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髪人形師4

 ミカはまだ、自分のことを大事に思ってくれている。

 甘やかしてくれる親のように、見守ってくれる。

 少しだけ嬉しいと思ってしまった。だってミカは――

 そんな気持ちを抑え込む。

 もう理解はしえない。艶香とミカ、その関係はとっくに決別すべきものだった。


「……ミカ」


 艶香が、ミカがしていたように頬に手を当てて撫でる。ミカは小動物のように心地よさそうな笑顔を浮かべて、うっとりと頬を寄せる。

 艶香は、腕に精一杯の霊力と殺意を込めて、そのミカをぶん殴った。

 心は痛まない。

 痛まないと思い込む。


「ぶがっ!? が……顔が溶け……艶香ぁ!?」


 吹き飛ばされた小さな体は、その長い髪を包帯のように顔面にあてがう。

 その間、艶香は神貴を背負い、地下から逃げようとする。少なくとも、治療はしなければならない。ここで戦うのは無謀だというのも理解できた。


「おじさん! 逃げるよ!!」

「……置いていけ、秋堂が近くまで来ている。俺は、足止めする」


 艶香を押しのけ、神貴は落とした錫杖を手に取る。そして息を切らしながらいくらかの札を握りしめる。その弱々しくも気迫ある姿は、ますます悲壮感を募らせる。


「だめ……絶対に死んじゃう、そんなの……」


 だがミカにとって、神貴など視野に入ってすらいない。

 断絶。関係が、確固たる意志で拒否された。

 どうして。こんなに愛しているのに、思っているのに、気持ちが通じ合わない。一つにならない。

 焼けるように顔が熱い。そんな痛みはすぐになくなる。すぐに薄れて消えて治る。それではいけない。

 ……そうだ、そもそも艶香と共に生きると言っても彼女は百年経たずに死んでしまうだろう。それは長いようで短い。永遠に生き続ける自分に比べて、人間の脆弱さと言えば。


「クカ……クカカカカカカ!! そうか、そうかそうかそうか!! どうして! なぜ! こんな簡単なことに気付かなかったのか!! 力づくで私のものにすればいいんだ!! 艶香! 艶香ぁ!」

「なぜそこまで艶香に固執する! 髪人形師!!」

「もちろん、愛しているから。ずっと艶香は私の傍にいてくれて、私を大事にしてくれて、廃病院の時も、理髪店の時も、ずっと……」


 まだ、愛を語る余裕があるのか。その面の厚さに神貴と艶香は思わず足を止めて見入る。ミカの方も、その時のことを思い出しているのかうっとりと己の体を触りながら語る。

 ――ただそれは先ほどまでとはまるで違う。官能的に舌なめずりをし、体をくねらせながら、陶酔したように吐き出す、感情は単なる愛ではなく――性愛。


「――極上の恐怖を私に味わわせてくれた……。生まれたままの感情で、命の危険のたびに、些細なことでも新鮮な恐怖をくれた。三百年何も受け取れない私には乾いた大地に染み渡る恵みの雨のように生きる喜びをくれた……」

「……そんな」

「ああ、艶香……恐怖しているの? ク、クカ、いい表情……まだ髪人形を通じて感情が……」


 呟いて。

 艶香とミカが同時に気付く。

 髪人形・ツミは、まだ艶香の傍にいて平気なのかと。

 ただ、その答えを示したのはミカだった。


「なぜ、なぜお前はまだそこにいる。ツミ、お前は私だろう。私の髪、私の記憶、私の感情、私そのものの意志が――」


 言ってから気付く。気付いてしまった。

 艶香はまだそれをどうすべきか理解できず、とりあえず両手で握りしめているが。

 ツミの行動は『他人を呪う力がなく、安全な髪人形師ミカ』としての行動だった。

 自分にもしも、邪悪なる呪いの力が今ほどなければ、平然と艶香の傍にいられる。

 決別する必要もなければ、祓われる必要さえない平和な、人間であったミカと解釈しても構わない。

 そんな、ミカのもしもの在り方。


「――そうか、そういうことか。許さん。貴様だけ……など、貴様だけは絶対に許さん。絶対に殺す、適当な怪異にでも埋め込んでもろとも消滅させてやる。ツミ! 貴様は私であるがために私の神経を逆撫でしたのだ!!」


 膨大な髪の毛が艶香の方へ向く。呪力と圧力は直撃すれば命はない。

 だがそれらは、艶香を避けて導かれるように壁面に激突した。


「札祓い・流水」

「わっぱが!! 一秒持つと思うたか!?」

「艶香! 行け!!」


 ミカの攻撃の焦点が神貴に向かう。艶香は震える足を必死に動かし階段を駆けた。

 やがて日の光が当たる。外に出てきたのだ。神貴がどうなったかは分からないが――いや、死んでいるだろう。

 楽観視はしていられない。間違いなくミカは自分を殺しに来る。彼女なりに言えば『力づくでものにされる』。

 神貴が言うには秋堂が来ているという。その名前は人体模型の時に聞いた、言葉を使う祓い師だ。

 時間があまり残されていないのにどう合流するべきか、悩んでいる時にスマホが鳴った。

 艶香のものではない。あれはまだミカが持っているはず。

 取り出して、秋堂と表示されている。勇者本殿で目良実に渡されたスマホだった。


「目良実か!? 今天神さん家来たけどお前は!? 勇者本殿は収まったみたいだが……」


 秋堂の声が電話越し、そしてすぐ傍からも聞こえてくる。

 そして、門から中に入ってくるところ、スマホで連絡を取っている秋堂と目が合った。


「……お前が目良実をやったのか?」

「……え!? いや、違う違う! 時雨さんは……っていう場合じゃなくて!!」

「『上山艶香、真実を語れ!』」

「ミカを、髪人形師を倒すの!!」


 言霊を使わずとも理解できる、秋堂は熱血な男である。

 少女が涙ながらに訴えるのを、安易に信用するくらいには。

 ……ただ。


「……なるほど、お前さんの気持ちはよーくわかった。そこにいるんだな。髪人形師と天神さんが」


 気配でわかるのだろう、ミカも神貴も霊力は艶香よりわかりやすく放たれている。それが秋堂にわかるほど。

 そして、秋堂は、艶香のこともよく見ていた。


「……で、お前さんはどっかに逃げな」

「……え? な、なんで!」

「そんなビビッて戦おうってのがおかしいんだ。あとは大人に任せとけ」


 言われて、艶香は自分の足が震えていることに気付く。

 神貴が、秋堂が諭して守ってくれる。

 この五日間保護してくれたミカという怪異が敵に回って、守ってくれる存在がいなくなって、補助輪を外されたような不安の中で艶香は思う。

 逃げてしまって、よいのだろうか。

 二人にミカが倒せるとは到底思えない。いずれ殺される一人になる気がする。けれど戦って倒せるとも思えない。


「……ただ逃げるなら、場所はちょっと考えた方がいい。あと、その髪人形も置いていけ。場所が探知されないよう、行くなら霊力のありそうな場所だな」


 悩んで、考えて、艶香は――


 1・口裂け女の廃病院に逃げる

 2・KEEP OUTの理髪店に逃げる

 3・グリモワールの市立図書館に逃げる

 4・女の人体模型の廃小学校に逃げる

 5・勇者本殿に逃げる

 正・戦う

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