異世界初仕事編
腹巻清 45歳 異世界でのお仕事始まりました。
「やるじゃねーかキヨシのじじい!あのバカメアリーを朝からコテンパンに叩きのめすとはな。」
いつの間にかあの地獄の朝食での出来事がウンケイに伝わっていた。
それもそうだろうあのカーパ教支部(仮)は窓が道に面している。
あれだけ騒いでいたのを誰にも見られていないわけもなかったわけで。
「ストレングス様にもあのバカメアリーのボッコボコにされた姿見せてやりたかったよ!」
「エスイー何言ってやがる、見せたいなら見せろよ。」
「えっそんなにみたいのー?俺様どうしよっかなぁー。」
「何を焦らしやがるんだ!うぉい!」
結局ウンケイことストレングスは頭に無理やりエスイーを乗せて今朝の地獄絵図の結末を見てはバカ笑いをしていたが急に笑うのをやめた、というよりは顔が強張っているような。
「イド、キヨシおはよう」
そんなバカ笑いを急にやめた雇い主を尻目にイドと軽く挨拶を交わす。
「おいキヨシのじじい!お前本当に45年もこれと言って他者との粘膜接触はしてねーのか?」
まただ、まただよ。
童貞であることがそんなに凄いのか。
メアリーも先程の会話で取り乱していたのだが何がそんなに珍しいのか。
「うーん。なるほどなぁ。」
メアリーほどではないがかなり豪快な話し方をするウンケイですら黙ってしまった。
本当に45年童貞はそこまで珍しいというのだろうかしつこい様だが信じられない。
転移される前の世界ではそれこそ30歳まで童貞なら魔法使いになれるだとか40過ぎたら賢者だとか散々なネタとして昇華されていたようにも思うが。
全く魔力もコントロール出来ないメアリーの言葉を借りるなら“盆暗“そのものかもしれない。
それはそうと、この世界は時間という概念が今の所ないらしい。
それこそ朝・昼・夜の区別があるくらいの様だ。
その決め方も太陽は北から南へと移動するらしいのだがこのラストマゲドンでは中央にあるブレインキャッスルの頂上が大体昼の始まりで日が完全に落ちると夜の始まりということでかなりルーズな生活スタイルとなっているようだ。
その為実際朝のうちから仕事を開始するのは余程の物好きか働き者だけという認識でもあるらしい。
「さぁて集まったな、早速仕事と行きたいところだがキヨシのじじい!昨日大事なことを確認し忘れた!取り敢えず文字を書いてみろ!」
文字を書くにしてもそういえば文字は読めていたしひょっとして私のいた国の言語が通用するのかそんな甘い考えも通用するはずもなく
「やっぱりか。キヨシのじじいお前さんこの世界ではその言語は人前で書かないほうが良いな。ところでこれはなんて言語なんだ?」
「これは日本語っていうんですけど、やっぱり読めないんですかね?」
「多少の魔力を込めれば魔力を持った者なら読める文字を書くことも出来るんだが今のお前さんは魔力のコントロールも出来ない。それどころか魔力の暴走を防ぐために【封魔の羽織】だっけか、そいつを着ているなら尚更自分の書ける文字しか書けんだろうからな。キヨシのじじいお前さんは人前で文字を書くのは禁止だ!本当は話すのも制限したいところだが、ラストマゲドンにいるうちは仕方ない、兎に角わかったか!」
「はぁ、やっぱりそれだけ異世界の人間の言語って珍しいですかね?」
「珍しいは珍しいが勇者ペーニ・ブレイクの話はもうゲゲ・ポポで知らないやつがいるほうが珍しいくらいでな。それこそあいつはエイゴだったか?異世界の言語を使うってのは知られた話なんだ。それでここからが本題なんだがペーニはある能力を持っていてな、おっさんがもし同じものを持っていたら間違いなく狙われる。」
(エイゴってまさか英語か?でもなんでイングリッシュとかじゃないんだろうか。同じ世界の英語圏から召喚されている可能性はあるのかもしれないけど都合よく日本語に変換されすぎている気もする)
「ところで何なんですか?その能力って」
「【混沌】だよキヨピー!」
エスイーが急に割って入る。
「勇者はねなんでも魔法が使えちゃうんだって!人族じゃ扱えない水・氷・地・邪の魔法を完璧に使いこなすから普通の人族とは全く違う強さだってストレングス様が言ってたよ!ねっストレングス様」
「ペーニ曰くそれは【コピー&アッパー】とか言ってたがな。見たものや自分がくらった物を強化した上で再現できちまうんだと。流石の俺様も初めてこの目で見た時は驚いたぜ。まぁベイルも人族としては相当いかれてやがったがペーニはそれ以上だったな。今じゃあいつならドラゴンもぶっ倒せるかもしれねぇ。」
(うっわ正しくチート能力キターーー!混沌とか能力そのものが凄く便利そうだし中2の頃に考えたようなかっこよさだなぁ。私の能力は今の所ホーリーバリアとチャームだけ?えぇ!?どこでそんなの経験したんだ。うーん。)
「今一私が狙われる理由がわからないんですが、だって魔王も聖王ももうこの世界にはいないんですよね?」
正直な気持ちを元魔人四皇という役職の魔族に私はぶつけてみた。
「よく知ってるじゃねぇかキヨシのじじい。だからだよ。今この世界はラストマゲドン以外はどこも治安が悪化してる。それも酷いところだと治安維持を主張する集団同士が争って街がその機能を失ったところなんかもあってな。だからこそこのラストマゲドンは人族の最終攻略地点であり俺様達魔族の最終防衛拠点でもあったわけだがまさか“最後の楽園“なんて呼ばれちまってる。そのせいで移住者も増えてはいるが今の各々の住んでた街の惨状に嫌気がさして安息の地を求めて来たりな。嫌な話だが色々な集団がそれぞれ強力な力を求めてるってわけだ。」
「つまりこの世界は平和どころの話じゃないってことですか」
その通りだとウンケイは深くうなずく。
「ましてやだ、いいかキヨシのじじい!お前はあまりにも特殊すぎる。そもそも聖科ってのはいくら純潔を守ったところでゲロ王国の高位神官つまりはお前さんが世話になってるメアリーよりも強力な聖科を扱えるものですら30年そこそこがいいとこなんだよ。」
「なっ、またその話なんですか!30年そこそこって私は45年ですいませんねっ。」
流石に愚痴っぽく答えてしまう。
「あのなそれがこのゲゲ・ポポではおかしいんだよ。」
「そういえばメアリーさんもやたらと狼狽していたような気もしますけど。」
「そりゃそうだ。キヨシのじじいお前の言ってることが本当なら人族として壊れていないのがおかしいからだ。」
「おっ、おかしいってそもそも人として壊れるってなんですか?」
別段身体でおかしいところはないと思う。
なんとなく気になって脇を上げたり脚を変にガニ股で開けてまじまじと自分の身体を観察してしまった。
それこそ健康診断は一応毎年受けていたわけで、あえて言うなら腹が出たりメタボリックな体型を気をつけましょうとか書かれていたくらいのはず。
「壊れるってのは精神的に融通が効かなくなるってことだな。キヨシのじじいは聖科の使い手は作れるってのは知ってるか?」
「それはメアリーさんに少しだけ。」
「魔族で言えばな邪科ってのも同じ様に使い手を作れるんだよ。だがなこの2科は厄介なことに深い理解をしようとすればするほど聖科なら“聖気“に邪科であれば“邪気”に咽まれちまうのさ。」
“邪気“なら響きでなんとなく察しはつくものの“聖気“とは一体なにが問題なのか訝しんでいる私を見据えてウンケイは続ける。
「自分の正しいと思った正義だけを突き進むのと、狂喜を満たすためだけに殺戮を繰り返す。どちらも聖王と魔王がそれぞれ行き着いた先に待っていたものだ。だがあの二人はやはり特別だっただけだ。それ以外の者がその片鱗に触れられただけでも十分な力だったが奢った者は力を求め続けた。だがその代償はお互い共通して理性の喪失だったのさ。理性を保つためには蓄積した年数と同じだけ自身の浄化をする必要もある。そしてそれぞれどんなに優れた使い手でも30年が限界だってのがある意味常識になってる。」
まさか自分自身の存在がかなりリスクの高いものだったとは、ベイルにも軽く説明をされたが正直もっと簡単にものを考えていたことを反省したい。
まして自分が童貞であることがこんなにも恐ろしい有利不利どちらともわからない可能性を産み出してしまっているらしいのだ。
「キヨシのじじいはこの世界に何故か来ちまったわけだし今更しょうがねー!俺様たちも出来ることはなるべく手伝うからな。よしエスイーとイドお前らキヨシのじじい連れて回収行ってこい!」
気持ちとしては複雑なままではあるが促されるまま二人についていく。
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「さっさと済ませてキヨピーを案内しようぜーイド」
「イド、キヨシ案内する」
どうやら昨日のうちに二人でラストマゲドンの案内を計画していたようだ。
ゆっくり街を散策する時間もなかったしこれからも難しいかもしれないことを考えるとありがたい限りだ。
イドにおぶられて到着したのはまた他の宿屋【ウンケイの宿屋】と書かれていてあの城とはまた違う、なんというか元いた世界の古民家のような感じだろうか。
「よぉー回収に来たぜー、アシモー!」
「今日は中々お早いですねエスイーさん昨日の売上はこちらになります」
アシモと呼ばれた初老ほどの男性は笑顔で応える。
「アシモ紹介するぜ俺様の新しい子分キヨピーだ!ペッパーも仲良くしてくれよな!」
どうやら奥にいたメイド風の格好の女性もここで働いているらしい。
「よし二人とも次行くぞー!」
頭を下げて直ぐ外へと急ぐ。
「エスイーさん、ウンケイさんは人の親子も雇ってたんだね」
「キヨピー何言ってんだ?あの二人は夫婦だぜ!イド次はアクル様のとこ行ってくれ。それよりさ呼び捨てで良いよ!」
「イド、イド呼び捨て、大丈夫」
二人の心遣いはありがたいがそれ以上に親子ほどの年が離れているように見えたのだが夫婦だったのが正直羨まし過ぎて返事をするのも先程まで抱いていた不安すらも忘れてしまった。
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「よーし終わったー!イド早速キヨピー案内しようぜー。」
「あれ?もうおしまいなの。回収業って」
「あれだけだよ。どしたのキヨピー?」
(あそこだけなんかーい!)
ウンケイの城へ戻ってくるなりエスイーは即座にウンケイの元へ回収した売上と道具を渡しに行き夜までは自由時間であることを告げられた。
ありがたいことに昨日絶叫してしまったアクルには合わずに済み初めての仕事もこんなに簡単に終わってしまったのだった。




