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宝石眼の笑い女・終

「まずお前らみたいな怪異の言うことは聞かん」


 貴子がしゃんしゃんと杖を鳴らす。信乃は平気そうに笑っているが、ミカは頭を抱えて蹲る。


「ぐえー、艶香、あれをやめさせてくれ。頭が痛い」

「あ、あのやめてください」

「うるせーボケ! 消・え・ろ! 消・え・ろ! とっ・と・と・消・え・ろ!!」


 敵意を剥きだす貴子であったが、目良実の指示を受けた夜麻音に取り押さえられる。いくら夜麻音が腕を怪我しているとはいえ、寝ずに秋堂を守り続けた貴子程度はあっさりと封じられた。


「ところで、髪人形を祓いつつ私、宝石眼の笑い女も祓えるお得なプランがあるんですよ」

「……えっ!? 信乃、それって……」


 突然の怪異からの提案は、つまり自分を殺す方法を提示する、と暗に言っているのだ。艶香だけじゃなく、誰もが驚きを隠せない。ただそれが真実かどうかは胡散臭いところでもある。話は慎重に聞かねばなるまい。


「そもそも私は髪人形師を祓うために勇者本殿、ひいてこのブラッドルビーに願いを込めた。命のない怪異になったから願いを叶えつつ生き延びるズルをしているけれど、願いが成就したら存在としてはなくなるよ」

「んな話聞いたことないっての」

「私だって予感でしかないからね。あははっ! 信じてくれ、としか言いようがない!」

「信じられない。おわり」


 貴子が杖を持ち、信乃と対面する。夜麻音が再び取り押さえようとするが、白面の下の眼光に一瞬怯む。

 だが笑い女も食い下がる。


「まあ待って。髪人形師、髪人形は全部でどれくらいあるの?」

「え? 知らん。いっぱい。一日一つは作ってたから、少なくとも三千はあるじゃろなぁ。十年以上作っておったし」


 適当なテンションの言葉に祓い師は少し口ごもる。それだけ多くあるというのは、被害を生むのはもちろん、利用しようとする悪人だって出てくるだろう。


「全部祓うのは大変だ。……だから約束する。髪人形を全て祓うのを手伝うし、そうだね、五百祓うごとに私自身弱体化することにしよう」

「……できんのかそんなの」

「この宝石眼を千切り取る。腕を捥ぐ。グリモワールを抉る。髪を剃る。体を削っていく。その頃には、艶香も強くなっているだろうし問題ない。これでどうだ」


 確かならば、かなりメリットが強くなった。髪人形を祓えば笑い女まで弱くなるのだから。

 目に見えて融合している怪異をもぎ取るなら単純に力は失われるだろう。それを実際にしてくれるなら、弱体化は免れない。

 それでもなお、貴子は警戒を解かず杖を構えたまま。安易に信用できないし、もしかしたら艶香が疲労するのを待って襲うのかもしれない。仮にも艶香は髪人形師を祓った凄腕の祓い師なのだから。

 だが貴子が警戒したのは、ミカでも、笑い女でもなかった。


「鬼神姫……」

「……えっ!? 私!? なんですか!?」


 一触即発の空気から踵を返し、貴子は神貴に目を向けた。


「上山艶香は信用できるのか? 本当に」

「……ああ。優しく、真面目な子だ」


 しばしの沈黙の後、貴子は杖を収める。そしてどん、と神貴の隣に座り、考えを放棄した。


「私はもう知らん。男衆に任せる」

『では、天神さん、どうですか?』


 深くは語らないが、もう貴子としては鬼神姫が死ぬか怪異が死ぬかのどちらでもいい、という結論だ。

 考えを一任された神貴は考える。最も危険なのは艶香だ。艶香が良い、といったからといって認めるわけにはいかない。

 髪人形師も笑い女も本来祓うべき怪異なのだ。怪異を祓うために怪異を利用する、というのは。


「……(あわせ)祓い師、というのは知っているか? 例えばそのブラッドルビーのような、あるいは髪人形のように、呪力をもって怪異を祓う祓い師だ」

「……怪異であっても利用する、ってこと?」

 

 艶香の言葉に、神貴は、けれどまだ頷けない。理屈としてはそういうものもある。だが、今回はそれで操る怪異が強大すぎる。

 まだ一手足りない、到底認められない、心配のあまり、戦う道を選びそうになる。

 それを、艶香の言葉が変えようとする。


「……おじさん、信乃は、信乃のお母さんは髪人形に殺されたの。……だから髪人形を祓おうとしてる。私はそれのお手伝いをしたい。ミカも、ミカだって本当はもっとたくさん人を殺せたのに、きっと私がいたから、誰も殺さなかったんだと思う。二人なら信用できる。二人となら、大丈夫だよ」

「……如月の封印師か。それなら……うむ……」


 彼とて思うところはある。実際に髪人形師と対峙し、その心の幼さ、艶香への執着の強さこそ、守ってくれるだろうという反面、殺してでもものにするという邪悪さも垣間見える。

 今、髪人形師の方はほとんど無力化されている。そちらは安全かもしれないが。


「……貴子、笑い女を監視してくれないか?」

「……それって私に同行しろってことですか?」


 神貴は頷く。貴子が気にしているのは、神貴でも笑い女でもなく、艶香であるようだったが。


「はいはい。天神様のお願いとあっちゃ断りませんよ。は~全く」


 艶香が喜びの声を上げようとした瞬間、シャン! と杖の音が大きく響く。


「杖祓い師、修善院貴子、髪人形祓いの任に着く。以後よろしく」


 今の杖の大音に浄化の意味合いはない。ただの目立ちたがりである。


―――――――――――――


「儂、弱すぎて全然話に参加できんかった」

「ま、まあまあ。私にとってミカはいつでも最強だよ!」


 帰路、艶香が明らかなおだてをしてくれるが、ミカは悲しんだ表情を見せている。

 秋堂にかけた呪いを吸収してなお割れた壺から水が漏れるように力が抜ける感覚。呪いなどではなく、髪人形を得れば力が増すかもしれないが。

 

「もうすっかり弱小怪異……いやもう式神じゃの! 人っ子一人も殺せんわ! クカカカカ!」


 自嘲して笑っているようで、それは本心からの笑顔である。

 力のないただの怪異。艶香の傍にいることが許される、ツミと同じ立場。

 今なら、もう誰にも糾弾されることもない。笑顔で艶香の傍にいられる。それ以上の幸せがあるだろうか。


「よく、喋るんだな」

「うん。ミカはお喋りなんだよ」


 神貴の言葉に艶香は頷く。それを、神貴はしみじみと聞いた。

 二度会い、戦うことになった髪人形師の事情など何も知らなかった。それが、傷心の少女と関係を作り、かしましく年相応の少女のように振舞っている。

 怪異は邪悪だ。そのほとんどが欲のままに行動をする。

 髪人形師は、彼女に必要だったものは、そんなことを少し考えて、言葉を失う。

 今が良ければそれでよい、なんて刹那的なことを考えてしまう。

 それほど、今の状況は落ち着いていた。


「艶香を任せてもよいか?」

「んん? おお任せておけ小僧! 艶香は何があっても、何をしてでも儂が守る! クカカ!!」

「これは心強いな」


 ふと、笑みが零れた。こんなに穏やかでいられるのはどうしてだろう。そんなことを考える。





「仲良し親子みたいだねぇ、杖祓い師」


 二人の数歩後ろを、笑い女と貴子が歩く。元々地方を転々としている貴子は天神家に泊まる気だし、笑い女も放置できないということで監視の意味合いで同伴する形になった。

 貴子は何も答えずにただついて歩く。警戒しているのは、笑い女以上に前の二人であるようだった。神貴ではなく、髪人形師と艶香。


「艶香がそんなに怖い?」

「怖い話は好きか?」

「え、私に言ってる? どうでもいいけど。あはは」

「怖い話のオチでよく結局怖いのは人間ってあるだろ。あれくだらないと思ってたんだ。怪異と戦う私たちにとって人間が怪異より怖いなんてあるわけないからな」


 笑い女に話しているのだろうが、一切警戒も解かず、歩調も変えず、独り言のように貴子は呟く。一つの回顧は、思い出からトラウマに流れる。


「怪異も全て元は人間……そんな話じゃない。あれが悪魔でも怪異でもなく人間だったからこそ、私はあいつが恐ろしい」

「そんなにぃ? ヤバい人間とかいくらでも見たことあるでしょ?」

「怪異を復活させる奴や人を殺す人間なんてだいたい追い詰められただけのザコだ。……違うだろ全然。お前もそうだ。弱いから悪事を働くんじゃなく、己の気持ちのままに悪事を働く真正の邪悪。ありゃ不遇な怪異なんぞよりよほど怖い」


 貴子の言葉を淡々と聞く信乃は、その言葉を素直に聞き入れた。信乃は、艶香の過去を知らない。この油断ならない女がそれほどまでに警戒する艶香の過去というものに興味があったからこそ、ますます知りたくなる。

 

「まあ私はお前のことだけ気にするが。あれが髪人形師とうまくいくわけないし」

「えー、つまんないなぁ。いややっぱいいかも! 君と付きっ切りだ! あっはっは!!」


 大笑いする笑い女に、相も変わらず冷たい貴子は並んで歩く。

 静かになる街は、どこか以前より清らかであった。

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