髪人形師2
何を――
何を思っていただろうか。
「儂、変なこと言った?」
「わかるでしょ……そんなの……」
「クカカ、ジョークジョーク。艶香が言いたいことはわかっておるよ」
冗談になっていない。けれどあどけなく笑うミカは、彼女なりの弁明を始める。
「いやさ、そもそも人間なんぞ世界中で好きなだけ死んでおるじゃろ。それに髪人形を放置してようと、儂が表に出ようと死ぬ人間にそう大差はない。そんなに儂だけにビビらんくても」
「だってさ、でもさ、ミカがわざわざ人を殺さなくても……」
「いやそれは違う。儂、殺そうと思ってなくても死なせちゃうし」
まだ艶香の視線が厳しいのを、ミカはどんどん拗ねるように口元を尖らせて、しょぼくれたように弁明を続ける。
「そもそも怪異っていうのがそういうもんじゃろ。そりゃ腹が立った奴はいくらか殺したし、我慢ならん輩も殺したが、そういうことせずとも勝手に呪いを振りまいてしまうものなのじゃ」
「……そんなの、だって」
「見てきたじゃろう、艶香も」
「私が見たのは! 怪異が人を襲うだけで……」
「その怪異とて、元は儂のせいみたいなもんじゃし」
「だってそれは……髪人形が、それを回収したから……、それに! 髪人形が怪異を生んだかもしれないけど、もともとはそういう恨みを持った人がいるから、だし……」
ミカが拗ねて、そんなことを言っているのかと思った。封印されて、人を恨んで、だから人を殺しても仕方がない、なんていうように。だからそんなことないと、一所懸命励ました。
信じたかった。まだ信じたかった。ミカが、ミカが優しい、艶香の味方であることを。
「いや、それそれ。恨みを持った人間を生み出すのも髪人形の呪いじゃて」
「……どういうこと?」
髪人形の呪いはそんなに強いものだっただろうか、そもそも艶香は髪人形の呪いなんていうものがよくわかっていない。彼女自身呪われていないのだから仕方ないかもしれないが。
けれどミカは知っている。
ミカは、髪人形を通して、何もかも見てきたのだから。
「まずは、口裂け女じゃな。
彼女の手術の失敗、普通ありえんじゃろ? 整形手術をした人間が髪人形に魅せられてわざとやったのじゃろ。大方そこに髪人形でも置いていたせいであの女も狂うて怪異になったわけじゃ。
次は、理髪店か。
もうわかるじゃろ。急に発狂して殺人しだすのはまさしく髪人形の呪い。店内に髪人形が置いてあったわけじゃし
図書館のグリモワール……。
あれはよく覚えとる。本の一冊に挟まった小さな髪人形に、夫婦が一所懸命に祓おうとしての。父親の方が先に狂い死んで、母親の方は浄化の途中、発狂する前に自ら本にデスマスクを遺しよったな。ああ、あれがグリモワールだったわけか……
学校にあった女の人体模型……。
あやつも覚えておる。あいつを監禁していた殺人者が髪人形に魅せられていたわけじゃが……あの女自身もその監禁生活で髪人形に魅せられ始めていた。儂の名前を調べるまでに至ったわけじゃしな。
ただ勇者本殿だけはわからん。
どうも髪人形に土着の神がついたわけじゃが、それですることが殺し合いゲームとは、全く悪趣味でやんなるな。ああいうのがいるから髪人形の回収をしたいんじゃ。きもちわるう」
指折り数えたミカは、全部言いきったという満足感で、ふぅと溜息を吐いた。全く、勝手に発動する呪いは面倒だ、と言わんばかりに、それらの怪異の元凶が自分であることを、怪異が起こる前の悲劇さえ自分のせいだと知っていてなお、平然としていた。
それでも。
「……ミカのせいじゃ、ないよね。それは、頭のおかしい人が……」
「かもなぁ。でも、儂がいなければそんなこと起こらなかった、という方が正しい」
どうして平然としているのか。
お前のせいじゃないか、化物。
もう一度、封印されてくれ。
言葉を全て飲み込んで。
「……でも、ミカが、髪人形を回収するから安全になるんだよね。だったら、やっぱり、ミカが自由になろうと、ならなくても、変わらないし。
こ、これから二人で髪人形を集めて行こう!? そしたら、呪いをなくして、二人で、世界をもっと平和に、さ」
震える声を必死に吐き出しながら、出そうな涙をこらえて艶香は言う。
それに、ミカも悲し気な表情を浮かべた。
「……残念じゃが、それもできん。表に出て動けば、どのみち人間は呪われるよ」
「そんな……!」
「……じゃが、艶香は違う」
ミカは呟く。意を決したように顔を上げ、髪の毛が柱となりミカの身長を押し上げて、艶香と同じ目線に立たせた。
「艶香、徐々に強くなる髪人形の傍にいて、怪異を祓い、分厚い霊力に守られているお主は違う。あなただけが、私の傍にいられる。私の傍で生きていける。……二人きりで生きていきましょう? 私と、あなたで」
「……何言ってるの?」
「どうせ世界中の人間は全て呪われて死ぬ。その中で私とあなただけが生きていくの! それって素敵じゃない!? 表に出て、私、自分のスマホを買う! コーラも飲めるし、ポテチも食べ放題! ステーキも食べてみたいし、お寿司に、ハンバーグ、ケーキ、リンゴっていうのも食べてみたい! どうせ世界が滅ぶんなら、私は艶香と一緒に、表の世界を――」
「ふざけないでっ!!」
ついに我慢の限界が来た。
「そんな自分勝手許されない! だいたいミカにとって私はなんなの!? 髪人形を回収してくれる、封印を解いてくれたちだの間抜けな操り人形!? そんな、そんな……」
艶香にとってのミカはもうかけがえのない存在だった。涙を流しながらその宣告を待つ。
ミカにとっての艶香は、なんなのか。
ただの一人の小娘に、ミカはなにを思うのか。
「……かけがえのない存在、私にとってただ一人の人」
ミカは静かに呟いた。
そっと小さな体で精一杯に艶香を抱きしめる。
「三百年、一人だった。呪い、呪い、呪い続け、呪うことさえ忘れた私にとって、同じ目的を持ち、共に喜び、励まし合い、悲しみ、行動する、初めての人」
どこまでも軽はずみで、人の命さえどうでも良さそうだったミカが初めて真剣な面持ちで真摯に向かっていた。
その瞳は、泣きそうな子供のような、恋人を見る乙女のような。
「愛することを許せ。人の営みを見守り続けることしかできなかった私にとって初めての人、私はあなたを愛しています」
真剣な空気は艶香の返答を遅らせる。あまりの落差に言葉が出ない。世界の命運のような話をしていたのに、だって今のは、ただの少女の愛の告白だ。
「……えっと……」
「本気だから。私がその気になれば、本当に封印を解いて暴れて逃げようと思えば、魔本を回収した時点で可能だった。……艶香を抑えて、外に逃げることもできる。でも、それをしないのは、信頼と愛があるから。艶香にはきちんと全てを話すこと、艶香に理解してもらうこと、それが私の愛。私は私の感情を裏切らない」
ミカの感情が確かなものであると、ひしひしと伝わってくる。現に今のミカなら、艶香を殺そうと思えばそれができる。けれどずっと孤独だったミカにとっても艶香はもうかけがえのない存在なのだ。
「初めて呪い以外の感情を教えてくれた人。……答えを教えて」
「……封印されるべきだよ、ミカは」
「……いや、その、封印されるべきかどうかじゃなくて、二人で生きていくかどうか、で、そういう答えは求めてないっていうか、つまり、私に殺されるか、私と生きていくかだから、そのどっちかになるっていうか、だったら、私と生きていく方を普通選ぶと思う、んだけど」
声を震わせながら、しどろもどろにミカは言い切った。正直その答えは予想だにしていなくて、封印されるべきなんて答えが艶香から返ってくると思わなくて、気持ちが変わらないか期待しながら、答えを待つ。
「私が封印されて変わる? だってどのみち髪人形に呪われるか、私に呪われるかの違いだし……」
「……私、会いにくるからさ、ここにいたらいいじゃん。スマホだって食べ物だって、きっと融通してくれる」
「待って。そんな言葉は聞きたくない。私は自由になれた! 艶香と! 外に行きたい! この身で! ツミなんかじゃなく、二人で外を歩きたいだけ! それがいけないの!?」
「……ごめんね」
ミカの叫びにも、艶香は色良い返事を返せなかった。いかに怪異『髪人形師』が危険であるかをようやく実感してしまった。本来、彼女こそ、ミカこそ今まで出会った怪異以上に祓わねばいけない存在だった。
封印されてなお最悪、そんなミカにかけられる最後の情けが封印状態なのだ。
交渉は決裂した。
少女たちは沈黙の中、ただ時間が過ぎるのを待っているようだった。
それは二人の思い出を振り返るには充分で、決断をするにはあまりに足りない。
殺すか、殺されるか。




