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エピローグ2・人

 艶香たちが出発する前日――


 病院に訪れた艶香とミカの目的は、いまだ入院途中の祓い師たちであった。

 その一室、見舞いに来ている神貴と紅が、そしてベッドには秋堂、ロカルド、目良実の三人がいた。

 艶香が真っ先に声をかけたのは――


「ロカルドさん! 意識が戻ったんですね」


 彼は陽気に笑い、むしろこの中では一番元気そうに手を振っている。

 女の人体模型の攻撃をもろに受け、腹に腕が突き刺さり穴が空くほどであったが、彼は自分の壁を作る『間祓い』の技で内臓や骨を守ったのだ。

 攻撃を受ける覚悟はし、その腹の筋肉や脂肪で攻撃を和らげ、最も大事な臓器の部分を守る。捨て身の防御。肉を切らせて命を守ったというわけだ。

 もちろん怪我は深すぎた。だが最も体格のよく若いロカルドだからこそこの回復力と言える。


「girl、無事デ良カッタ」

「あの、これ!」


 艶香が懐から出したのは、あの時ロカルドから預かっていた聖十字のネックレスである。だが、それをロカルドは手に取って眺めた後、再び艶香の方へと押しやった。


「君ガ持ッテイナサイ。私ニハ、モウ必要ナイ」

「……でも」

「あー! 儂知っとるからな! それが邪魔して艶香に負けたんじゃ!!」

「……ハハハ! 髪人形師ヲ倒ス助ケニナッタ。YES、YES、YES! I'ts a pleasure!!」


 心底嬉しそうに笑うロカルドは、少しだけお腹を押さえて座り直す。無理は禁物なのだろう、と天神と艶香が慌てて駆け寄るが、彼はそれでも笑顔でいてくれる。


『心配せずとも、もう命に別状はありません。全員。平和なもんです』

 

 音声を鳴らしながら目良実は紅に剥いてもらったリンゴをしゃくしゃくと齧っている。実に緊張感がないが、それが戦い終わって得られる報酬というもの。


「一番、辛い、のは、俺、か」


 秋堂が少し枯れかかった声で言葉を漏らす。

 喉と脳から呪いが取り払われ退院も近い、とのことだが、その後頭部には霊障が火傷跡のように出現し左側頭部が赤くなっている。他に喉の調子もよくなく喋りすぎると咳き込んだりする体になっている。

 目良実と同じ機械を持たされてはいるが、それでも彼は自分の言葉で話すことを選んでいる。


『秋堂はまだ経過を見た方がいいでしょう』

「うるせ。げほ」


 艶香は辛そうにしている秋堂に目を向けた。昏倒していたためかどこかやつれて疲れた表情をしているのを見れば、ますます気の毒な気持ちになる。それだけで涙が出そうになるのは、彼が自分のために戦ってくれたからだろうか――


「秋堂さん、私は、……その! 元はと言えば私のせいで!」


 ミカに騙されて封印を解放してしまった。自分がいなければ、ここにいる人たちは傷つかなかった。そう考えるだけで艶香は謝りたい気持ちでいっぱいになる。

 それが、とてもくだらないことだというのは誰もが知っていた。


「アホ、か。悪は、その、チビだ。お前、さん、は、気に、すんな」

「でも、それでも私は……」

「だから、祓い師、になる、か? それは、自由だ。勝手に、しろ」

「……はい」


 少し喋るだけで秋堂は苦しそうに息を切らす。

 それでも、と秋堂は続ける。


「やりたくて、やった! やりたいことを、やった! それでいい! お前も、そうしろ! 最高だ! 髪人形師を……祓った! げほげほげほっ! ぐへっ! ぐ、オエ」


 目良実が目も当てられないと顔に手を当てる。すぐに神貴が秋堂の口から出たものを片付け、紅が看護師を呼ぶ。

 その間も、秋堂はふてぶてしい表情で艶香を見つめていた。苛立ちを隠しもしない表情は、それ以上しょうもないことを言うなと怒っているようだった。

 艶香が気持ちを切り替えるには充分すぎた。あまりにも秋堂は強い。その道に、今の在り方に、一切の間違いがないと信じ切っている様子でさえある。

 それは今悩んでいる艶香が進む道をまっすぐに決める応援になる。


「……私、祓い師になる」

「うむうむ。実際お主のせいでツミを操れなくなるは艶香の攻撃で祓われるわ、立派なもんじゃよ」

「……うぜー」

「なんじゃと! 髪のないくせに!!」


 秋堂とミカが言い争いを始めそうになるが、流石に今の秋堂にそれは無茶である。艶香は慌ててミカの口を手で塞いで急ぎ足で病室を後にする。


「あっと、時雨さんまた後で! ……それじゃあ、私、あの、頑張ります!!」


 そんな簡単な一言に万感の想いを込めて、艶香は病室を去る。

 残されたロカルドと秋堂は、途端に表情を暗くした。


「……天神、本当ニアレデ良カッタ?」

「ああ」

「俺は、納得、してない。……髪、人形、師と、一緒」


 二人は、努めて明るい態度をとっていた。それは神貴に頼まれたことで、内容は『髪人形師ミカに敵意を剥き出しにしないでほしい』ということ。

 本来、あれは許される存在ではない。存在自体が罪にして、この世にいてはいけない人類の敵だ。

 それを前に談笑など生半可な精神ではできない。それを頼み込まれて、艶香のためにと穏やかな態度でいたが。


「……今は、これが艶香のためになる」


 神貴はただそう告げる。その言葉の真意も汲み取るのは難しいところだが、理由はいくつかある。

 ミカと殺しあうだけではない関係を築くことができるのは、艶香とミカにとっての幸福であった。ミカは、騙すとか利用するではなく純粋に艶香を想っている。怪異髪人形師という危険な存在であるといえ、力のない今ならば、記憶を失い孤独な艶香にとって最も大事な存在である。

 もう一つは、今の艶香をそうして強く保つため。

 神貴は牙歯美姫を祓うにあたり、艶香の故郷に行ったのだ。

 そこで得た判断こそ、艶香の昔の記憶を取り戻させてはいけない、今の艶香のままでいることが肝要である、というもの。

 何故なら牙歯美姫を復活させたものこそ、おそらくは過去の艶香であろうから――。


「今はただ信じてくれ、としか言えない」

「……I understand」

「……おう」


 牙歯美姫の事情を知らない目良実は、ただ艶香の善性を知り、それをそこまでは案じていない。

 貴子がついていくことになっているというのは一定評価ができることで、性格は悪いが腕は確か、怪異めいた女と評判の貴子は仕事においては信頼されているのだ。

 ――何より、もうここにいる者たちに戦おうという気力のある者はいなかった。


「……しばらく、(じん)と連絡を取る。天神家の家督を譲る」


 祓い師たちにまた一つ波風が立とうとするが、それは艶香と髪人形師には関係のない話。


―――――――――――――


「姫も今日出発ですか」

「うん。夜麻音は結局どこ行くの? 目的地が決まってないのなら……」

「いえ、いったん春手乃に戻ります。姫の記憶を取り戻す手がかりがないかと」

「う……取り戻したくない」

「そこは要相談ですね」


 しばらくの別れになるだろう。腕の傷も最低限治っただけで、まだ医者にかからねばならない体なのに、そのやる気はどこから来るのか。

 もう駅の中に向かおうとしている夜麻音を、艶香は見送る。少し寂し気な表情を浮かべた夜麻音は、呟く。


「……姫、また離れることになるのを許してください」


 艶香はそれに、答えず神妙な表情を浮かべる。夜麻音が語り掛けているのは、前の艶香こと鬼神姫であり、自分自身に向けた決意の言葉のようなものだから。自分がそこに介在することすらおこがましい気持ちが芽生える。

 けれど顔を上げた夜麻音は、先ほどより少し声を大きくして、また言う。


「艶香さん、お体は大切に」

「……! それ、夜麻音が言えることじゃないよ」

「ふ、そうですね。では、お元気で。またいつか」

「……うん」


 意外と寂しい、という気持ちに艶香は気付く。

 夜麻音を見送りながら、同じほどの年で親し気にしてくれる人というのがいなかった。

 怪異ならば、二人。


「おっすおっす~、うふふ、ヒヒ、それじゃそろそろ行こうか、艶香」


 駅から出てすぐ、待っていたのは貴子と怪異信乃。陽気な信乃は気楽そうに笑っているし、貴子は相変わらず白い布で顔を覆っており何も伺い知れない。


「不気味じゃの。どうせなら二人旅と行きたいんじゃが」

「それはダメダメだよ~! だって髪人形師が騙すかもしれないからね! ね貴子!」

「怪異二人と人一人じゃやべえだろ。こちとらお守を任されてんだから黙って従えガキ」

「口悪いのう。ぶち殺すか?」

「お願いだから喧嘩はしないで……」


 空気が険悪な上に、艶香以外は簡単に暴言を吐くようなメンバーなので今から既に胃が痛くなる思いだ。

 そもそも、これからの行動もほとんど何も決まっていないというのに――


「えっと、それで信乃には車の伝手があるんだよね」

「うん、もちろん!!」


 旅は車、ということになっていた。電車やバスと違い、ある程度は自由に動かせる車で各地を探訪することで髪人形の気配を感じ、近づくということである。

 が、誰も車を出せず、この怪異二人がいるということで神貴からも回してもらえず、けれど信乃が絶対にできるということなので任せた形であるが。


「ヒッチハイクだよ! あはっ! ヘイカマーン!」


 駅前の道路、グラサンをかけた怪しい女が身をくねらせて道路の前を踊る、踊る。

 三分続けば警察が止めに来よう変態の奇行を貴子と艶香は二人がかりで抑えにかかる。


「マジで捕まるからやめろ。私とお前の時点でヤバいんだから」

「信乃! 私もう信乃のこと信用しないから!!」


 辛辣な言葉が信頼のなさを裏付ける。けれど膂力なら怪異の信乃に軍配が上がる。ミカとツミは呆れてみているが。

 一台の車が、止まった。

 真っ赤な外車は四人は乗れるだろう、目の前に車が止まったこと自体驚きなのに、それが見るからに高級車であることもますます驚かせる。

 一同が呆気にとられている中、徐々に開かれていく窓に信乃だけが平然と笑いかける。


「ヒッチハイクオーケー!? アハーン? ハハハッ!」

「えーっと……君、上山艶香、ちゃん、だよね?」


 またも艶香の過去を知る人物が――と、思いきや、そうではない。窓から覗く顔に艶香は覚えがあった。


「雅臣さん!? お久しぶりです!」


 廃病院の口裂け女。艶香が最初に倒した怪異。

 その時に一緒にいた男性の生存者、それが彼である。


「ああ、やっぱり。肩の上の君も、なんか雰囲気変わったね」

「まあの、三日合わざれば刮目してみよ、という。かくいうお主も高給取りじゃの、その車なんじゃ? 外車か?」

「ああ、まあね。……嫌なことがあったから気分転換しようと思って。乗るかい?」


 そんな言葉を言われ親切にされるも、四人は顔を見合わせる。

 高級外車で髪人形探しにしゃれ込むというのは魅力的であるが、ただの高級車ではないことは誰もが理解していた。


「あの、その車って……」

「中古にあったんだよ! 凄くない!? イチキュッパ! 本当は何千万とかするような車なのに! 買うしかないしラッキーって思ったよ!!」


 いわくつき物件というものは有名だ。次から次に入居者が自殺、変死するような家や部屋は、その説明責任があり、不自然に安い物件などはそういう『事故物件』だと疑われることもある。

 それでこの車は、この怪異や祓い師が見て明らかに危険な黒い霊力をまとっていた。

 呪いの事故車、というわけだろう。


「乗っていくかい? どこまででもいいよ、ドライブが目的だったからさ」


 四人は目を合わせ、艶香が代表して言った。


「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます。放っておくわけにもいかないので……」

「よし、行こう! ……にしても、艶香ちゃん、どこか見違えたね。……あの時よりなんか自信ついた感じだ」

 

 思いがけない雅臣の言葉に艶香は驚き、そしてはにかむ。

 記憶を失い何もかもなくした風に思ったけれど、この髪人形を巡る戦いで自分は確かに変わったと思う。

 ……そして、その戦いは終わらない。雅臣も、信乃も、貴子も――ミカとツミも、たくさんの関りを生み出し、縁を結びながらも人生は続いていくのだ。


「あははははっ! くっさ! 車の中くっさ! これ絶対ヤバいやつだよ!!」

「ここが怪しい! そのハンドルのとこ! 杖祓い術『点穴打突』!」

「うわっ! ヤバそうな人たちだと思ったら想像以上にヤバいね!!」


 運転中、笑い転げる信乃とあちこちを杖で叩きまくる貴子を前に、怒らない雅臣。


「……賑やかになるわね」

「…………………………………………、頑張っていこう!!」


 少女はめげずに前を向く。諦めないことで出来た今の状況は、ミカと敵対していたあの時よりもきっと良い状況だ。

 肩の上の少女を撫で、艶香はそう強く思うのであった。

天神神貴

 当代最強の祓い師。『札祓い師』はシンプルなもので家柄とか血筋ではない基本技術のようなもの。

 髪人形師相手に手も足も出なかったため、従弟の神に家督を譲ろうとするがそれは失敗。祓い師は継続するが後人の育成に力を入れるようになった。


時雨目良実

 眼帯と刺青の不良警官として名を馳せるが、地元では人気者、という感じの立ち位置になる。『眼祓い』に名を変えて義眼をメイン武器に据えるが、下がった霊力を補うためのブラフで印祓いでの活動も続けていく。


時雨紅

 ついに第一子を半ば強引な手段で授かる。最低限の家事しかしていないため暇を持て余していたため、目良実の介護と育児にまあまあやる気を出していく。自分が幸せだと思わないが人から見れば全然幸せそうで、普通に幸せっていうタイプの人間。


秋堂

 思ったように声が出ないため、『語祓い師』は廃業。化粧で火傷跡を隠し、一般企業に就職。髪も伸ばし、口数の少ないイケメンみたいな扱いをされる。あまり喋らないけど彼に応援されると妙に元気が出るともっぱらの評判。


ロカルド・アルブロ

 一時は『間祓い師』を引退しようと思うも、天神神との関係で本物の『アンナ・アロー人形』との一件に関わり消息を絶つ……も、生存。不死身の祓い師と仇名されるが、本来戦闘向きの能力ではないため、封印師や収集家に方針を変える。


冬月夜麻音

 故郷春手乃で牙歯美姫について調べるうちに、艶香の一家が祓い師関連であることを知り、そのまま本物の『アンナ・アロー人形』の件に関わる。鬼神姫以外の人間には舐められないことを基準に行動するので、結構頼れる姉御肌としてこの珍事をスムーズに解決する手伝いになったとか。

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