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髪人形師3,2 BADEND 永遠の形・奴隷

「……じゃあ、ミカと生きるよ」

「……ほ、ほ、本当か!? 本当か!? 本当に……本当に……よかった……!!」


 ミカは思わず諸手を挙げて喜ぶ。興奮のあまり髪がびしびしと跳ねる。

 けれど、艶香は無邪気な微笑ましさを喜ぶことをせず――ただ虚無と絶望の表情で胡乱な態度でいた。



―――――――――――――


 以前より、世界は早く、おかしくなっているようだった。

 災害、事故、テロ、戦争、パンデミック、悪い知らせがひっきりなしにテレビを賑わせている。


「艶香、艶香、今日はどこへ行こう。どこか行きたいところはある?」

「……どこでもいいかな」

「……冷たいぞ、艶香」


 あまり冷たい態度をとるのも、数日くらいは仕方がないとミカは思っていた。あれだけの喧嘩と決別を経て共に生きると言ってくれたのだから、我慢しようとも思った。

 だが一月経ってなお、艶香はミカの名前すら呼ばない。

 今は占拠した天神家で朝食をとっている。憧れのハンバーグも、おいしくない。砂を噛んでいるかのような気分だった。


「艶香……ううん、今日はお風呂に入りたい。髪、洗ってくれる?」

「……うん」


 ミカにとっての一番のお気に入りは髪を洗ってもらう瞬間だった。髪を洗うような習慣はなかったが、商売道具にもなっていた自慢の髪だ。それを艶香に洗ってもらうのが、好きなのだ。

 真白い人形のような肌に、一つのくすみもない漆黒の髪を、艶香は丁寧に梳く。もう慣れたもので、その優しい手はミカが思わず足をバタつかせるくらい上機嫌になる。

 けれど、朝ご飯を食べていきなり髪を洗うのは、いつもとは違う。

 ミカはそっと艶香の表情を覗き見る。

 自分が一番楽しいこの瞬間にも、艶香の表情は普段と変わらない。

 まるで、人形だった。


「……艶香、楽しい?」

「……別に」

「私は艶香がしたいこと、なんでもしてほしい。艶香に笑ってほしい――ダメなら怒ってほしい。どうして、そんな顔をしているの……?」


 艶香は表情をピクリとも動かさず、手を止めた。


「……もう、疲れたのかな」


 ――髪人形を通じ、怪異であるミカは艶香の感情をいくらか読み取れる。怪異が恐怖を糧に強力になるのと同じ原理である。

 一月前から、既に艶香から感情を感じ取れなくなっていた。

 人形のようだった。


「艶香、なんでもいい、何か言ってほしい。自分から、何か、したいと、――生きたいと」


 ミカは髪の毛で艶香を縛り、首元に鋭いものを近づけた。振るえば、すぐに殺せるだろう。絞殺すことだって呪殺だってできる。まな板の上の鯉のように艶香はあっという間に殺される直前の状況になった。

 それでも艶香は何も変わらなかった。

 だって、そう。あの時から、いつ死ぬか分からないような中で生きているのだから。


「……好きにしたら?」

「なんで! なんでなんでなんでなんでなんで!? 艶香、こんなの違う、これじゃただ生きているだけ、こんなの、こんなの違う! こんなの……生きている意味がない!!」


 楽しくない。

 何が楽しかったのかも思い出せない。

 ただあの時は良かった、あの時は幸せだったという記憶がある。

 何がよかったのか、何が違ったのか、今だって艶香と一緒にいるのに。

 胸が苦しくなり、自分でも抑えきれない呪いが溢れる。

 黒い、黒い霊力が、ミカにさえ押さえきれないほどの邪悪が溢れ出る。

 それを受けた艶香が、艶香でさえ膝を屈し、やがては倒れた。

 

「つっ、艶香! 違う! 違うのこれは! 私じゃ……」


 弁明をするミカは必死に己の呪いを抑えようとする。

 けれど。

 艶香は責める気持ちも、苦しむ恐怖もなく、ただ死んでいった。

 何も、残さない。

 ただ、生きて、死んだ。


「あ、ああ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 呪いが溢れる。それを抑える必要もなくなり、膨大な呪力がかつて最強の祓い師の本拠から世界中に広がっていく。

 この一月の間も、襲い掛かってくる祓い師は皆呪いが返って死んだ。そして今度は全ての人間が、呪いの渦の中で命を落とすだろう。

 そんなこと、知ったことではなかった。もはや呪いの少女には傍に倒れた、かつて愛した少女がいることも気が付かない。

 呪いは星を包む。

 生まれてからずっと呪い続ける怪異は、ほんの一時だけ愛を知れたのか、どうか。

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