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勇者本殿3

 時雨家。この辺りでは天神の次に大きな家である。と言っても一般の範疇にとどまっている。

 怪異祓いの業界でも最大手、最強の天神も人は少ない。そもそも怪異というものが減ったのだ。怪異祓いも減って然るべきであろう。

 ここは本家で、分家は山ほどある。目良実や神貴が死んでも後継はいる。

 といっても曲がりなりにも本家、秋堂は緊張しながらチャイムを押した。


「はいはい。目良実は地下です」

「……誰?」

「家内です」

「えっあいつ女いるの!?」

「私です」


 黒い髪を短くまとめたこけしみたいな女だった。夫婦は似るというが、目つきの悪さがちょっと似ていた。

 夜遅くというのに、わざわざ出迎えてくれるというのは、旧態依然というか、秋堂はそういうのが嫌だった。遅れているというか、そもそも危険な仕事だから奥さん作りたくないし、作ったとしても家で自由にしてほしい。というか奥さんいるのに怪異祓いなんて仕事普通しなくね?

 なのに子孫を残すべく結婚は奨励されている。それが怪異祓いの業界。

 くどくど文句を並べたてたが、秋堂はそういうのが嫌いなので、時雨目良実もそういうのが嫌いだと思っていた。あいつは天涯孤独で黙々と警察と祓い師をするような正義漢だと思っていた。むざむざ妻と子を危険に曝す真似など。

 目良実の妻に案内されて、屋内に入り、地下の閉じられた部屋の前に来た。

 天神家にもあるらしいが、金持ちはどうしてこう地下に秘密の部屋を作りたがるのか、と秋堂は呆れる。寺で修行の日々だった分、猶更。

 寺は金がなかった。タンパク質は大豆由来の製品ばかりだったし、ロカルドが腕みたいに分厚いステーキを食べている時は驚いたものだった。


(くれない)です。秋堂様がいらしました」

「入れてください」


 屋内でやる作業じゃねえ。それさっきの玄関のところでやろうぜ、と思った。

 あと、目良実の前では丁寧な感じなんだな、とも思った。

 そして部屋に入って、秋堂は今までの雑念の全てを祓われた。


「汚いもの見せてすみませんね。天神さんとは既に連絡しています。怪我してますね。紅さん、治療道具をお願いします。……少し、私も時間をもらいます」


 ――全裸の目良実の肉体は、薄汚れてどこか不健康そうな外見とは裏腹に、ガタイは秋堂よりもよく大胸筋が汗に濡れている。

 太い足もそうだが――言葉をなくさせたのはその奇妙な文様だった。

 胸から腹にかけて大きな楕円、右の太腿、左の脛、右腕。

 そして今、目良実は自分の舌に万年筆のようなもので器用に描きこんでいる。それ専用の奇妙な形をした鏡を使って、自分の舌に。


「……タトゥーつける警察官なんて嫌でしょ? 私もそう思います。今までそう思って、まあ指印(しいん)祓いしかしてなかったんですが」


 印。

 印祓い師。


「今までずっと手抜いてたってのか?」

「リスクとリターンです。警察やってる傍ら祓い師をしているんです。怒られちゃいますよ、こんなに印を刻んだ警察官」

「だったら……」

「責任、感じてます。別に拳銃握ってる警察は私以外にも山ほどいますが、もう警察で私にしか任せられない仕事ってのも増えてきましたし、臭いものに蓋し続けてましたから」


 目良実は秋堂の言葉に答えながら、鏡を使って舌にできたまん丸の文様を確認した。いい出来だ、と自己満足。

 そして最後に、コンタクトを外し、奇妙な文様の浮かぶ左目を見せる。


「準備完了です、天神さん」

『……『牙歯美姫』は祓った。『腹切童子』、『三兄弟の花子さん』、『動く森』、『モグラ婆』も同様に』

「流石です」

『『電信柱で踊る大男』はまだだが、もう戻っている途中だ。現地の者に任せる』

「報告しておきます」


 秋堂は圧倒されてしまって、言葉をなくしていた。これが家を持つ者の責任感か……なんて独り身の自分を不安に思ってしまう。いや自分だって大切な相方と一緒に仕事をしている以上うんぬんかんぬん。


「て、天神さん。もう戻っているって、そこまですることですかね、やっぱり」

『意味を聞く。秋堂、相手は髪人形師なのだろう?』

「いやそうですけど。小さい女の子でしたけど、そいつ自身はそんな強すぎるってわけじゃないですよ。あんま見たことない透明な霊力でしたけど」

「上山艶香ですね。髪人形を持っていたのと、変な霊力だったのでよく覚えています」

『……! 艶香だと!? 家族を怪異に殺され、先日引き取った少女だ』


 話は一瞬で繋がった。髪人形師を封印している天神家の少女、それ以外に答えはない。


「どこに行ったか、わかればぶっ殺せるな」

『馬鹿者! 艶香は記憶喪失の状態だ。怪異に利用されているだけに過ぎん。状況がわからん、最善はなんだ、目良実』

「……、そうですね。所持している髪人形を祓い、少女を保護する」

『……最悪の場合、艶香が死ぬこともあるだろう』

「……えっ?」


 電話越しの声に秋堂が聞き返す。

 少女に対してひどい言葉をかけたのは自分だが、それが天神の口から出るとは思わなかった。

 それも、死ぬ、などと。


『髪人形師は封印せねばならない。祓わなければならない。……艶香には悪いが、どんな手段を用いてでも祓われなければならないのだ』


 ――秋堂はまた考えを改める。家を持つ者の責任などクソだ。怪異を祓うのは人を守るためだ。無垢とわかっている人間を殺してしまってでもなど――。


「秋堂さん、結局その少女がどこに行ってしまったかはわかります?」

「いや……戻ってきた時には何も」


 治療を受けながら秋堂は答える。たとえ知っててもお前らには教えてやんねえ、と思っているが。


「『KEEP OUTの理髪店』と『女の人体模型』に現れた……、天神さん、この周辺で怪しい場所ってあります? 少し遠くても」

『……『廃病院の口裂け女』、『ナイトミュージアム』、少し遠いが『勇者本殿』……くらいか。場所が固定されているものは』

「そういえば昨日『ナイトミュージアム』の人だかりも怪現象もなかったそうですよ。……行ったんですかね、彼女」

「……じゃあ廃病院か勇者本殿」

「私が勇者本殿に行きます。一人祓い師を監視につけてますし、車があるので。秋堂さんは確か仮免で落ちたんですよね。うふふっ!」

「うるせえそれは言うな! あの意地悪問題みてえなことしてくるのが悪いんだよクソッ!」

「今度便宜を図りましょうか? 交通課って割と免許センターと顔が効くんですよ」

「お前警察官がそういうことを言うなよ! 廃病院行けばいいんだろ行けばっ……! いてて……」

「怪我をしているんだから興奮しないでください」


 紅がそっと耳元で囁く。色っぽい仕草のようだけれど、こうしているとどうにも女版目良実という感じがして気分が悪い。


「廃病院はそう遠くない。紅さん、タクシーを呼んでください。私はもう向かいます。いいですね、天神さん」

『……会敵したら連絡をくれ。連絡がなかった場合、天神家の髪人形師の場所で待機する』

「はい。では秋堂さん、また」

「お、おい」


 秋堂が食い下がるが、目良実は真夏にも関わらずコートを着ながら部屋を出た。

 急がねばならないのはわかる。だが危険を伴う仕事を前に、挨拶が淡泊すぎる。

 ロカルドは、瀕死なのだ。誰だっていつ死ぬか分からないような仕事なのに、あまりに冷たい。


「……なんであれと結婚しようと思ったんだ?」

「目良実ですか? 財産はたくさんあるし収入もあって、しかも物静かでいい人ですよ」

「物欲か!? なんつー女……」


 紅はべしん! と傷口に包帯を叩きつける。


「いって!」

「とっとと病院にでも行って来たらどうです? 廃病院、行くんですって」

「お前……嫌な奴だなぁ」

「目良実は笑って許してくれますよ」


 言いながら、紅はにっこり笑った。愛嬌のある生意気な笑顔だ。

 そういえば、目良実はさっき笑っていた。仮免落ちたことで。


「……のろけかよ」

「ええ」


 女の人体模型に傷つけられた体は万全ではない。

 だが廃病院の口裂け女なら、流石に見間違えることはない。語祓いは通用する。

 問題は少女、と息巻くが、秋堂はそこにはもはや何もいないことを知らない。


 勇者本殿が祭られている『勇気神社』、そこにいるは監視の祓い師と警察の祓い師。

 そしてY市に戻ろうとしている現代最強とされる祓い師。

 役者は揃う。あとは時が来るのを待つだけ。

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