髪人形師4,1 BADEND永遠の形・同一化
「秋堂、さん、私……」
ツミと離れると、ますます心細くなる。
けれど艶香が選んだのは、逃げることだった。そう決めてしまうことには何度も躊躇したが、一度逃げることを考えてしまうともうそれしか頭になくなってしまう。
死にたくない、あの恐ろしいミカを見たくない。殺されたくない、逃げて、目を閉じている間に何もかも解決していたら――そんな夢みたいなことが起きてくれたら。
思い出も、何もかも知ったことではない。生きる、生きたい、生きていればきっとこの先もっと楽しいことがある。
「私は……」
ツミがぴょんと肩から降りる。そのまま、秋堂の傍に立った。
「タクシーがそこに止まったままだ。急げば乗れる。ほれ金。あとで返せよ」
秋堂に投げつけられたそれを受け取り、門の前のタクシーが走る前に急いで向かう。
もう、逃げることは決定した。
「お前、戦うの? ……そういやお前と一緒に戦うの二度目だな」
ツミは答えない。答えることはできない。
ただ彼女はありえなかった可能性としてのミカであり、その彼女は艶香の傍にいることよりも、艶香を生かすことを選んだ。
たとえ死ぬことになったとしても。
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艶香が訪れたのは、初めてミカと訪れた場所、口裂け女の廃病院だった。
どうしてここを選んだのか、艶香にも判然としない。霊力の強い場所と言えば髪人形の置いてあった怪異の存在する場所だろうが。
とにかく、艶香は中に入った。朝早くということで、以前訪れた時より明るく見栄えが良い。
ともかく、どこかに隠れるべきか、それともここで時間が過ぎるのを待つべきか、悩む。
空気はそれほど重くない。以前来た時のような邪悪さもないし、秋堂が一度立ち寄ったからか中に入ることもできた。
場所は何となく覚えている。手鏡のあった看護師の部屋に、手術室が見え、三階のキッズルームなど……。
市山は元気にしているだろうか。あの時のことを懐かしみながら艶香は部屋を見て回ることにした。
まずは一階の看護師の待合室。ここで怪異に襲われて――
「……あら、艶香」
「なっ!?」
いるはずがない。そこにいるはずがない。
けれど一度視認してしまえば間違えるはずもない。邪悪な気配が途端に噴出し、艶香は二歩、三歩とあとずさりをしながら、その存在を凝視していた。
髪人形師がそこにいた。
「なんで、ここにっ……」
「クカ! クカ! 理由ならわかってるでしょう? それとも本気で私の目を欺けるとでも?」
「おじさんは……、秋堂さんは、ツミは」
「じゃん」
髪人形師は歪な何かを取り出した。バスケットボールほどの大きさのそれは、二人の人間の頭を半分に割って髪で結び直したものであった。
秋堂の顔と天神の顔を、くっつけているのだ。
「で、これがツミ」
秋堂の頭に髪の毛がいくらか刺さっていた。ミカはそれを笑いながら撫でると、二人の顔の切断面に手を当てていく。結んだ髪も、ツミなのだろう。
「ひ、ひぃっ……」
「……そう、その顔が見たかった。こんなにも澄んだ綺麗な砂糖水のような甘さ……こんな奴らとは比べ物にならない純度の恐怖……さあて、どうしようか」
艶香は真っ逆さまに駆け出すが、そんな逃走は何の意味もなさない。すぐに髪の毛に縛り上げられ拘束される。もがき暴れるも、意味はない。
「うわぁぁぁぁっ!! 離して!! 離せぇっ!!」
「一生離さない。そうだ。ここには手術室があった」
果たして何を考えているのか――ミカはそのまま艶香を運び、手術室に入った。
血生臭さがいまだに残るそこはサビもあって鼻につく匂いだ。決して綺麗とは言えないが、当時の施設はある程度残っている。
そこにミカは艶香を寝そべらせ、縛り上げた。仰向けになったまま無抵抗の艶香を眺め、ミカはまた熱い吐息を零す。
「クク……恐れている、恐れている。何が怖い? 何をされるのが怖い? 聞かせて、艶香」
「離してっ! 助けてっ! 嫌……いやぁっ!!」
半ば半狂乱になって叫び続ける艶香に、ミカは愛を囁かれるよりも幸福そうに眼を閉じた。
これが真の幸福なのだと。
「愛とは――なんだろう」
ミカの言葉を艶香は聞かない。どのみち逃げられなければ無残に死ぬことは確実なのだ。話を聞いて逃がしてくれるとも思えない。だが殺意を込めても、髪の毛の縛りは強靭で解けそうにない。
「艶香も、ツミも、別個体になったから私を裏切った。――なら一つになってしまえばいい。ちょうどこんな風に」
ミカは三つの生命だったものを握り潰していった。混ぜ合わされば問題ないと。
「……じゃあ、手術を開始する」
「待って、何を……」
髪の先端が鋭く、艶香の腹を縦に裂いた。噴き出す血飛沫を平然と浴びながら、ミカは舌なめずりして恐怖と血液を味わう。
「がああああああっ!!」
「ふむ、ふむ、ふむふむふむ。蘭学事始めは怪異になって少しあとにできていたが、なるほど。こうしてみると人体模型とは凄まじい集合知だ」
叫び悶える艶香を無視し、ミカは下腹部にある内臓の一つに興味を示す。そこをそのままにして胸元辺りの傷は縫合する。
「……子宮か。私が男ならば孕ませて終わりだったかもしれない……」
ミカは己が女であることを一度悲しみ、そして喜んだ。男ならそこまでで終わりだった。けれど自分は女で、怪異である。
艶香のためなれば、自分が今までしたことのないことだってできる。例えば――
己の体を全て髪の毛に変えるなど。
艶香の内臓、一つ一つにミカは切れ目を入れた。放置しておけば死んでしまうだろうが、それはすぐに縫合される。
ただし、一つ一つに髪の毛となったミカが入り込んだあとで。
一つになる。怪異と少女が今物理的に一つになる。
「あぎっ……、が、お腹が、う、あ……」
内臓に髪の毛が入り込む。入りきらなかった分は腹部、肉に纏わりつくように、ミカの全てが艶香の体内に収まった。
邪悪な呪いの塊を飲み込んで、艶香は苦しみに喘ぐ。強烈すぎる異物感――人と怪異など同じ空間にいるだけで不快なものを、体内に取り込むなど。
『……やがて私は意識を失う。あなたに寄生して、あなたの霊力でだけ生きることができる。そして、あなたが死んだら死ぬ』
「がっ、あっ、ミカ、うぁぁ! うぁああああああああ!!」
叫ぶ。苦しみに叫ぶ。
ミカの意識はやがて溶けてなくなった。彼女は満足そうに消えた。艶香と一つになって心の底から満足し、三百年の呪いさえも失せた。
だが艶香は、その強力な呪物さえ自分の類稀な霊力のせいで死ぬこともできず、強い異物感と痛みで苦しみ続けた。
自分の霊力で生きるミカの髪の毛で手術台に拘束されたまま、動くこともできない。
――三日後、地球を滅ぼすほどの力を持った怪異はこの世から消滅した。同時に、一人の少女も命を失った。
彼女は数時間のうちに、苦しみと恐怖で髪の毛は全て白くなり、発狂したという。死体は絶叫の表情のままになっていた。
内臓には全て傷があり、霊力が補充できなくなった三日目には傷が開き全ての内臓が呪いでただれますます苦しみは強くなったという。
痛みで死ねば、出血で死ねば、まだマシだったろうに、彼女の死因は餓死であった。
怪異・廃病院の口裂け女
生前の名前は設定した気がするけど読み返しても出てこないし忘れたので終わり。ここで横沢典子とする。
登場時 戦闘力★★★☆☆ 呪力★☆☆☆☆
手鏡破壊後 戦闘力★★★★☆ 呪力★★☆☆☆
恋人の医者は善人であったが、本人が髪人形の置いてある整形外科で手術失敗のショックを受け強烈な呪力を得、そのまま搬送された病院で同僚と恋人を殺害し、自殺して怪異化。
自分が死ぬきっかけになったメスを見ると恋人のことを思い出すため、また恋人の想いがあるために強烈な弱点になっている。
一方、発狂のきっかけの一つである手鏡にも封印のようなものがあり、それが壊れて本編で怪異化が進行した。
病院全体の地縛霊であるが、あまり呪いは強くなく、物理的にそこにきた人間を殺すだけの存在。
生前はそこまで性格が良くはなく、医者を恋人にできた喜びを同僚に自慢したため、同僚から嫌がらせで手鏡を見せられたという経緯があったりする。そんな彼女であっても、医者の魂はメスに宿り最後まで彼女を戻そうとしていたとかなんとか。




