大魔導元帥は30歳を超えて魔法使いになりました
きっかけというものは唐突に訪れる。
「大魔導元帥よ、転生勇者なる異物がまた現れたようだな」
「天上におわす神々も懲りませんね……。千年ぶりに少し勢力を盛り返してみればまたこれですか……。元は同じ被造物でしかないというのに、神は何故、こうも人間に入れ込み、我々を躍起になって滅ぼそうとするのかは、私めには全く理解しかねますが」
魔導ゴーレムを製造する際に実用に耐えきれない失敗作を廃棄したりはしますが、ようするに神にとっての失敗作の魔導ゴーレムが我々……という事なのかもしれません。あるいは、単に大きくなったアリの巣を潰す感覚で我々をいたぶり苦しんでいる様を見世物にでもしてあざ笑っているだけでしょうか、神の意志を我々の感覚で無理矢理解釈するならば、の話ですが。
どの道、神のみぞ知るという奴でしょう。
「ふん、それはこの我も知ったことではない。それより、勇者の持つ力を何と言ったか」
「チートとやらですね。どうやらこの世界の位相と異なる次元の力が働いているのだと思われます。我々には神そのものを認識する事はできませんが、神は一方的に我々の次元に干渉し因果律を捻じ曲げてきます。ええ、非常に性質の悪い話です」
「9度の滅びを迎えるまでに、ありとあらゆる方法は試してきたが」
「どれも失敗でしたな。転生勇者は殺しても殺しても復活しますし、時間が経てば経つほど何らかの行動によってレベルアップし、ステータスやらスキルとやらを高めてきます」
「我が膨大な魔力をもってしても、極まった奴らにはまるで至らぬ」
魔王様は我々の中で最も強い存在である。それこそ、魔王様一人で魔王様以外の我々を制圧できる程の圧倒的魔力を持っておいでです。しかし、神のチートとやらで守られた勇者には敵わない。
「力では敵わぬからと転生勇者を篭絡したり、ひたすら遅滞戦術を仕掛けたり、封印したりしますと、奴らは増えますしな。意地でも我々を滅ぼそうという神の意思だけは伝わってきます」
魔王様は、憂いたようにふぅと深く息を吐いた。
「大魔導元帥よ」
「なんでございましょう? 魔王様」
「今年で娘のむーちゃんが八歳になったし、その下の魔王子達の成長も著しい。最近綺麗になってきた妻が新しい子を孕んだ」
「ええ、一昨日にはむーちゃん様の誕生日パーティを開きましたな」
筋肉モリモリマッチョマンでモッコリブーメランパンツ一丁が標準装備の魔王様と違って、むーちゃんは非常に可愛らしく育ちました。それもあってか、魔王様はむーちゃんをひどく溺愛しておいでです。
「大魔導元帥よ」
「はい」
「我は死にたくない。もっと幸せな家庭を謳歌していたいんじゃ……。もう妻や娘が目の前で犯されるのを見るのも、民が虐殺される様を見るのも嫌なんじゃ……」
何度目かの滅びを迎えた時、魔王様は絶望のあまり自ら記憶を消去したり、命を絶った事さえもあります。人間共に絶望を与えるはずの魔王様がどうしてこうも軟弱になってしまったのかといえば、やはり守るべき物の有無なのでしょうか。
ヨボヨボ独身爺でしかない私には少々理解しかねる感情でもありますが。
「今回は私がなんとかしてみせましょう」
「出来るのか? 大魔導元帥よ」
「前回の滅びを迎える間際に、転生勇者の用いていた力の一端を再現する事に成功致しました。その名も【ステータスオープン】」
鍵となる言葉を詠唱する事によって、忌々しき神の力に触れる事ができます。まぁ、多少抵抗がありますが、これも魔王様の為ゆえ致し方ありません。
【大魔導元帥】
年齢:6666歳
好きな物:魔王様、魔術研究
嫌いな物:神、天使、運動
職業:魔法使い
レベル:66
スキル:なし
ステータス異常:童貞
……etc
他にも色々と文字のようなものが記された半透明なガラス板のような物が目の前の空間に突如出現する。
「なんだこれは……全く読めぬぞ?」
「この【ステータスオープン】ですが、恐らく神の言語で何かしらの意味を持った文字が記されているのだと思われます」
「ふむ、ではこの言語を解析する事ができれば……」
「ええ、神の力の一端を手にする事も出来るかもしれません。ひいては、転生勇者そのものを返還したり、神に対しこちら側から直接干渉を仕掛ける手段を得る事につながるかと」
「クク、クククク、そうか、よくやったぞ大魔導元帥よ」
魔王様が久しぶり……ええ、四千と二百年ぶりでしょうか? ククク笑いをするようになられました。むーちゃん様が生まれる直前までは死んだ魚のような目をしていただけに、非常に好ましい傾向です。
「ただ、幾つか問題がございます。未知の言語を一から解析するのですから、それなりに時間を要してしまうかと思われます」
「問題ない、大魔導元帥は思う存分【ステータスオープン】を研究するがよい」
「御意に、そのためにも一点、魔王様にお願いがございます」
「なんだ、申してみろ?」
「解析に必要な標本の数が圧倒的に足りておらぬのです、ですので【ステータスオープン】を他の者にも発動する許可を頂きたく……」
【ステータスオープン】はどうやら対象を選ぶ事が出来ます。しかし、これがどういった影響を及ぼす物なのかもわからないため、今の所は自分に対しての使用にのみとどめています。
「構わぬ、この件はお前に全権を委ねよう。我が支配下のありとあらゆる魔族は、お前からの【ステータスオープン】を拒否できぬよう法も制定するとしよう。」
「ありがとうございます」
「では早速だが、我にも使ってみよ」
「御意に、では……【ステータスオープン】」
【魔王様】
年齢:6666歳
好きな物:むーちゃん、家族、魔族
嫌いな物:神、天使、神を信じる人間
職業:魔王
レベル:666
スキル:なし
ステータス異常:寝取られ中、家族溺愛、PTSD、愛妻家、魅了
子供の数:一人
……etc
「大魔導元帥よ、お前のと表記が異なる箇所があるようだが?」
「どうやら左辺が項目名でしょうか、右辺は左辺の変動値を示しているのかと思われます。また、行項目自体も幾つか増減しているようですね」
「しかし、これだけではまるで意味がわからぬな」
「魔王様や私は魔族の中でも特例ですのであまり参考にならない気がしますな、一先ずは力の弱い魔族達や、生まれてから日の浅い者達の【ステータスオープン】を試してみて、大まかな傾向をつかんでみる方向で研究を始めようかと思います」
「頼んだぞ、大魔導元帥よ。お前には魔族の将来と我が家族の幸福な未来がかかっているのだ」
「御意に……」
知らない方が幸せな事もある。この先の道は地獄への直行便である。