九話
白石緑の朝は早い。しかし、今日はいつもよりも早い。
今日は、翔太が待ちに待っていた、バレーの大会の日である。その日の緑は、翔太の為に弁当を準備したり、自身の準備があったりと忙しいので、四時前には起きるようにしているのだ。
「……ふぁ……ねむ……」
欠伸をして、のそのそとベッドをおりて、私服へ着替える。翔太達の試合は九時半からなので、九時までには会場には着いておきたい。
「………急ぐか」
「これが弁当」
「おう」
家の前、翔太にいつもよりも小さめな弁当を渡す。きちんと翔太の胃袋を計算し、腹八分目までに収まるように作ってある。
「んで、これがいつものな。こっちの青いのが翔太の、緑のがみんなのだかんな」
翔太に二つのタッパーを渡す。その中には緑が丹精込めて作ったレモンの蜂蜜漬けが渡された。
「緑のレモンの蜂蜜漬け、あれ先輩達にも大人気だぞ」
「だからってそれ目的の勧誘はマジでやめて欲しい」
去年、バレーの大会時に、翔太が緑の作ったレモンの蜂蜜漬けを部活のみんなに分けたのだが、あまりの美味しさに、3ヶ月にわたって緑をマネージャーとして勧誘をし続けていた。
勿論、緑に入るつもりは無いし、レモンの蜂蜜漬け目当てで勧誘など以ての外。全て断った。
しかし、あまりにもしつこかったので、仕方なく緑はバレー部の皆にも作るようになってしまった。別に作るのはいいのだが、勧誘のせいでバレー部の先輩にはいい印象を持っていないので、翔太に渡したやつとバレー部に向けて作ったやつでは味が違うのだ。
きっと、勧誘がしつこくなかったら、もっと美味しくなっていたものの…………。
「タオル持ったか?バレーシューズは?ユニフォーム持ったか?」
「お前は俺の母ちゃんか。大丈夫、昨日の夜に5回確認したし、出てくる前にも3回確認した」
心配して翔太に詰め寄る緑を押しかえす。
「ならよし」
朝7時。風が吹き、未だに冷気の残る空気が緑の肌を撫でる。
「行ってこい」
「あぁ!優勝トロフィーを緑の家に飾りに来るぜ!」
と、翔太は走っていった。翔太はスロースターターなので、こうして早めに体を動かしておいて、試合が始まるまでにエンジンを付けさせなければならないのだ。
だがーーーーーーー
「………優勝トロフィーは学校に飾るんじゃないか……?」
今日、翔太含むバレー部が臨む大会。親善試合とは言っても、各校がそれぞれ県でトップレベルや、全国クラスの実力を持っている高校が数多く参加する、結構ガチめの大会である。
ここで、軽くだが主な優勝候補に上がるであろう高校の説明をしようと思う。
まず、翔太や公平含む、2大エースの大砲持ちの鳴声高校。去年インターハイ優勝高であり、当然の事ながら優勝候補NO.1である。
次に、唯一と言っていい、翔太の天敵を保有している日凛高校。鳴声と並ぶ二大巨頭であり、いつも優勝争いをしている。
最後に、翔太と同じアンダー18日本代表のセッターを擁している喃海学園。別名、守りの海と呼ばれるほどに圧倒的フロアディフェンスの強さをもつ学園である。
他にも粒ぞろいの選手は多くいるが、上げるとすればやはりこの三校であろう。
「………ふーん」
と、緑は翔太から渡されている、『バレーについて!』と書かれているノートを読みながら呟いた。
「……?どうしたの?みーくん」
「いや、なんでも……」
呟いた緑に反応して声をかけたいろは。緑がパタンとノートを閉じた。
「……ねぇねぇ、翔太くん達、優勝できるかな……」
と、不安げに緑の袖を掴むいろは。既にいろはと緑は会場についており、今は翔太の彼女である美咲を待っている。緑はうーん、とうなり、ノートをひらひらと振った。
「……ま、これみたくらいじゃどうとも言えん。絶対に勝てる試合なんてものはないんだからな………ま、大丈夫だろ翔太なら」
今まで何回も翔太の試合を応援しに来ている緑が、しっかりといろはの目を見つめて言う。
「………うん、そうだね!」
いろはの瞳から、不安の色が抜け去り、不安げな顔から花が咲いたように笑う。緑はそれを見て、心が暖かくなるのを感じ、いろはの頭を撫でた。
そして、その二人に近づくひとつの影あり。
「………相変わらずお熱いわね」
「キャッ!」
と、聞き覚えのある声がいろはと緑の耳に届き、いろはが可愛らしく声を上げると、顔を紅く染めた。
「おはよう緑くん、いろはちゃん」
川瀬美咲。別名、女体化緑。腰ほどまである茶色の髪をポニーテールでまとめている。メガネをかけており、いかにもクールビューティと言った感じだが、翔太の前ではそのイメージはガタガタと音を立てて崩れ去り、一気にデレデレ彼女になる。
翔太はよくこんなに可愛い人を彼女に出来たな、と本気で緑といろはが驚く程に美人さんである。
「おはようみさきちゃん」
「み、美咲ちゃん……おはよう」
「えぇ、おはよう。今日は珍しく寒い日だってのに、二人はアツアツだったわね」
「みさきちゃん?翔太にも言ったけど、それ絶対に君達だけには言われたくないから」
そう緑が返すと、美咲の目が一気にジト目になった後、ため息を吐いた。
(付き合ってもいないのにそんな雰囲気作り出せる方がないわよ……)
「………なに、その目」
「………なんでも」
はぁー、ともう一度大きくため息を吐く美咲。
(……なんか最近ため息吐かれるの多くない?)
「さ、いろはちゃん。そのバカはほっといて、トーナメント表見に行きましょ?」
「え?…え、え?」
と、そそくさといろはの背中を押して会場へと入っていく美咲。なぜ俺は罵倒されたんだ……という念を緑が美咲に送っていると、美咲が緑の方を向き、いろはに気づかれないよ角度で「べー」と舌を出した。
「………なんなんだ?」
と、緑は呟き、頭をかいてから二人の姿を追った。
そして、三人は横に並んでトーナメント表を見たがーーーーー
「…………」
「あら……………」
「…………まじかー……」
上から、いろは、美咲、緑の反応である。いろはが無言。美咲が驚いたように見つめ、緑が片手で顔を覆って天を仰ぎみた。
(いきなり初戦からかよ………)
第一回戦第一試合。鳴声高校対日凛高校。
いきなりの鬼門である。




