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廃病院の口裂け女5

 叫び声は三階からか、とミカは思ったが口にはしない。

 口裂け女が去った――新たな獲物を狙いに行ったというのに、雅臣も艶香も恐怖から逃れたかのように安心して呆けているだけだったからである。

 こうしている間に、上に逃げた二人は殺されているだろう、とも思ったがミカは気にしない。もはやどうでもいい。

 髪人形の操作も諦めて、スマホでソシャゲの続きでも遊ぼうかと思ったところで。


「……なんで、いなくなったの?」

『あ? そりゃ上のやつらを殺しに行ったからじゃろ』

「なんで?」

『それは……手鏡以上に大事なものが上にあるからじゃろうな』


 手鏡以上に大切なもの、それが何かなど説明するまでもない。

 あの二人、栄太と都が偶然髪人形を見つけてしまったのだろう。でなければ口裂け女がわざわざここから退くわけがない。


「……行かなきゃ」


 艶香が立ち上がったのを、ミカは驚いた。


『ツヤカ、行くのか? ビビッて何もできなかったではないか』

「でも、あの二人が殺されちゃう」

『……カカ、三人殺されなければいいがの』

「て、手伝ってよね」

『フン』


 うまくいけばさっきの攻撃で怪異を祓えたかもしれないのに、と思うミカは素直に頷けない。腑抜けて戦えなかった二人に期待できることなどない。

 でも、行くというのなら、髪人形を使っているだけのミカに拒否権はない。


「雅臣さんは……いいよ、そこで休んでて」

『ふむ、血が止まらないか。そりゃ』


 髪人形が髪を一本伸ばすと、傷口を綺麗に縫合した。一瞬の手際に針も使わないで華麗なものだ。血はすぐに止まったが。


『ここを出たらすぐに病院と、腕が最高に良い霊能力者に祓ってもらえ。髪人形の縫合など下手な毒よりキツイからな。クカカッ』

「行くよ、ミカ!」


 倒れたまま息を荒げる雅臣を放置して、二人は階段を駆け上がった。


――――――――――――


 三階についてすぐにミカが叫ぶ。


『右! 奥! キッズルームだ!!』


 言われるがままに艶香は走る。ここまで来ると艶香にもわかる。黒い、あまりに黒くおぞましい悪意がその一室から溢れている。

 ――辿り着いた時、血と、腐ったカビのような匂いが鼻についた。

 口裂け女の体躯は先ほどより縦に伸びており、振り向いた時、もはや口と片目しか残っていない顔面と、頭を噛み潰した栄太の遺骸が露わになっていた。


「ひっ……」

『……どうやら、ん、完全に霊から化物になってしまったみたいね……。あの目じゃ鏡に恐れもしなさそ……』


 化物。もはや口裂け女でさえない。失われた片腕はそのまま、残った腕は枯れ枝のようでありながら倍ほどにまで伸びている、人型の異形。

 口裂け女の奥に見えたのは、玩具箱。メスや鉗子のような手術器具でめった刺しにされて絶命しているであろう都と、血だまりの中に浮かんでいるのは――


「髪人形……!」

『さて艶香、妙案はあるか?』

「……ない」

『私にはある』


 口裂け女が振り返り、笑った。同時に頭のない遺体が床に落ちた。首から流れ出す血が、二人の方に流れてくる。


『二手に分かれる。私が右、お前が左……はどっちでもいい。やつは一人だ。右か左かで分担して、一人がやられている間に髪人形に到達する』

「それってミカがやられたらダメじゃ……」

『艶香の霊力で祓うんだ!! 捕まった方はなるべく時間を稼ぐ、いいな!?』


 妙案、という割にどちらかが犠牲になるという考えだった。それだけミカが追い詰められているということでもあろう。既に右腕の部分がない。

 けれど、艶香は逆に落ち着いた。死ぬのが怖かった、というのは確かだ。けれどもう、現実味がない。絶対に死ぬだろう、という気持ちにさえなっている。だからこそ、もう恐れずに進めた。

 口裂け女が来ると同時に、髪人形が右を、艶香が左を走った。

 ああ、なんてことだ。

 よりによって口裂け女はその牙を剥いて艶香の方へ走った。

 

「ミカァァァァァ! おねが……」


 両腕で口裂け女の顔面を掴んで止める。むき出しの牙から、ばっくり開かれた口から生臭い息が、真っ赤な口内が見える。

 眼球が剥きだしの残った右目は、恨めしそうに艶香を見つめる。

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。あまりの恐怖に目から目を離せない……のだが、気付いた。

 長くなった口裂け女の腕に、髪人形が掴まれていた。

 二人とも、動けない。


「ミィィィィカァァァァァアアアアア!!?」

『耐え、耐えてっ!! ツヤカっ!!』


 もう艶香は泣いていた。泣きながら叫んでいた。口裂け女もその片目から血の涙を流していた。髪人形は自らの体を解きながら、その腕に髪を絡ませていた。

 なんだろう、この状況。死ぬのか、死ぬんだろう。ということさえわからない。

 艶香の感触は、手応えがあった。恐怖だけではない、自分の力が、怪異を溶かしている。血の涙を流させているのは自分の霊力であるらしかった。

 だが頭を掴んでいる腕に、口裂け女の髪の毛が絡まってきた。既に別の怪異に成り果てようとしているそれは、艶香に新たな攻撃を加えようとしていた。


「ミカぁ! もう、もう限界! 助けて! やだ死にたくないよぉっ!!」

『つ、つやか……はぁっ……すま、ない……』


 息も絶え絶えなミカの声が聞こえると同時に、口裂け女の口が大きく開かれ――

 その胴体に、横から大きな力が加わった。


「うわあああああああああっ!!」


 雅臣がメスを突き立てた。

 それほど深く刺すことのできない、切る専門の刃物であるが、突き刺さった瞬間に口裂け女の胴体が爆発するように抉れた。


『イ イ イ イ イ イ イ イ イ!!』


 口裂け女の断末魔が響くと同時に、その体が陸に上がった魚類のように暴れまわる。末期の一撃は、大きく振るわれた腕で雅臣に向かった。

 大木を振るうような攻撃はクリーンヒットし、雅臣は部屋の外にまで吹き飛ばされる。

 それを誰も庇うことも、守ることもできない。

 全身の力が抜けた艶香は涙を流した白目を剥いて失神し、地面に倒れる。

 髪人形は人型を保てないが、腕に絡ませていた髪の毛を、玩具箱の方へと向かわせた。


『……最初からこうしてくれれば、もう少し楽だったろうにの』


 髪人形の髪が、廃病院の髪人形に届く。


『ア、ア、ア、カミ、カミ、ニンギョウ』

『まだ人の身で成仏できることを喜べ。我が髪人形はお前には過ぎた代物だ』


 病院の髪人形が解けると、艶香の髪人形に飲まれていく。まるまる一人分の髪人形を吸収したというのに、はらりと解けていた腕一本が戻っただけで、外見には質量は変わらず一体分の髪人形にしか見えない。だがその呪力は確かに、遥かに増していた。


『ア……ウ……この、メスは……』


 口裂け女が何か言おうとした。けれど、彼女のもう一つの弱点であるメスと、艶香の霊力、そして依り代になっていた髪人形の消失によりもう形を保てない。

 ぼろ、ぼろ、砂城が崩れるように体が落ちていく。


『アア……ア……あああああああああああっ!!』


 最後は断末魔だった。彼女の中に何が起きたのか、それは誰も知る由もない。

 ただ確かなのは、死人も出たが、艶香は怪異を祓い、髪人形はその力を増したということである。

メス

怪異・口裂け女に対する武器。

生前の彼女が隠し持っていたもので、手鏡を見た彼女は発狂してか、それとも悪意からかこのメスを使って同僚の看護師と医者を切り刻んだ。

だが怪我をした医者にメスを奪い取られ、その医者に切られて死んだのである。

このメスは口裂け女の罪の証であり、同時に口裂け女を殺す道具、そして恋人であった医者の気持ちのこもった弱点である。

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