここでようやく立ち上がる二人。いろはの肩を抱き、支えながら2人で立ち上がる。パンパンと制服を叩き、土や砂埃二度を落とす。
「……その、みーくん。ごめんね、洗濯物落としちゃって……」
足元には、見事に散乱された衣服。
「大丈夫、気にしてないから……」
と、しょんぼりしているいろはの頭を撫でる。昔からいろはが落ち込んでいる時は緑が頭を撫でて励ますという事が続いている。一体なぜ俺がするんだ?という純粋な疑問を翔太へと投げかけた緑だが………。
「お前だからだよ」
という、緑に対しては全然答えにもならない答えが帰ってきて、さらに「この鈍感がっ!」と言われ、デコピンも喰らったいい思い出である。その日の夜ご飯は翔太が苦手なピーマン尽くしだったと記しておこう。
(………まぁ、いろはが落ち込むよりかはいいよな)
安心しきった顔で、目を閉じてなでなでを堪能するいろは。
「……さて、いろはは先にご飯の準備しててくれないか?これは俺がやっとくから」
「うん、分かった!その……ありがとう!みーくん!」
と、一度いろはは緑に抱きつく。
「私、料理は頑張るからね!」
「あぁ、期待しているよ」
と、一旦いろはの頭から手を離した緑。いろははもっと撫でて欲しかったのか、ついつい「あっ………」と名残惜しい声を出したが、最後に緑にもう一度強く抱きついてからリビングへと姿を消した。
(……さて、とりあえずこれはもう一回洗濯かけて……部屋干しでもさせとくか)
今日父さんたち帰ってこねーし、と思いながら落ちた洗濯物を拾い始める緑だった。
(………あうあうあう)
キッチンへ引っ込んだいろはは、恥ずかしさからしゃがみ、身を隠してしまう。
緑が頬を撫でる感触が未だにほっぺたに残り、恐る恐るそこへ触れる。
「……えへへ」
(大事に……されてる)
いろはは、その感触の余韻を、十分に堪能した。
洗濯機にまた洗濯物を突っ込んだ緑は、その後、いろはと息のあった連携プレーで料理を作り始める。翔太は常人の2.5倍はくらいは食べるので、料理を作るだけでも時間がかかる。
今回はいろはもいるので、普段のスピードよりも2倍くらいの効率の良さで料理を作り終えた。
途中、いろはが勇気を持って「なんか新婚さんみたいだね……」と、頬を赤らめさせて言ったのだが、ペちっと頭を叩かれた。それは、照れ隠しかどうか………。
……まぁあの回転率を見たら新婚夫婦じゃなくて料理店の料理人なのだが………。
料理を作り終えると六時になったので、いろはが帰る。そして、そろそろ翔太が帰ってくる筈なので、緑は先に風呂に入っておいた。
ササッと体を洗い、湯船に浸かる。緑はあまり長い時間風呂には入れないので、二分ほどで風呂をあがった。
タオルで髪を拭いていると、玄関の方から「ただいまー!」という元気な声が聞こえる。
「緑!腹減った!」
「くせぇ、とりあえず風呂に行ってこい」
鼻を抑えながら翔太を風呂場へおしやる。
緑の家には既に翔太の着替え、バスタオルエトセトラエトセトラが多く存在しており、既に翔太の第二の家と化している。
2階へ行き、適当に着替えを見繕ってから脱衣所へ放り投げた。
料理をさらに盛り付けながら待っていると、翔太が風呂から上がってくる。
席に着いたタイミングで、翔太の前に皿盛り盛りになるほどについだ肉野菜炒めを置く。
「うめぇうめぇ」
ガツガツ!と素晴らしいスピードで料理を食べていく翔太。余程腹が減っていたのか、いつもよりも減るスピードが早い。
「緑と結婚したやつは絶対幸せもんだよなぁ………」
肉野菜炒めを堪能し、緑が翔太専用に作った麦茶を飲んだ翔太はふと呟いた。
「どうした?藪からスティックに」
「なんだお前、気に入ってんの?」
「実は結構」
まぁいいけど………と呟いた翔太は、机に肘を立て、腕を組み、その上に顎を置いた。
「だって、まずお前尽くすタイプじゃん?」
「そうか?」
「そうだろ。じゃなきゃなんで他人の家に俺専用の麦茶あるんだよ」
「………そう言われればそうだな」
正にご尤もである。どこの家にスポーツやっている幼馴染のために専用の飲み物を作っている幼馴染がいるだろうか。
「俺さ、中学の時になんで緑、女じゃねぇんだろって何回も考えたことあるもん。お前が女ならどんな手使っても口説き落とすのに……」
「お前、それみさきちゃん聞いたら張り手もんだぞ」
言い方気をつけろ言い方。と釘を刺す緑。
川瀬美咲。他校に通っている翔太の彼女である。中学の時、男子バレー部のマネージャーだった。
美咲は、一生懸命に頑張る翔太の姿に惚れ、翔太は、美咲の一生懸命に支えてくれるその姿に惚れ、中三の中体連で全国優勝を果たしたその日、翔太が告白をした。
返事は当然OK。その日はそれぞれ相談に乗っていた緑といろはが全力で祝福をしていた。
翔太曰く、美咲は「まんま緑を女にした感じ」である。故に、口説き落とす発言は結構ガチである。本気と書いてガチである。
「お前さ、好きなタイプあんの?」
「………あるけど教えねぇよ。ほら、するんだろ?」
いつものルーティーンとして、ご飯を食べ、30分後にパス練や、軽いレシーブ練をするのだが、珍しいことに翔太は首を横に振った。
「今日さ、珍しく親父たちが早く帰れるみたいでよ……暫く顔みてないからさ、今日は団欒してくるよ」
「……そっか」
翔太の両親は大忙しである。朝早くに会社へ出かけ、夜遅く家へ帰ってくるので、基本翔太と顔を合わせることがない。
「それじゃあな、緑。飯美味かったぜ!」
「おう、またな」
そして、緑は翔太を見送った。
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