異世界地獄の朝食編
腹巻清45歳 異世界5日目の朝食で地獄を見ました。
転送五日目
多少の胸の高鳴りを感じつつ食卓へとやってきた。
今日から異世界生活初出勤ではあるが昨日までも休む暇なく色々なことが起き過ぎてぐっすり眠りにありつけたので体調は今までで一番良い。
メアリーも既に朝食の準備をしていたので挨拶をしたのだが何か様子がおかしい。
「※※※※※!※※※※※※※※※!」
いつものように何やら騒いでいるようだが言葉が聞き取れない。
頭を抱えたかと思うと私の借りている部屋に走っていった。
「どうしようもないキヨシさん!なんのためにこんな高級品を借りてきたんですか!ほんとーにキヨシさんはこの才女メアリーがいないとどうしようもないんですね嘘つきキヨシさん!」
なんにもない嘘つき呼ばわりはもう昨日からだ、余程賭けに負けそうになった時のことを恨んでいるのだろうかそれとも本当に嘘をつかれてショックだったのか素人も思わないので放っておこう。
それよりもメアリーが手に持って差し出してきたのは青いたぬきが出すかのような万能翻訳こんにゃくことランタン型の道具【朝日の灯火】である。
いつ自分の魔力が暴走して気づかぬうちに何かしらの魔法を放ってしまっては大変だということでショッキングピンクの羽織【封魔の羽織】を着ることが義務付けられてしまっているので魔力を介した言語による意思疎通が阻害されてしまっている。
そのためにザンタ爺さんを始めとした魔力の低いものから全く魔力を持たない人々には重宝されているというのがランタン翻訳機なのだ。
「しかしこの奇抜な羽織は凄いですね。少しは意思疎通が出来ていた嘘つきキヨシさんですらこの才女メアリーと全く話もできなくなってしまうとは。悔しいですがあの黒アッベ、流石は元魔人四皇といったところでしょうか。」
「あ、あのーメアリーさんの言う黒アッベってアクルさんのことですよね?」
「そうですよ、あの巨大黒アッベです。」
「アッベってなんですか?」
こんな私にとっては聞かなければどうしようもないことを聞いた途端はぁまたですかとでも言いたげな顔をしながらメアリーは羽ばたいてみせた。
「アッベですよアッベ!なんにもない嘘つきキヨシさんいやそんなっ!まさかっ!いえっ、わかっていますよキヨシさんよくぞこの世界の教養もなく生きてこられました。それも全て人族第一主義のカーパ教のお陰でしょうか、そうですねいえそうに違いありませんっ!でもおかしいですねキヨシさんカーパ教を信じていないのに救われている?キヨシさんどーなっているんですか嘘つきキヨシさん!!!」
そんなにメリハリの効いた一人ミュージカルを演じられても何も答えられませんってば。
ましてやこの世界だと鳥かカラスのことをアッベっていうらしいことを説明するためだけにここまで煽るのか正直うざったるくなってきた。
全く説明しないわけじゃないにしてもあんまりにもうざったるく飽き飽きとしていたが他にも聞きたいことがあったのでそこには触れずに話を続ける。
「教養のないついでにお伺いしますが、聖科ってなんなんですか?魔力?魔法?とにかく珍しいみたいなことを言われたんですが。」
「自分の置かれた状況をしっかりと理解されるのは尊敬しますよ嘘つきキヨシさん!そんなキヨシさんのためにそれではこの才女メアリーが教えて差し上げましょう!基本的な話からするのもいいですが聖科についてのご質問でしたので聖科についてしっかりとお答えします。聖科とは人が預かる極光属性における三科のうちで最も強いとされる魔法のことなのです。いいですか聖科は魔族との戦いにおいて最も基本とされる“癒やし“の力に長けた魔法であり唯一人族が使い手を作り上げることが出来る科なのですよ!」
「つ、使い手を作り上げる?」
「そうですよ嘘つき盆暗キヨシさん!他者との濃密な粘膜接触を経験しないものはより強い聖科の魔法が使えるというのはこの世界では常識、いえそのっキヨシさんのような方には意外だったとは思いますがーそもそもこの世界だとサキュバスやら獣人族やらとも禁忌を犯す者は多いですからね。それこそ僧侶や神官を幼い頃より目指した者でもなければたどり着けない境地ともいえるのです!何より他の科への適性が一切ないという大原則がありますし危ないといえば危ないのですが、まぁーそれはあんまり考えなくていいでしょう。うんうん」
一人で勝手に納得をしているメアリーではあったが私はそれどころではなかった。
つまりである、つまり超童貞であることが聖科とかいう属性っぽいものの魔法を使うことが出来る理由なのかー!!!
こんなにも長い間青春すら経験ぜず異世界に呼ばれたというのはやっと私の人生が報われるということなのか!!!
カモン青春!グッバイぼっち!正確には白秋とかいうんだっけでもんなことはどうでもいい。
私の心の中、いや頭の中はキヨシパレード開幕である。
キヨシたちが歓喜し踊れない踊りを狂ったように踊る!飲めない酒も何故か浴びるように飲んでいる!
やったー!ついに人生が報われたー!
この世の春が来た!
かわいい恋人を作ってあわよくば家族もっ!
そんな歓喜と欲望ととてつもない希望を抱いて開幕したキヨシパレードはすぐに閉幕となった。
メアリーが私の顔を両手で掴み顔を近づけてきたのである。
なんだ実はこのうざい美形の自称聖職者やはり異世界のヒロインっ
「嘘つきで笑顔が気持ち悪いキヨシさん、そういえば聞いていませんでしたね?この才女メアリーはカーパ教の神官と認められる今日まで28ノ刻を生きてまいりました。そうですこの才女ですら28です、なのにキヨシさんあなたは一体いくつの刻をその魔法の発言に充てていたのですか。答えなさい嘘つきキヨシさん。」
「えっ・・・4,45年ですけど」
「ははーん、45ノ刻も誘惑をはねのけ続けたですって。嘘つきにしてはやりますねっ、ははは。まぁ確かにあのホーリーバリアは見事でした。しかしですよしかーしっ!この世界で欲望に忠実になることなど容易いのはあなたも知ってのとおりです!」
(両手を広げてこっちを見られても知らねーよっ!)
「うえぇっ!45ノ刻そんな嘘でしょ、いくら教養のないキヨシさんでも数字を知っているなんて、いやいやそうですよそうですよ教養のない嘘つきキヨシさんこれは何にみえますかー嘘つきキヨシさん?」
そういってメアリーは右手を自分の頭上高く掲げ人差し指を突き立てた、1だなあぁ見間違うことなき1だ。
何かピカーんとか効果音でもついてそうなほど自信満々にやりやがって。
しかしこの女いい加減うざいぞ、もう我慢ならん。
「あのメアリーさん1ですよね1。それくらい私にだってわかりますよ。いくら私が、長いことどどどっ童貞だったからってそんないじらなくてもいいじゃないですか!大体昨日から嘘つき呼ばわりして何なんです!私は嘘なんてついてない本当にこの世界のことを何も知らないんですよ。教養がなくてすいませんねっ!でもメアリーさんそんなに他人のこと煽り続けて楽しいですか!私はいい加減不快ですっっというか、うざい。うざいですよあなた。助けていただけいてそれは本当に有り難かったですがもう我慢の限界です!そんなに馬鹿にしなくたっていいじゃないですかっ・・・」
自分では一端にキレたつもりなのだがダメだ噛みまくってるし全身が震えているしかも最後の方は涙目になっているし。
童貞であるかどうかは条件として正しいのかはわからないが半ば八つ当たりかもしれない、それでももうこの気持ちは抑えられず言葉になってしまった。
だが様子が一変したのはメアリーも同じだった様で背景に雷でも落ちていそうな固まり方と腕の配置具合とあんぐりと開けた口、そして何よりなんだよその白目は。
「あ、あのっ私ってそんなにうざかったですか?」
さっきまでの勢いが完全に死んでいると思うと引いていた椅子の背もたれにかろうじて受け止められている。
それどころかなんだこの今にも魂抜けちゃいますみたいな力の抜けっぷりはと思えばメアリーはうざいという言葉を一人繰り返している一つの単語だけお気に入りで話しまくるオウムみたいになってしまった。
そんなメアリーの新しい一面を目の当たりにし急に悪いことをしてしまったかのように錯覚してしまい声を掛けようとしたその時メアリー顔面に一筋の涙がこぼれた。
泣きたかったのはこちらの方であったはずなのにいつの間にか立場は逆転。
あまりにも気まずい雰囲気ではあるがメアリーが口を開く。
「キヨシさん私ってそんなにうざいですか」
今までのメアリーの声じゃない!
なんて澄んだ清らかな声でこの美形いや今や誰もが認めるであろうこと間違い無しの超絶美人が現れた。
「私が言い過ぎた感も若干あるかもしれません、でも少し控えてくれたら嬉しいですかね。その、すいません。」
もうダメだ、謎の罪悪感どころか何か吐き気みたいなものまで感じる。
「うざかったんですね、キヨシさんごめんなさい」
超絶美人がいたと思ったら今度は言葉全てに濁点をつけた昨日エスイー視点で見せられた泣き叫んでいた私にそっくりの何かがいる。
吐き気を催すほどの罪悪感もどこかへと去ってゆく。
「あのっ本当に大丈夫ですから。いやあのほら大丈夫ですよっ!大丈夫!」
全然大丈夫ではないただの異常事態でしかないのだ。
こんな女性のご機嫌を直すのに必死になったこともないので元々ない語彙も余計ちんぷんかんぶんなものしか出てこない、いいや大丈夫しか言えていないのだ。
もうどうしていいのかわからず取り敢えず彼女の目の前に行くことにした。
いや本当に解決方法とかそんなかっこいい事でもなくとりあえずもうじっとなどしていられない。
よく見なくとも顔をクシャクシャにして涙を流しおまけの鼻水もしっかり垂れている。
一瞬だけ現れた美人と同一人物なのは間違いないと少し哀れに思っていると羽織を掴まれ次の瞬間
ぶしゅーーーー!!!
「私ってそんなにうざいですかねキヨシさん」
まだ全部濁点が混じった明らかな鳴き声で話すメアリー。
それを言う前に人の衣服で勝手に鼻をかむな。
ウザさここに極まれりといったところか。
そんな別の意味での賢者タイムに勝手に浸っていると何かが近づいてきていた。
「よぉキヨピー迎えに来てやったぜ。ん?バカメアリーどうしたんだ。いいや早く仕事に行こうぜー。」
グッドタイミングだよエスイー!この気まずすぎる空間から逃げられる。
「メアリーさん兎に角大丈夫ですから、ねっ?大丈夫です、仕事いってきますー!」
本当ですかとまだ濁点で濁った言葉から回復できてはいないが二度ほど頷いていたし大丈夫だろう、いや大丈夫!
こうして異世界地獄の朝食は幕を降ろした。