勇者本殿2
冬月夜麻音の存在は、艶香とミカを大いに驚かせる。
艶香さえ知らない艶香の過去を知る少女。それに対する興味は怪異そっちのけで最高潮に至る。
「私のこと知ってるの⁉︎」
「当たり前でさぁ! 方時も忘れることはありません! 昼間高校の最強・最恐・最凶の女上山艶香! またの名を『鬼神姫』と言えば艶香様のことです!」
ーー冬月夜麻音の存在は、艶香とミカを大いに驚かせた。
「……なんて?」
「聞き取れませんでしたか、艶香様?」
「お、折り紙姫、かな? あと、その艶香様っていうのやめてくれる?」
「すいませんでした、姫ぇ!」
「いやぁーっ!」
『クカカカカカカッ! カハッ! ひゅー、ひゅー、ば、ばかなこの私が、人間に……クッ、クカ……」
「わ! なんすかそのキモい人形!」
『誰がきもいじゃと!?』
樹海の中で楽しそうな声が響く。束の間の娯楽であった。
互いにどんなことがあったのかを話し合う夜麻音と艶香らであった。
艶香の怪異という話も到底信じられないものであるが、それに対して夜麻音は特に何も言わない。
むしろ、艶香の方が夜麻音の話を信じられない様子だった。
「……いや艶香様は嘘つきませんし。嘘吐くっていうのは弱いやつがすることだっていっつも艶香様言ってますし」
正直リアクションに困るところだった。ただ夜麻音が恨めしいとか憎いという感情ではなく、憧れや友情からそういう風に言ってくれているようなので艶香は渋々認めた(そう思い込んだ)。
「艶香様の口癖ですよ。こう拳をぐっと見せて『黙らせんぞ』っていうの」
「嘘だ……」
「高校にある窓ガラスとへこんだ壁、全部艶香様が殴って壊したんです。十七はあったかなぁ」
「嘘だ……」
「みんな恐れてましたけど、あんまり強くてかっこいいからみんな憧れてもいましたよ。鬼姫、鬼神、もう神って呼ぶ人もいましたし」
「嘘だ……」
それはないだろう。としか言いようがない。もしやこの少女が怪異なのでは? こうして精神攻撃を仕掛けてきているのでは?
そんな疑いさえ持ち始めたが、ミカが『いや怪異でなし』というのでぐむむと黙った。
「……記憶がない、って本当なんですね。別人みたいです、鬼神姫」
「待って、まだ受け入れられてない、それ」
『そうは言うが、気付いておらんのか艶香?』
ミカが不穏なことを言い始める。鬼神姫、それに何か心当たりがあるとでもいうのか。あるわけがない。
『お主、ソシャゲのキャラ名もなろうのアカウント名も『オニヒメ』になっておるぞ』
「いやぁぁぁぁぁーっ!!」
それは見ていなかった。メールを軽く確認したくらいでスマホは見ていない。なんせ記憶喪失と両親の死亡のせいで喪失感の中、茫然としていたらミカと出会ったのだから。
知らなかった、予想だにしなかった、自分が恥ずかしいキャラ名をつけているヤンキーだったなんて。
「……本当、なんだ、私が、鬼神姫……」
「……本当に記憶がないんですね、艶香様。今日は私を殴らないし」
「な、殴らないよ!?」
殴って当然、みたいな言われ方をするとまた焦る。自分がどんな人間だったのか、想像しただけでゾッとする。
「……どうしてこのY市に来たか覚えてますか?」
突然雰囲気を変えた夜麻音の言葉に、艶香は詰まりながら答えた。
「それは、天神のおじさんが親戚だからって引き取ってくれただけで、目的なんかないよ」
「……そうですか。じゃあここに来たのは?」
「それは……」
「『勇者本殿』ですよね」
一瞬詰まらせた言葉を、あっさりと夜麻音は吐き出した。願いを叶える怪異に話は戻る。
「私は、艶香様を連れ戻そうと思って願いを叶えに来たんです。てっきり、艶香様がご両親を殺害して少年院にでも引き取られたのかと……」
「ちょ、ちょっと待って!?」
にわかに受け入れがたい言葉がぽこぽこと飛び出してくる少女との会話に、ついに待ったをかけた。その言葉はさすがに聞き流せない。
「私が親を殺した!?」
「……ひどく、恨んでいました。親からは忌み子なんて言われて、虐待めいたこともされて……私にはよくその話をしてくれたので」
「……だからって、殺すなんて……」
「殺してやりたいっていつも仰ってました」
言葉にならない。まっすぐすぎる夜麻音の瞳は、艶香に言葉を返させない。
「……私は、鬼神姫が大好きでした。だから、だけど、きっと艶香さんは記憶を取り戻さない方がいいんでしょうね。その方が、きっとお幸せになります」
「……う、うん……」
素直に納得した。思い出さない方がいいこともある。人間はそういうものなのだろう、と納得できた。
ミカは、その話を神妙な面持ちで聞いていた。
親からの虐待――そして最強で最凶なんて呼ばれ方。
おにかみひめ。上山という名字を聞いた時も一瞬だけ考えはしたが、天神との血縁関係も遠巻きながらあるという。
(……そもそも霊力が強いと思っていたけれど。そういう家系か)
祓い師に向いていてよかったね、なんて言う気にはなれなかった。きっと元の艶香にとって忌むべき家であるし、そもそも祓い師なんて危険な仕事をさせたくはない。
何より現代の祓い師は――多かれ少なかれ、御首の血筋もあるかもしれない。
(カミ、カミ、はぁ、孫娘のように見えてくる……)
三百年も離れているのだから、何も気にすることはないけれど。
自分の過去で手一杯な艶香は気付きもしないが、またミカは隠し事が増えてしまったと一人嘆くのであった。
「……にしても夜麻音、よくすんなり受け入れられるね。怪異とか髪人形とか……」
「いや鬼神姫ならそれくらいしてそうですし」
「しないよ普通!!」
鬼神姫をなんだと思っているのか。艶香はただただ叫んだ。
―――――――――――――――
誰も目を合わそうとすらしない。
見ることさえ恐れる。
もし万が一目が合ったなら――
「おい」
言葉を聞いた瞬間に、頭を下げるか殴られるか。
鬼神姫と呼ばれた少女はもはや手がつけられない不良――いや犯罪者で、高校どころかその地域すら我が物顔で歩いていた。
相手が刃物を使おうが何をしようが殴りがっていた。
有名なエピソードは柔道部の男との戦い。
身長は自分より二十センチ以上高いやつで、何度かやった時は艶香の圧勝であった。
だがある日、柔道部の男が艶香を押し倒す。
そのまま、強引に服を脱がそうとしたのだ。
不良に対しての犯罪行為、男が女を、道徳的に倫理的にどうかなど、その場では何の意味もない。ただ力が強い者、弱い者しか存在しない。
「へえ、見たいんだ?」
興奮する男を前に、艶香は挑発するように自ら服を脱ぐ。意外とある胸に、鼻の下が伸びた時。
二本の指がその男の目を貫いた。
「焼き付けたか? 最後に私の裸が見られたんだから上等だろ」
悶絶する男に馬乗りになって艶香は殴り続けた。誰にも見せることがないだろう自分の裸を、誰に見せても恥ずかしくない。むしろそれを利用して当然だと言わんばかりだった。
男は失明には至らなかったものの、顔面の骨折と入院で退学した。
それ以来、誰も鬼神姫に逆らうものはいなかった。
「ねえ先生、別に何を言おうとしているんですか?」
一人の教師がどうにかできるわけがない。
「だって先生、何か言おうとしているじゃないですか? あははっ! 何か言ってみたらどうです? 誰だって、そうですよね。何かしようとして、何かする。何かしようって、まず思わないと。思ってますよね。私もです。私も何かしようかなって思ってます」
誰が逆らえるのか。大人であろうと子供であろうと、男であろうと女であろうと、逆らえる者はいなかった。
「言ってみてください、先生。先生が行動したら、私も何か行動するかもしれません。ねえ、ねえ」
教員は、自分の傍に近づいている艶香の拳にしか目がいかない。
「な、なにもないです……」
「あ、そう」
艶香がそのまま教員の腹に拳をぶつけると、教員は痛みのあまりに失神した。
殴った理由は特にない。それが許されるのが『鬼神姫』艶香であった。




