四話
「んっ…………」
水底からゆっくりと上がるように意識が覚醒していくのを感じた緑。ゆっくりとまぶたを開いた。
「知らない天井……ではないな、うん。保健室?」
体を起こして周りをキョロキョロと見渡す。カーテンで仕切られたベッド。そして少しの消毒液の匂い。
(……うん、保健室だな)
未だに痛むお腹を手で擦りながらベッドから降りてシューズを履いて、カーテンを開けた。
「あら、起きた?」
カーテンの音に気付いた保健の先生が緑へ顔を向ける。保健の先生は、若くて、美人で、胸が大きいとういう謎のジンクスがあるが、残念ながら、この学校の先生は40代のおばさんである。
「進藤君が制服持ってきているから、着替えたら教室に戻りなさい」
「はい」
保健室に設置されているソファーに、緑の制服が置いてあったのを確認したので、それをもってもう一度カーテンで仕切られたベッドへ向かう。
パパパ、っと着替え体を軽く伸ばした。
(痛みは腹以外特になしっと)
自分の状態を軽く確認し、保健室を後にする。
「お世話になりました」
「お大事にね」
フリフリと手を軽く振る先生に頭を下げ、ドアを閉めると、チャイムが校内に鳴り響くと共に、上から椅子の引く音が聞こえる。
ちらりと時計を見ると、時刻は既に昼を過ぎていた。
(......俺、授業三時間分寝てたのかよ,,,,,)
改めて、幼馴染のすごさを、この身で実感した緑だった。
「緑!」
「みーくん!」
教室に緑が入り、出迎えたのは当然幼馴染のこの二人である。
翔太が慌てて緑へ駆けつけるーーーー前に、野性的な勘で緑が近づいてきていた事を本能的に感じ取っていたいろはは、翔太よりも早く緑へ駆けつけーーーーーーーーー
「おっとと………心配かけてごめんな、いろは」
勢いのまま、緑に抱きついたのであった。
「「「「!!!!!!!」」」」
クラスがガタガタと騒がしくなる。男子の中には椅子から転げ落ちている奴もいた。その中、翔太は「あちゃー……」という顔をした後に、二人に近づいた。
ぎうー!と強く抱きしめてくるいろはを抱きしめ返し、片方の手は頭まで持っていき、撫でる。
まるで、恋人の抱擁。急に砂糖が投下された教室。女子の顔が少し赤くなっていた。
「緑、大丈夫だったか?」
落ち着きがなかった翔太も、少しは落ち着きを取り戻した状態で緑へ聞く。その質問に緑は一度頷いた。
「あぁ、授業三時間分寝たからな。だいぶ回復したよ」
「そうか、それなら本当に良かった……」
ほっ、と胸を撫で下ろす翔太。体から全身の力を抜き、ふらり、と足元がおぼついた。
「……ごめんな、本当に心配かけた」
「いや、俺こそごめんな」
「それこそ謝んなくていいって。お前のスパイクとか、練習し始めの頃はバカスカ腹に決まってたろ?」
それはそれで大丈夫なのか!?というクラスメート心の声が被った。
「今度、遊びに行った時になにか奢れ。それでチャラな」
「おうよ」
翔太との話が解決したので、緑は抱きついているいろはへと顔を寄せた。
「………いろは」
「……んっ」
耳元で名前を呼ぶと、ピクっ、と体が反応する。その後、ゆっくりと緑と視線を合わせた。
「ごめんな、心配かけて」
「………ううん」
いろはは、一度首を横にふると、翔太の方へと顔を向けた。
「……しばらく、翔太くんと口聞かないから」
「なんでだよっ!?まぁ、理由は分かってるけど……っ!」
翔太、哀れである。
(………まぁ、きっと謝り倒せば許しくれるよ)
「白石くん」
と、圧倒的空間を作っている二人ーーー正確に言えば緑にだが、声をかけた勇者がいる。
そう、飯塚公平である。
「飯塚」
「先程の試合の最後、見事なトスだった。進藤が認めるのも分かるよ」
「お、おう……?」
と、急に緑へ賞賛の言葉を送る。まさか褒められるとは思っていなかったのか、緑の声が裏返り、それを聞いて翔太が胸を張った。
(……なんで翔太がドヤるんだ?)
「そこで相談なんだけど、君にバレー部に入ってもらいたいんだが………」
「……………は?」
「冗談じゃないよ。僕は本気さ」
思いもよらない勧誘。まさかこうなるとは予想していなかった緑は、顔をぽかんとさせた。
「………待て待て、そんな簡単に勧誘していいのかよ?」
「構わないだろう。君の実力は僕と進藤が証明出来る」
どこまでも本気なその目。公平は本気で緑をバレーの道へと進ませたいようだ。
「……まぁ折角の誘いだが、すまんな。俺のトスは翔太専用なんだ」
と、緑はキッパリと断る。
実際に、緑は翔太としか連携はできないし、今入っても公平と翔太の推薦があってレギュラー入りしても、元々頑張っていた部員からも反感を買うだろう。
「………そうか、それは残念だな」
と、それを聞いた公平ははっと笑った。
「体育の時に、君のトスを打てることを願っているよ」
「あぁ。巡り合わせが合えばな」
頷き合うと、公平はそれじゃあと言って、教室から出ていった次の瞬間、緑のお腹から空腹を知らせる音が響いた。
「………腹減ったな、そろそろ俺らも飯食おうぜ。いろは、そろそろ」
「うん」
いろはに声をかけると、最後に一際強く抱きしめてから、どことなく名残惜しそうに離れるいろは。
「どこで食う?」
「中庭でいいだろ」
「いつもそこだもんね。翔太くん、荷物持ち」
「………へいへい」
と、またいつものような三人の空気なって教室から出ていった。
(………すげぇ白石。あの槙野さんに抱きつかれても顔色ひとつも変えなかった)
(飯塚くん、いろはちゃん白石くんに抱きついたままだったけど喋りに行ったわ……ある意味すごいわ)
((((それよりもなんだあの空気、甘ぇ………))))
「………ちょっと俺、白石にジュース買ってくる分と、ついでにブラックコーヒー買ってくるわ」
「あ、ちょっと待て。俺も行こう」
この日、何故か鳴声高校の自販機にて、どこのブラックコーヒーが売り切れるという珍事件が起きた。
「そういえば誰が俺を保健室に運んだんだ?」
「俺だな。緑が倒れてやべぇ!って思って無我夢中で運んだんだ」
「そうか。ありがとな」
「でも、廊下走ってる時なんかキャーキャーうるさかったぞ?」
「それは翔太くんがみーくんをお姫様抱っこで運んだからでしょ?」
「………………え?」
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知名度の暴力やめーや………