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髪人形師・エピローグ

 溶けていく。溶けていく。体が溶けていく。

 三百年の呪いが、呪いしかなかった人生が、怪異としての存在が、溶けてなくなっていく。


「ミカ……ミカぁ……」


 満たされていく。溶けてなくなっていく呪いに比例して、今注ぎ込まれる悲しみの感情が、――最後の五日間に注がれてきた、親愛とか友情とか尊敬とかの感情が、ミカの中に残っている。


「死なないでよ……ミカ……」

「ク、カ、カ、矛盾、してる、艶香」


 殺したのは艶香だ。なのに死なないでとは、笑わずにはいられない。どうしてそんなに悲しめるのか、不思議なくらいだ。

 だけど、わかる。ミカも同じ気持ちだった。殺そうと殺そうと思ったのに、実際に殺してしまったらきっと寂しくて溜まらなかっただろう。だから二人きりで生きる世界のことを考えたりもした。

 艶香がそうしないというのはわかったけれど、艶香なら自分を殺せないと思っていた。そんな油断が最後の攻撃を受けさせたのかもしれない。

 けれど、致命傷だとわかった。既に足の感覚はない。殴られた胴体は分断され、上半身から髪の毛の力も減っていく。伸びすぎた髪の先端は蒸発してなくなっていく。


「ごめん、ごめんね……ミカ……」

「クカ……くかかかか……」


 痛くて苦しくて辛くて、人間だった時のことを思い出す。こんなに辛くて苦しくて呪いに呪ったというのに、どうしてか艶香を呪うことができない。

 今でも、艶香が愛しくて仕方がない。


「……そうか、そうか、また、気付いた。……こればかりは、気付けない」

「ミカ?」

「私が、私が死んで悲しんでくれる……それが、うれしくて、よかった。生きてて、よかった、死ねてよかった」

「待って、待ってよ! 私、私まだミカに……!」


 今の艶香にとってミカは親友であり、恋人であり、母親であるような存在だった。そんなミカを殺すというのだって難しいだろう。

 現に今艶香から流れる感情は、どこまでもまっすぐな悲しみだった。


「く、く、私がいなくなって、寂しがる者が、いる……それが、幸せだ……」

「ミカ、そんなの! 私……」

「良い、祓い師に、なって……」

 

 溶け落ちる。蒸発する。消える。

 膨大な黒い霊力が消えていく。ただその場から何かが喪失したという感覚があった。

 ミカにとって、その何かは、大事なものだった。


「ミカ! ミカミカミカミカぁっ! うう、うあぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 蹲り、絶叫する。倒れた坊主と死に体の髪人形、そして大切な存在を失った一人の少女であった。

 だが、そうも言ってられない。艶香を突き動かしたのは声であった。

 地面の方から聞こえる、小さな声。地鳴りのようで、確かに人の声。


「……おじさん!?」


 艶香は涙にぬれた表情で、幽鬼のように土蔵があった場所で移動する。確かに声はしていた。耳をすませばそれが神貴の声だということもわかる。

 瓦礫のバランスは難しく、適当に取っていったのでは崩れてしまうかもしれない。

 それをツミが体を伸ばして、どの瓦礫を取り除けば問題ないかを調べていく。骨も折れているため、ツミの支えでなんとか瓦礫を取り払っていく。

 その下にいた神貴は、五体満足であった。


「ぶ、無事だった、んだ」

「……まだ殺さない、と言われたが、艶香、髪人形師を祓ったのだな」


 無骨な男の腕が少女の頭を撫でる。それでも、今は素直に喜べない。


 その後、神貴が連絡を取り秋堂も入院することになった。それ以上に髪人形師の封印解放、そして浄化の報が関係各所を巡り大きな騒ぎになるのだが、それはまた別の話である。

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