シェイプアップ・テレビ

　ある男性が通販番組を見て

「これいいな。ちょうどテレビもいいヤツに買い換えたいと思ってたところだし」

　とキッチンにいた妻に声を掛けた。妻のほうは、忙しかったので、「いいんじゃない？」と、ろくに見ずに適当に返事をした。

　後日。いよいよ先日買ったテレビが届けられた。

　夫はいそいそとすぐにも説明書を読み始める。そしてテレビを設置したリビングの、ちょうどテレビの前辺りを夫はテーブルなどをどかし始めた。

「バイクは、ここに置いてくれる？」

　夫は配送設置の担当者にそう言った。

　この光景を妻と娘は少しポカンとして、「何が起きているの？」と思って見ていた。

　設置が終わり、業者が、「では、失礼します～」と帰って行く。

　妻と娘は夫に詰め寄るように説明を求めた。

「なんなのよこれ？」

　新しい大画面テレビ。これはいい。だがそのテレビに向かってエアロバイクが３台並んでいるのだ。

　すると夫は、テレビの説明を始めた。

「このテレビ。見ながらシェイプアップできるんだ」そう言った。妻はこのことばを、よく通販番組で売っている「テレビの前でソファに座ったまま運動できる」とか「一日５分で～」とかそう言う類いのことだと思った。だがそれは大間違いだった。どこら辺が違うのか。

　高解像度やネット接続は当たり前として。このテレビの最大の売りは、「シェイプアップ機能」の搭載。テレビを見るためには、「発画用エアロバイク」を接続して「漕がなければいけない」のだ。バイクを漕いでいる間しか見られない仕組みなのだ。つまり「見ながらシェイプアップできる」ではなく、「シェイプアップしながらでなければテレビを見られない」テレビなのだ。

　夫は「よしやってみよう」と声を掛けて、テレビの電源スイッチを入れる。普通ならこれで一般的なテレビ放送がすぐに画面に映し出されるが、このテレビの場合はちょっと違う。まず、この時点で画面の真ん中に、

『シェイプアップ機器と接続しています』と表示される。そして近くにある機器と通信を始め、無線で接続するのだ。

　テレビから『ピピッ』っと音がして、『STV-1エアロバイクと接続しました』と表示された。夫は、

「よし、これで使えるぞ」といい、早速テレビの前のエアロバイクにまたがると、ペダルに足を掛けて軽く漕ぎ出した。すると、テレビに地上波放送が映し出された。

「おお。やったー。映った映った！見ろ、サチコ、カズミ！映ったぞ！」

「なに、一人ではしゃいでるのよ。つまりこれ、こうやってテレビの前で自転車を漕いで無いと、見られないテレビなの？」

「ううん。まあ。簡単に言うと、そうだよ！」

「え～。バカじゃ無いのアンタ！」

　しばらく、妻と娘は二人で彼を罵り、文句を言い続けた。

「軽く散歩をするようなつもりで漕いでいれば見られるんだ。そんなに大変じゃ無いぞ。とにかく、お前たちもやって見ろ」

　夫はそう言ういう。確かにテレビの前には３台のエアロバイクが設置してある。オプションでは５台まで同時接続可能だそうだ。

「一台でも漕がれていればテレビは映るそうだから。３人居れば、交代で休みも取れるな！」

　夫に促された妻は怒っていたのを抑えて、口をへの字に曲げ隣室に行った。怒って席を外したかと思ったが、少しするとジャージに着替えて戻ってきた。

「あのスカートじゃ漕ぎにくそうだから……」

　そう言って妻はイヤそうにエアロバイクにまたがり漕ぎ始めた。

「まあ、普通のエアロバイクよね。ジムへ行って使ったことあるようなヤツだわ。ペダルの重さとかも、ちゃんと調整できるヤツねこれ」

「きちんと説明書を読まないと行けないが、進んだ距離とか、消費したカロリーなんかも記録してくれるらしい」夫は、どうも妻が受け入れてくれたらしいと喜んだ。

　父親と母親がテレビの前に並んでエアロバイクに乗っている。娘もこれを見てしかたなく３台目に乗り込んだ。

　親子三人、テレビの前でエアロバイク。すると、夫が突然に涙をこぼし始めた。

「なんか。こういう、「親子一緒に」ってすごく久しぶりじゃないか？「親子だな。家族だな」なんて思って、俺は今、すごく感動してるよ……」

「バカね。これくらいのことで」

　妻も夫の涙にもらい泣きしている。

「二人とも、そう言って休んでるんじゃ無いの？」

　娘は頬を濡らしながらも声を張って、父母にハッパをかけ、一層力強く漕いで見せた。

　その後、いろいろ考えた結果、テーブルを置いて周りにエアロバイクを設置し、飲み物や食事に手を伸ばせるようにした。

　どうしてもエアロバイクを漕がずにテレビを見たい場合は、エアロバイクだけ起動して運動するか、一定速度以上、一定負荷以上で漕げば「シェイプアップ貯蓄」も出来る。それに、「エアロバイクを漕いでいる必要があるのは１人」なので、ほかの家族が加わって、２人３人でやりながらテレビを見れば、余った運動分はいつでも貯めておけるのだ。

　最初は文句を言っていた家族も、やり出すとその効果に目を見張った。

　特に妻は、夫も娘も居ないときに「録画して置いたドラマの一気見」をするため、数時間漕ぎ続け、

「今週だけで３キロくらい落ちたわ」と喜び。さらに、「入らなくなって取っておくだけだった服が、みんな着られるようになった！」と大はしゃぎだった。

　夫も「健康診断の数値が、みんな正常範囲に入ったぞ！」と胸を張る。

　娘はというと、時々親たちから「ちょっとお願い」と言われて、代わりにエアロバイクを漕ぐ「代走屋」を始めた。「１時間５００円だ」「１０００円だ」と、けっこう稼いでいるらしい。

ちなみに、エアロバイクだけで無く、オプションでローイングマシンも選べる。

健康家族に幸アレ。

タイトル「シェイプアップ・テレビ」