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女の人体模型6

 理科室。

 掲示されたポスターや元素周期表があったり、普通の人体模型が置いてあったり。特徴的なのはホースの繋がった水の勢いがすごい蛇口、ではなく。

 入口から入ってすぐ左、理科室ではなく理科準備室がある。そこから如実に何かを感じ取った。


『左だ』

「わかってる」


 ミカの言葉を聞く前に、艶香はドアノブを回していた。

 ――なぜだろう、怖くないのは。

 安置されているだろう髪人形はもう見知ったものだからか。それとも、ミカ、ツミが傍にいるのがこんなにも心強いからか。

 それとも、自分自身で何かを成し遂げたから。

 そんな自信は、あっさりと打ち砕かれた。


「ひっ……」

『ツヤカ……落ち着いて、深呼吸して』


 赤い。一面の赤。

 星の光も届かない一室でそのどす黒い霊力と血塗られた室内、腐敗臭が鼻を突き胃の中のものがこみあげてくる。

 深呼吸などできるわけもなく、艶香はすぐに理科室側に戻った。いくらか匂いはマシになったが、目の前の光景は瞼を閉じても焼き付いている。

 ところどころ、赤くない場所がある。部屋の内装は一様で赤くない場所には共通点がある。

 床や机の上には、理髪師がいた被服室同様に肉片が落ちている。

 それが色とりどりなのは、動物の死骸や人間の肉片だからだろう。

 他に色のない場所は古びた紙片のようになっていた。日の光を浴びてくすんだ古紙のようになっている。

 艶香が勇気を出して踏み出す。血で汚れていない紙の一部を見た。


「……新聞記事だ」


 艶香とて見ればわかる。規則的に並んだ文字、他のところに目を当てても見出しだったりと新聞記事であることに違いなかった。

 そして、血で汚れている部分も新聞記事が敷き詰められていることがわかる。汚れているからわかりづらかったが、パッチワークになった紙片が全て、床も壁も新聞記事で覆われている。

 文字を追うと、それがある女性に関わる殺人についての内容であることが読み取れた。


「……御髪夜見(みかみよみ)

『調べる』


 迅速な言葉を受けたが、艶香は待ちきれずに理科準備室に再び入った。血生臭さと薄暗さはあるが、懐中電灯は常備している。何度か傷ができ、ガラス面も割れてしまったが、灯りはつく。

 壁面をよく見ると、棚がある場所などは血濡れの新聞紙に覆われているものの、構造はわかる。どこかに何かはあるのだろうが、この呪物めいた新聞紙がそれを覆い隠しているのか髪人形の気配はなかった。

 逆に言えば、この全てが呪物、この全てが怪異の気配を発しているのだ。

 だが艶香は髪人形を探して、そうしているわけではなかった。その新聞記事が気になっていた。

 御髪。ミカミともミグシとも読める名字。奇しくもミカと同じというのは偶然とは思えない。

 殺されたのはそれほど昔ではない。それはインターネット掲示板にも書かれていたことだ。

 殺される前に暴行を受けていたこと、死体まで弄ばれたこと、凄惨な事件でありながら犯人は自殺し動機さえわからなかったことなどがなんとか読み取れる。

 そして、それはミカからも同様のことが伝えられた。


『事件の解決方法も弱点もわかりそうにない。だがここに髪人形があることは確かだろう。戦って、探すんだ、ツヤカ』

「……うん」


 かわいそうだと思った。けれど女の人体模型は、もうその殺された人間ではない。数多くの人間に恐怖を与え命を奪った怪異、同情心があるのならば祓って止めるのが一番なのだ。

 場所は、きっとそう多くない。新聞紙が敷き詰められた空間で、棚になっている部分のどこかだろう。不自然に盛り上がった場所はないが、棚になっている部分の新聞紙を剥がして探していく。

 木製の引き戸を開けて、中にはホルマリン漬けの動物の死体がある。眼球や内臓に一瞬怯むが、いまは一刻も早くこの空間を清浄なものにしてあげたいと思った。

 一つ。二つ。棚の中を散策していく。そして三つ目に差し掛かった時――


『……ツヤカ、来るぞ』

「うん。私にもわかった」


 異なる二つの怪異が、一斉にただ一つの理科準備室の扉から――

 扉から、入ってきたのは肉片のこびりついたマネキンの首の集団だった。

 まるで無機質なマネキンを紙粘土で肉付けするような醜悪な状態に、一瞬怯む。

 ツミが髪を伸ばし新聞紙を剥がしながら棚の扉を開く。その瞬間、棚の中からも強い気配が出た。

 髪人形、だけではない。小さな棚の中から両腕だけがぬるりと飛び出た。


『既に来ておったか!? 挟み撃ちになっている!!』


 それは、予想できなかった。

 入るはずのないサイズの棚の中から、両腕を使って強引に這い出した。

『女の人体模型』、そう称される怪異となった御髪夜見が、その血染めの空間に顕現した。


『これでは髪人形を奪えん、一旦距離を取る!』


 ツミが髪の毛でマネキンの首を祓う。だが肉片はマネキンと別、それらは艶香を無視して人体模型の体に付着していく。傍で体を集めて力を増していく。

 逆に今取ったのが失策だと気が付いた。このままでは夜見はますます力をつけて髪人形を守り続ける。

 それに、こうしてジリ貧になってしまうと。


『バッサリ短クシテオキマスカァァァァアアアア!?』

 

 合流してしまった、最悪の形にどう対応するか――

 気付いた瞬間には、殺人理髪師の頬に拳が突き刺さっていた。

 首がひん曲がり壁に打ち付けられた殺人理髪師の視認に一瞬、振り返れば腕のない人体模型が肘を使ってカサカサと殺人理髪師の方に向かっていた。

 ツミも、艶香も無視して、その方向にだけ。


『オ、オ、オ、男ハ死ネェェェエエエエエ!!』

『カ、髪……髪ニンギョッ……』

 

 夜見が理髪師の首にかみつき引っ付く。

 恨み――。

 口裂け女の時は呪いをかけていた。自分を殺した手鏡と髪人形を基本に行動していた。

 理髪師は髪に執着があるようだった。

 そしてこの人体模型は。

 男。

 秋堂を狙い続け、いまこの場に至っては理髪師に襲い掛かっている。生前の最期のせいで、それを最も執着し行動している。

 ツミが髪を伸ばす。髪人形に触れると、その髪人形から力は失われ、髪はツミに吸収されていく。


「……お、終わった?」

『ああ。これで放っておけばあいつらは勝手に……』

『ギ、ギエアオオオオオオオ!!』


 けたたましい叫び声をあげて理髪師が逃げ出す。唯一の扉の方へ一心不乱に駆け出した。

 また逃げられる。安堵するのも束の間、あいつを放っておけばまたどこかで陣地を作り人を襲うかもしれない。追いかけようと艶香は動こうとしたが――。


『ミ、グ、シ?』


 ピタリと張り付けられたように、艶香の足は止まった。

 ミグシと言った。怪異夜見の名字はミカミなのに、彼女はミグシと言ったのだ。


「なんで、なんでミカの名字を!?」

『ミ、ミグシ、ミミミミミグググッググシシシシッシヒヒヒヒヒッヒヒ、ヒ……』


 臓物が蠢く。まるで体中の部位が全て生きているかのようにぐちゃぐちゃになりながら女の人体模型は蠕動しながら――、同時に部屋中の新聞紙が突風に吹かれたようにはためきだした。


『アアアアアアアアアアアアアアアアア!! ミグッ……』


 髪人形の伸びた髪が鋭い刃のように人体模型を切り裂いた。三等分にされた人体模型は苦痛に叫びながら、それぞれの細長い体をミサイルのように、艶香に向けた。


「ちょっと、ミカ!?」

『馬鹿者! いかにもヤバかっただろう! 攻撃せねばやられるぞ! あれはまだ健在だ!』


 そうミカは言うが、今のはまるで口封じするような……。

 だが確かに人体模型は崩れるどころか、その力を増して左腕部、頭部、右腕部の三等分された体を三つの槍のようにして体を向けてきている。その全てを防ぎきるなどできるのか。

 体を射出する。そんな状況、霊力が高まり新聞紙が体に張り付いてくる中。

 体の三分の二が、扉の方を向いた。

 逃げ出すのか、そう思ったが違う。

 人体模型の左腕部と右腕部は扉の外――やっと追いついたロカルドの方を向いていた。


「にっ、逃げてっ!!」

 

 間に合わない。咄嗟に、艶香はツミをロカルドの方へ投げつけた。


『ツヤカ!? 何をして……!!』

「守ってミカ! こっちは、私が……!!」


 ミカが行動をあぐねているうちに、人体模型の体はそれぞれの方向へと発射された。

 怪異理髪師の首さえ捻じ折る力は、ロカルドが急ぎ作った壁をあっさりと粉砕し――

 ツミの判断で槍状になった髪が二本の腕を貫く。どろりとした黒い血が流れ落ち力が弱まるが、勢いは死に切らず――右腕がロカルドの腹に突き刺さった。

 それを艶香が見る余裕はない。髪を振り乱し睨みつけてくる女の人体模型の頭と胴体が向かってきているから。

 怖い。死にたくない。そんな感情もなくはない。

 ただそれ以上の高揚感は、もはや艶香自身に説明できることでもなかった。

 できる気がしたのだ。

 両腕をクロスさせて頭を守る。ただ恐れているのではない、体中にあるという自分の霊力も感知できるような気がしていて、それを両腕に集める。

 ぶつかる瞬間、人体模型の勢いが減った気がした。

 結果、艶香は動くことなく、人体模型夜見の頭は吹き飛んだ。


『ミ、グ、シ……』


 頭部がなくなり、もはや下顎しか残っていない状態で、それだけを呟く。

 そして、人体模型は完全に祓われた。

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