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髪人形師5

「秋堂さん、私……私も、戦う」

「……あ? ガキがいきがってんじゃねえ! テメェみてえな役に立たねえガキは足手まといで……」

「私っ! さっきミカを殴って顔溶かしたし! 鬼神姫とか、言われてたんですけど!」


 精一杯のアピールポイントをぶつけるも、秋堂もその霊力はわかっている。ミカを殴って溶かす、というのも信憑性はともかく、猫の手も借りたいというのは正直な気持ちだ。


「つってもお前、その髪人形、それがあると信用できねえ」

「つ、ツミは大丈夫だよ! 確かにミカが操れるけど、ミカはツミを絶対に殺すって言ってるくらいだし、別の意思があるから、ツミもミカを倒そうとしているよね!?」


 言うと、ツミはこくこくと首を縦に振る。意思がある、というのは確かそうだが、それ以上に重要なものを秋堂は聞いた。


「ツミってのは名前か?」

「うん。信乃と私とミカで決めたの」

「じゃあ、『ツミ、髪人形師じゃなく艶香の制御化に入れ』……!?」


 秋堂が言うと同時にその場の空気が震える。艶香はそれほど感じないが、ツミと秋堂はその異変を大いに感じた。

 ツミの髪の毛が総毛だつ。艶香の霊力に波が起こるほどの衝撃をあって、ツミが急に楽しそうの踊りだす。

 契約の解除、呪物創作者との決別、そんな強大な霊力の発揮がその瞬間に起こったのだ。

 同時に、秋堂は嘔吐した。語祓いの力であるが、強大な相手に発動した場合の反動が強すぎた。喉もいくらか痛めたようで、すぐに喉スプレーでなんとか声を出せるようにする。


「げほっ、げぼ、うげぇ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「そいつ役に立たなかったらマジでキレるからな!? くっそ、髪人形師に語祓いかける前からこんな……いや集中集中……」


 ふぅふぅと呼吸を整え、喉からペッと痰を吐く。ついでに秋堂はもう一つ聞く。


「……そういえば、髪人形師の本名を知らないか?」

「本名ですか? 名字は確か、御首(みぐし)

「ミグシ……やっぱ聞いたことねえな。こんなことなら聞いておけばよかった……怪異の名前を使うより、本名で言った方が効果あるんだよ。だから知ってたら、って思ったんだが……目良実の電話をお前が持ってるし……」


 怪異の名、というのは調べればわかるものである。ただ、スマホでそこまで詳細に調べられるかと言えばそれは難しいし、そもそも秋堂の力であれば『女の人体模型』と言うだけで無力化できるほどに強力。わざわざ『御髪夜見』と言わずとも十分な場合も多い。

 ただ『髪人形師』に至っては、それが難しい気がした。そもそも、今ツミに対して使った時点の反動を思えば、髪人形師に語祓いをすることは、今後一生声を出せなくなる覚悟くらいはしなければならない。

 失敗できない、だから本名を知りたい。


「……ミカの本名、かぁ」


 彼女はそういえば秘密と言っていた。艶香相手に隠す必要はないと思うが、こんな時のことまで想定していたのかもしれない。

 知らないものはわからない、で話は終わりだが、できることなら把握しておきたい。

 そう思った時だった。ちょうど目良実の電話が再び鳴ったのは。


「誰だ?」

「えっと、公衆電話ってなってる」

「一応出ろ。このご時世にそんな電話使うやつ、少なくとも怪異じゃない」


 と言われても、艶香は少し躊躇う。実のところ公衆電話を使う怪異というのも珍しくはない。ただそれは特定の公衆電話につく地縛霊の類で、向こうから携帯にかけてくるというのは既に呪われている場合だったり――というのは閑話。

 髪人形師や勇者本殿の異変で、電話を持たない古いタイプの祓い師がこの辺りの顔役である神貴や目良実に公衆電話からコールするというのはありえそうな話である。

 ただ、いざ電話に出てみると、意外な人物で。


『姫ですか?』

「……!? 夜麻音!? なんで」

『あの刑事から名刺渡されて電話しろって急かされたんで』

「時雨さんは?」

『集中治療室入りましたよ。……でも何を電話しろっていうんでしょうね』

「ええ……心当たりないの? 私も取り込み中なんだけど」


 時雨本人であれば、ミカの本名を聞くことや倒すヒントがもらえたかもしれないのに、彼が今倒れていて電話の相手が夜麻音ではただの世間話でしかない。

 だが、重体の目良実がわざわざ電話しろというのだから、きっと何か電話すべき内容があったに違いない。


「何か時雨さんと話してた? その時」

『……それ話さなきゃダメですか?』

「たぶん、うん。時雨さんが必死に伝えたかったことがあるんじゃないかな……」


 言いながら艶香は自信を無くしていく。今、こうしている間にも神貴は死ぬかもしれないし、ミカが現れて襲ってくるかもしれない。

 時間はそれほどないというのだから、早く電話を切って秋堂と考えた方が――



『お前の名前はヨルとアサ、私はヒル、ちょっとおもしれーよな』

「……、なに?」



 夜麻音が言ったことは全く意味不明な、突然出てきた会話のようだった。それは丸ごと引用したようで、夜麻音がその時のことを忠実に表現しているらしい。


『親に望まれない捨て子を、霊力を高める意味で蛭子と名付けることがあるらしい。だから私は親からそんな風に呼ばれたりするんだ。嫌いな呼び方だけどお前と一緒だと、まあ悪くない』


 艶香は静かに、夜麻音の言葉を――過去の自分の言葉を聞いた。


「……それは」

『姫が話してくれた貴重な家庭でのお話です。あんまりあなたには話したくなかったんですけど』


 時雨目良実が髪人形師と戦うことを見越していたのだろうか? 秋堂と合流し共闘することまで考えていたのだろうか? そこまでして髪人形師の本名を伝えさせようとするだろうか? 

 本当にそれがミカの本名なのだろうか、だってそれは艶香が昔呼ばれていたにすぎない。

 ――なのに、それがミカの本名だと確信していた。


「……ありがとう、夜麻音」

『あの髪の毛ぶっ飛ばすんですよね。鬼神姫。また酒奢りますよ』

「さっ! 飲まないよ!!」

『ああ、失礼』


 また聞きたくない過去が――と同時に、電話の向こうからバタバタと音がした。


『いた! 早く病室に戻りなさい!!』

『それより警察……』

「な、なに、どうしたの」

『ちょっと脅して金取って病室抜け出して電話したんで……』

「自首して!?」

『電話の内容は大丈夫でしたか?』

「一番重要なことは聞けたよ。聞きたくないことも聞いちゃったけど……」

『それは良かったです』


 電話がガチャンと切られる音と同時に、激しい地響きと地鳴り地震が巻き起こる。

 土蔵が崩れると同時に大量の髪の毛が湧き出した。その中に一点、白い肢体が映る。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「蛭子……、実の子供を呼ぶ言い方じゃなさそうですね」

「なこと言ったら艶香だって勝手につけられた名前だ。綺麗な名前だとは思うけどあの親がつけたって思うとあまり気に入らない」


 たまに鬼神姫は夜麻音の家に来ては、そんな風に喋るようになった。そもそも家にいるのが嫌なのだろう、学校でも自分を恐れる存在しかいない。

 もはや艶香にとって自分に好意を抱いてくれる存在だけの空間はここしかなかったのである。その心地よさの正体をついぞ彼女が気付くことはなかったが。


「その点、鬼神姫っていうのは好きだ。恐れ敬われているし、姫ってのも」

「……意外とそういうの気にするんですね」

「意外とはなんだ、意外とは」


 艶香は友達にする勢いではないほど強く髪を引っ張り痛めつける。けれどそろそろ夜麻音も気付くことがあった。

 その暴力、破壊は艶香なりの照れ隠しで、ただその尺度がぶっ壊れているだけで彼女も一人の人間であるということ。

 反省はしないかもしれない、他人を慮ることもしない、けれど悪気はない。ただ悪気がないだけの邪悪。


「可愛いですよ、姫」

「……そうかよ」


 一際艶香が力を入れると髪の毛がいくらかブチブチと千切れる。けれどそのまま艶香は顔を背けた。照れている、のである。

 この人には自分以外いない、夜麻音がそう思うと同時に自分にはこの人以外いないとも思えた。根拠も理由もないが、この瞬間瞬間、艶香と過ごす時間は暴力と恐怖が強くとも他に代えがたい特別なもので、陳腐に安易に他の何かで代替しようものならこの瞬間に得られたほのかに温まる心が永遠に失われるような気がしたから。

 この人が絶対に特別な存在である、その確信があった。


「……出来る限り、姫の傍にいたい」

「愛の告白みたいなこと言うな、お前」


 ついに気付かれたーー夜麻音は息を飲む。彼女が差別的で偏見に満ち溢れていることを考えれば金輪際近づけなくなる可能性も充分考えていたがーー


「………………お前って、私が死ねって言ったら死にそうだよな」

「えっと、はい」

「お前本当に頭おかしいよ。だけど信頼できる」


 目と目が合う。艶香が伸ばした手は夜麻音の頬を通り過ぎ、耳を触れた。それを千切れるほど強く引っ張る。


「いっ! 痛い……です……!」


 涙が出るほど痛いのを見て、艶香が手を離す。


「お前って私の傍にいたい、以上のこと考えてないよな」

「そうですね」

「ほんと変なやつだよ。それなら許す」


 艶香が言うと、また無防備に夜麻音のベッドに寝転がる。どこか挑発するような目つきで、体を伸ばしベッドに馴染ませるように艶かしく揺れる。


「信じるよ。お前は私の不利益にならない。それで充分だ」

「は、はい……!」


 信頼の結実がなった、愛が通じた、そのように思った。

 それが夜麻音の人生最良の日であった。

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