宝石眼の笑い女2
アンナ・アロー人形が一人でに動き出す。
自分の両手を眺め、自前の金色の髪を撫で、傍にある艶香の顔を見た。
「つっ艶香! デカい! 高い! どうなってるの!?」
「ミ、ミカなの……?」
互いに目を合わせてただ驚くのを、一人だけニヤニヤ笑っているのが信乃である。
「そうだよ~ん、ふへへへへ」
何をしてしまったのか、何が起きてしまったのかも理解できないまま、艶香は恐怖と喜びを覚えた。
今のミカはいったい何を考えているのかわからない、殺されるのかもしれない、それと同じくらい再びミカと会えて、話せた喜びがある。
「艶香、もっと顔を近くに見せて……」
「え、う、うん……」
「ようし、うんと撫でてやろう」
とアンナ・アロー人形のミカが腕を伸ばすと、突如その腕が180度にひん曲がり、何故かミカ自身の顔に華麗なコークスクリューを放った。
全く予期せぬ自分からの不意打ちにミカの体はきりもみ回転しながら吹き飛び、艶香の体から落ちていく。
謎の自傷行為を前に困惑する艶香に、説明をしたのは怪異の笑い女である。
「今、髪人形師の体はその偽のアンナ・アロー人形にツミちゃんと一緒に封印したわけ。一心同体……じゃない、二重人格みたいな?」
「そ、そうなんだ……?」
落ちた先でミカが自分の腕や足と格闘しているのを見て、なんとも言えない気持ちになる。まるで小さい服を無理矢理着ようとしてにっちもさっちも行かなくなった子供のようなミカがいた。
『そんな弱い髪人形師を復活させる目的は?』
転んで蹴られていた目良実が機械音を発して会話に参加する。そもそも怪異ならば自分より強い怪異を生み出す必要はないし、それができるものもそういない。髪人形師のせいで発生した怪異も皆ミカより弱いのだし。
ただ、信乃には確固たる目的があった。自ら命を落とし怪異になってまでも果たすべき目的が。
宝石眼の笑い女は髪人形師を摘み上げ、見せびらかすように言った。
「髪人形師の完全浄化」
その言葉に、一同は不穏なものを覚える。今までの状況が最善ではなかったのか、と言う不安。艶香は再び離別する予感まで感じ取った。
「はっきり言うけど私が何もしなくても髪人形師は復活してたよ」
「えっ、うそ……」
「何年、もしかしたら百年かかるかもしれないけど、絶対に。各地の髪人形を依代にして復活する。髪の毛が本体みたいなものだから、勇者本殿みたいに封印の甘い髪人形のせいでそうなるよ。今はそうじゃなくても、時間が経って封印は緩まっていくし」
艶香が目良実とミカを交互に見た。目良実の反応は鈍く、ミカに至っては首を捻っている。
「祓われたことないから知らないけど」
『祓ったことがないので』
それはそうだが、類例というものがないのか。首を捻る艶香に改めて信乃は言葉を投げかける。
「そもそも、全ての髪人形を祓うには髪人形師がいた方が都合がいい。天神でさえ持て余していた髪人形は祓われないまま放置されていた。それが、五つ、艶香と髪人形師が浄化したんだし」
「そうじゃの。まあ儂ごと浄化されるとは思わなんだが。クカカカカッ!」
何を笑っているのか、と艶香は摘まれたままのミカをじとりと睨むが、彼女は心底楽しそうにいしている。
「改めて私の目的は髪人形師の完全浄化、そのための髪人形を全て破壊すること。それが怪異になった自分にかけた死んでも解かれない呪い。わかっていただけた?」
真面目な調子の信乃に対して解せない点はいくらかある。どうして熱心に髪人形を祓おうとするのかが艶香の一番の疑問だ。
……けれどそれは聞かなくても良い。
ミカと共に行っていた髪人形の収集を、再びミカと行える。
「私……!」
『上山さんにそれをさせるなら条件があります』
艶香が答える前に目良実が口を挟む。
『秋堂の呪いを解いてください』
「いやだよ。誰それ?」
目良実としてはそもそも秋堂の呪いを解きに来たのだから、それくらいは願いを叶える怪異に強制したいところであった。しかし言葉だけを見るならば信乃の言うことを聞くのが正しい。
相手は怪異、時間の余裕もあるだろうし交渉の余地もある。今はまだ保留してもよいかもしれない。
だがそれでは、秋堂の命が。
「秋堂ってあのハゲじゃろ。どれ、儂が呪いを解いてやるか」
あっさりとミカが言った。
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「むおおおおすごい! これマジで儂が呪ったの!? 流石儂……最悪最強最大の怪異……」
言いながら、秋堂の顔の上を歩き回ったミカはぴょんと艶香の肩の上に乗り直す。
「ここに乗るの、高くて怖いんじゃがなんか居心地いいの。ツミのせいかの」
「呪い、祓ったの?」
「もちろん。けぷっ」
とてもそう思えない。短時間、ちょっと触っただけ。だが脈拍や血圧は先ほどと変化があった。
瞬間、秋堂が瞬きを繰り返し、突然体を起こした。そのまま酸素吸入器を外して体につながった管を見て、ようやく状況を理解したらしい。
何か言おうとしたのだろうが、突然喉を抑えて苦しみ出す。まだ声が出せる状況ではないのだ。
常駐していた看護師たちが秋堂を押さえつける。それには抵抗せず、秋堂は大人しく寝転がされた。
「わ、私、時雨さんたち呼んでくるからまってて、秋堂さん!」
そう、慌てて駆け出す艶香であったが、集中治療室を出たところで肩を掴まれた。
「今、みんな大事な話してるから後でね」
サングラスをつけた信乃が、そのまま艶香を待合の椅子に座らせ、自分も隣に座った。
「秋堂とかいうのはもう大丈夫でしょ。髪人形師が呪いを解いたんだから」
「でも、報告くらい……」
「お歴々もそこまで心配してないよ。天神の札で呪いの進行を止める処置もしてたし。それより、少し私と話をしない? ね」
丸め込まれたようだけれど、艶香はそれに素直に頷いた。ミカが適当なことを言うわけはないだろうし、時間の余裕は確かに生まれた。
信乃との話し合い、というと否が応でも市立図書館の時を思い出す。あの時と状況は全く変わってしまったが。
「話したいことは、なに?」
「二人は全ての髪人形を祓う気はある? それ一番大事な話」
言いながらくつくつと信乃は笑う。何が可笑しいのか、可笑しいことはなくても笑うのか、怪異としての本領なのかもしれない。
少し考えて艶香は頷く。自分が怪異を祓うことに思うこと、すべきことを。
「……私、記憶をなくす前は凄く悪い人らしかったの。……罪を償うっていうわけじゃないけど、記憶がない私にとって今できることはきっと、そういう危険なことだと思う」
「使命感?」
「それだけじゃないよ。他の誰かに任せたくない。私が、ミカと一緒に髪人形を祓いたいって思う。みんなにとって髪人形は呪いの象徴で、凶悪な怪異だけど、私にとって、ミカも、時雨さんや秋堂さんも、信乃だって、髪人形があったから出会うことになった。私にとって髪人形は、邪悪なものだけじゃない、大事なものでもある。だから、私が」
「エクセレント! 素晴らしい答えじゃん! ナーッハッハッハ!」
どういうテンションなのか本当にわからない信乃であるが、瞬間笑顔を止めてミカをじろりと見た。
「どう思う? 髪人形師」
「もう艶香大好き。ちゅーしてやろう」
「いいよ、そんなの」
顔を寄せてちゅーしようとするミカは自分の頬をぶにぶにと圧し潰し始める。ツミの仕業だろう。
艶香の気持ちは固まった。
ただ、捗らない者たちもいる。
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「怪異『宝石眼の笑い女』と、復活した髪人形師、か」
「おいおいおい天神さんの落ち度だろーがよー。祓えてませんでした、じゃすまんぞこれ」
病院の一室を借りて話し合うのは神貴、貴子、目良実と夜麻音の四人であった。
内容はもちろん、信乃が提案した髪人形祓いについてである。
『私は賛成です。無力化された髪人形師を利用し、髪人形を浄化できるなら都合が良い』
夜麻音が目良実の声を聴き、直接話す。機械では少し遅いためそうして会話することにしたのである。
「髪人形を全部祓って髪人形師を倒したら今度は私が天下一! とか言い出すだろ。あの化物、めちゃくちゃ強そうだった」
貴子の率直な意見に神貴も頷く。全盛期の髪人形師ほどではないが、今の信乃は勇気明王以上に戦えると思われる。それこそ、今三人が協力しあっても勝てるかどうかわからないほどに。
「自由に動ける強力な怪異……出現してしまった以上、敵対するなら祓うべきだ。しかし、髪人形を浄化できる機会をみすみす逃すこともない。両方を叶えられる術はないか」
主に話し合いの内容はそれに尽きるのだが――
「ここからは私たちも参加だぜい! ガーッハッハッハ!!」
と、信乃が強烈に祓い師たちの会合に参加する後ろで艶香、ミカもその輪に入っていく。




