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廃病院の口裂け女・エピローグ

 天神家土蔵・地下。


「……何はともあれ、一件落着だね」

「……フン、私は不満だ。肝心の怪異を前にして一歩も動けなくなるなど……もう怪異退治はもうやめるか?」

「なんでそんなこというの。成功したじゃん」

「結果論だ! あの雅臣とかいう男が助けに来なければお前はやられていたぞ!」

「ミカもやられてたじゃん!」

「私は無傷だ。私と艶香の髪人形が危険なだけだ」


 一件落着、の後一日ぐっすり休んだ艶香は、地下に呼び出されてそんな風に説教を受けていた。

 ミカは自分は安全圏にいる、ということを強調する。それだけ、自分が艶香を利用しているだけだということを伝えたいのだが、それさえ艶香は気にしない。


「……次からはもうちょっと頑張るよ。……私、もっと頑張ろうって思った。あんな風に人が死ぬの、嫌だよ」


 口裂け女に殺された栄太の死体は、艶香の両親と全く同じ姿だった。首から上を食われて死ぬ。人間がする死に方ではない。怪異を祓うということは、そういう人を救うことになるはずなのだ。


「にしても驚いたのはあの女がギリギリ生きていたことだな。クカッ、不幸中の幸いだ。紛うかたなくお前が頑張った結果だぞ、ツヤカ」

「うん……うん、そうだよね。逃げなくてよかった」

「ま、逃げたとして全員殺されていただろう! 口裂け女の呪いの契約をしていたのだからな」

「……ん? どういうこと?」


 ミカはクカカと笑う。やはり気付いていなかった、と馬鹿にするように笑うが、今後のことを考えてきちんと説明してやる。


「私キレイ? と聞かれた時に不思議な魅力で綺麗だと答えただろう。口裂け女の風聞を利用した呪いの契約だ。ああいう儀式を経た怪異は本来以上の力を発揮できる。おそらく地縛霊の奴でも、常にお前らの位置を把握できるとか、襲いに行ける類の呪いの契約だろう。逃げたところで日常生活には戻れなんだだろうな」

「……先に言ってよ、そういうの」

「あの状況で言っても仕方なかろ。どうせビビったまま死ぬか決死の覚悟で戦うかしかないわ」


 艶香はなおも文句を言おうとしたが、もう黙ることにした。どんどんここでネタ晴らし、ということを話されても、ミカの言うことはだいたい正しいのだから。

 人形を使って安全圏から指示しているだけ、であるが、だからこそ確実で冷静な意見を出せる。ミカを信じて行動することができれば艶香は自分のポテンシャルを最大限発揮できるだろう。

 最後の作戦は失敗だったけれど、それでも艶香には思いつかない方法だった。


「……でも、雅臣さん大丈夫かな?」

「あの女に比べれば傷は浅い。気がかりなのは私の呪いだが……このスマホでそれっぽい能力者には連絡したから平気じゃろう。餞別も持たせたしな」

「餞別?」

「おうさ。能力のある霊能力者ほど欲しがる最高の報酬をな」


 幼げな少女は妖しい笑みを浮かべる。視線を集める妖艶な色気に、艶香は思わず口を閉ざす。


―――――――――――


 病院にて、無事縫合した髪の毛が抜かれた雅臣はようやく一息吐いた。


『それ、放置したりそのまま抜いたら三日と経たず顔面中が膿だらけになって死ぬから。私がめっちゃ力を抜いたけど霊能力者なしで抜くなよ』


 そんな脅し文句を言われて、雅臣はミカの呼んだ霊能力者に縫合した髪を抜いてもらったのだ。

 最初に口裂け女に切られた顔の傷は残るだろう。鼻の頭にまで及ぶ真横一文字に切られた傷跡は一生残るだろうし、最後の腕の一撃で折れたアバラと腕の骨は全治何週間か、といったところ。


「……でも、本当にタダでいいんですか? その、気味の悪い髪の毛だけで」

「ええ、構いませんよ」


 病室、ベッドから動けない雅臣の相手をしてくれたのは金剛豪無寺が和尚の天元という僧であった。老人であるが隆々とした筋肉は袈裟をはちきらんばかりで、格闘家かと勘違いするほどだ。

 その穏やかな微笑みを浮かべながら、桐の箱に髪人形だった房を入れた。廃病院で見つけた髪人形の一部、それもミカが力を奪った残りカスである。


「現代において最大最悪の怪異『髪人形師』の力を失った髪人形など、我々の業界では喉から手が出るほど欲しいものですよ」


 天元はにこにこ笑顔を特に弾ませながら、意気揚々と帰っていった。それを見送る雅臣の胸中には不安が残る。


(……艶香さん、君と一緒にいるやつは……信じても大丈夫なのか……?)


 最大、最強、最悪と呼ばれる怪異。その恐ろしさを雅臣は知った。

 警備員が殺されるのを見た。親友は頭から上をなくして死んだ。

 自分が怪異にトドメを刺した。だが得たものは大怪我と、心の深い傷であった。


(……僕には、もうできない。あんな恐ろしい経験、もう二度と……!)


 あの経験を経てなお、怪異と立ち向かう。艶香はそう言った。

 心の底から尊敬した。そして、それでなおそうできない自分が普通だと思えた。

 ただ一つ、無垢で勇敢な少女に思うことは。


(気を付けて……僕には、願うことしかできない……)


―――――――――――――――


 力の抜けた髪人形、つまるところ利用すれば最悪最強の呪物になる。

 天元は慈善でなく、自己利益のためにそれを利用しようとしていた。

 もちろん、ミカの計算通りである。


 呪いの髪に絞殺された天元の死体は後日見つかった。圧倒的な呪力で彼の配下全員がかりでなんとか天元の死体を助け出すのに数日はかかったという。


「いやしかし、怪異たるもの人を呪わずにはいられんな」

「え、なに急に」

「お前が腑抜けなければ私とお前の髪人形が腕を失わずにすんだんじゃ! 阿保! 馬鹿! うんこたれ!」

「え、ええー……そんなこと蒸し返さないでよ、次頑張るから」

「殊勝じゃのー。ならよいよい。ツヤカはうんと甘やかしてやろう」


 艶香を甘やかしても、他の人間を呪えばいい。もちろん、そんなことは艶香には教えない。決して伝えないし知られることも許さない。

 今度は失敗しないぞと前向きな少女一人、腹に一物どころか邪悪を抱えた怪異少女が一人。

 無事に一人目の怪異を祓い、次なる相手を前に士気高揚。

 二人の前に現れ出ずるは世にも奇妙な理髪店。

 人を寄せ付けぬキープアウトの黄色テープ、その向こうにあるは果たして。

 覚悟を決めた少女が行くは、白昼堂々国道前、第二の怪異『【厳重注意】KEEP OUTの理髪店』。


市山雅臣

栄太、都とは同じ大学で文学部。栄太と都は理学部。

都とは幼馴染なのでまーくんと呼ばれているが、恋人同士なのは栄太と都の方。

一応別に彼女がいるが、今回の一件でだいぶギクシャクしてしまうが、それすら気にならないほど憔悴してしまう。

顔の傷のせいで他人から距離を開かれるし、怪異と対峙したことで得た活力は、彼に不遇や苦難を戦わせる力を与えることになるとかならないとか。

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