艶香と祓い師
上山艶香、両手の複雑骨折。
時雨目良実、左腕と舌部の切断、左目損失、両足骨折。
ロカルド・アルブロ、腹部貫通の重傷。
秋堂(本名・大林準、咽頭部および脳に合計七つの腫瘍が発生、重体。
天神神貴、全身の骨にヒビが入っており、特に背中を痛打。しかし奇跡的に軽傷。
勇者本殿から髪人形師浄化までで負った祓い師たちの傷は一朝一夕で治るものではないが、特に酷いのは秋堂である。
髪人形師にかけられた呪いにより呼吸もままならず、意識もない。いつ死んでもおかしくない不治の病にある状況であった。
意外と元気にしているのがロカルドと目良実である。他人を悼む余裕があるほど。
神貴と艶香は自分で立って歩けもするし、入院の必要さえないと思われる。
ただ、艶香の心の傷はそうではない。
「……おじさん、私……騙されて……たんだよね。ごめんなさい、全部、私のせいで……」
「……そう、悲観するな。髪人形師は遅かれ早かれ……、いや、そもそもその気にさえなれば封印を解いていたのではないかと思う。臭いものに蓋するでなく、死者も出さずに奴を浄化できたのはこれ以上ないほどの成果だ」
無論、全く死者が出なかったわけではない。だが髪人形師と対面した、対峙したものが死んでいないというのは奇跡に等しい。それこそ、絆を培った艶香がいたからこそ為し得た奇跡だろう。
病院の待合室で、肩を並べ二人はそんな風に話し合う。艶香が肩を貸す、手が必要なら神貴がそれをする。二人でなんとか行動ができるという状況だ。
ただ、神貴は肩にいる髪人形を見た。
ツミは以前ほど自由には動かない。霊力もあるが、艶香が放った最大の一撃を髪人形師もろともに受けたのだ。防御さえせず、己の霊力も合わせてミカにぶつけるようにして。
かろうじて生きているが瀕死、という点では祓い師もこの髪人形も変わらなかった、ということか。
怪異のことを思えば、髪人形師にも疑問は残る。なぜ神貴を殺さなかったのか。
いろんな理由は思いつくが、それも既にこの世にいないのであれば考えるだけ意味はない。
『お二人さん、御元気で!』
突然、その場に似つかわしくない素っ頓狂な声が上がる。機械の音は、車椅子に備え付けられた装置らしい。
時雨夫婦である。紅の押す車椅子に乗っているのが、目良実だ。
右腕に持っている機械から音声が出る仕組みらしい。足は簡単に包帯が巻かれているだけで、なくなった目にはガーゼの眼帯がつけられている。
「時雨さん!」
「目良実、無理はしなくていいぞ」
「本当に、馬鹿なんですこの人」
紅が呆れた風に言うが、彼はボロボロの体でも笑顔を向ける。
『勇者本殿はマシでした。ただの格闘家みたいなものです』
ここまでされてマシも何もないと思われるが、腕の切断面、足の折れ方に目の取れ方まで医者が行ったのかと思うほど見事なもので、人ならざるものの攻撃であったのが不幸中の幸い、命に別状はなく、足に後遺症もないという。
舌も自爆印で半分以上は消滅してしまったが、これからのトレーニングや手術次第では不便ながらも元の生活に戻れるだろう。
何より、腕は既に繋がっている。動かすにはまた一層のトレーニングが必要になるが、術後の経過は順調であるという。
『それより、秋堂です』
目良実の表情が少し暗くなる。
―――――――――――――――
「かっしこみかっしこみも~うす! あ! そーれ悪霊退散悪霊退散!」
素っ頓狂な声で杖を振るう謎の人物が、病床の秋堂の前に立って看護師の静止を受けていた。
集中治療室ですのでお静かにしてください、そんな言葉も聞かずに女らしき人間は言う。
全身を白装束に包み、顔面を包み隠す白面頭巾にはデカデカと『祓』の文字。
「修善院、静かにしないか」
「あ、これはこれは天神の。ご無沙汰」
しゃん、しゃん、と杖を振るい先端の鈴がなる。秋堂の持っていた錫杖と同じようなものである。
その女は、前が見えているのか見えていないのかもわからないのに、艶香の方を見て硬直した。
「……鬼神……!」
「えっ! 私のことを知っているんですか!?」
艶香が呑気に聞き返すのを、修善院貴子は一瞬敵意を剥き出しにするが、すぐに秋堂の方に向き直った。
「記憶喪失の少女と言っていたが、そうかお前か。天網恢恢疎にして漏らさずとは言うが、お前の罪は記憶喪失程度では消えんだろう。機会があれば殺してやるからな」
今は敵意を一切出していないというのに、言葉には必ずそうするという迫力があった。身震いする艶香を、庇うように神貴が前に立つ。
「秋堂の様子はどうだ」
「変わらず。死なないようにするので精一杯ですよ。……あ、メラミンもいるじゃん」
『相変わらずイカれてますね』
「メラミン急に声高くなったね。人間味もなくなっちゃって……もともと人間味ないけど!! ぐはは!!」
全く奇妙なテンションの女は、また看護師に強く睨まれる。当然といえば当然。
「いい目だ。興奮す……いや、何も」
「艶香、彼女は杖祓い師の修善院貴子だ。数日前から秋堂の呪いを止めるために働いてもらっている」
艶香は為すがままに頭を下げる。だが彼女はこちらを見向きもしない。
「それより目良実も寝た方がいいだろ。なんだその体。サイボーグにでもなる気か」
『楽しそうでいいですね』
はぁ、と紅が溜息を吐く。溜息を吐きたいのは一人や二人ではないが。
とかく、秋堂は非常にまずい状況であった。神貴の呼ぶ一応は一流の祓い師であっても解呪すること能わず、いまだ死の淵を彷徨っている。
それに艶香ができることはない。目良実の見舞いに来た、というのと貴子と面通しをしにきたのだ。もちろん、二人も怪我の様子を見てもらうという諸々の理由はあったが。
しかし、目良実には別の目的があった。
『突然ですが、勇者本殿に異変があると連絡が来ています』
「……知らされていないが」
『天神さんは忙しい人ですから、私みたいな下っ端に連絡が来るんですよ』
この辺りの顔役と言えば目良実で、天神に依頼するのは恐れ多いという者も多い。ただ、目良実の惨状がまだ詳しく知られていないのも理由だろう。
そして、その話を今ここで持ち出したのには理由がある。
『上山さん、私と勇者本殿に行きませんか』
「……私が、時雨さんと?」
紅が、神貴が、貴子が目を見張る。
「その体で行くなんて、死ぬつもりですか?」
「まだお前が行く必要はないだろう。艶香のことならば……」
「私だって行けるけど。病室は病院くせーし」
諸々、意見は当然現れる。誰が重傷の目良実に行けというのか、他にも祓い師を探せば手はあるだろう、というのに。
けれど目良実は言う。
『秋堂の呪いを止めるには天神さんがここに残る必要があります。修善院は三日寝てないでしょう。休みなさい』
「私は押しませんからね」
紅のそっけないように見えて目良実を気遣う言葉も、目良実はそれなら上山さんに車椅子をと思う程度。しかしそう入力したところで艶香の両手の骨が折れているのが見えた。協力者がいなければ目良実が同行することはできない。
目良実の考えは、勇者本殿の怪異が祓われたとして、その残りの力を利用できないかというところだ。髪人形から発生した邪悪な力であっても、今のツミに吸収させるなり、勇者本殿の願いを叶える力を新たに作った義眼に取り込むなりすれば、秋堂の呪いを弱らせることができるかもしれない。
そのためには、話が通じる艶香を連れて行きたいのだが。
「お困りなら私が行きますよ、姫」
渡りに船。
姫の困るところにその人あり。
「夜麻音……」
『ビンゴ。あなたにまた助けられますね、冬月さん』
止めようとした貴子が、目良実にちょいと押されただけで派手に倒れる。奇妙な言葉回しも三徹のハイテンションであったわけで、怪我人にさえ勝てないほど疲弊していたわけである。
神貴は、一瞬悩んだが、即座に備えていた札で秋堂にかけられた呪いを止めるべく行動を起こした。目良実と艶香は、おそらく信用できる。そして夜麻音のことも聞いていた。
奇しくも勇者本殿に向かった三人が、再びそこに向かうというのなら、むしろ自分が出るのは無粋というものだろう。
「……無茶ばかりして」
『すいません。いつもいつもご心配かけて』
「私は絶対に行きませんから」
『わかっています。絶対に帰りますから』
紅の体が、悲しみで硬直するが、息を吐いて脱力した。最初は悲しいなどと思わなかったのに、この人間と添い遂げるというのがそういう意味だと理解しつつある。
この病院の人間ならば天神の口添えでどうとでもなる。
かくして、奇しくもかつて勇者本殿で死闘を繰り広げた三人で勇者本殿へ向かうことになったのである。




