女の人体模型5
壁間と呼ばれる術で廊下中に壁を作っていたロカルドは、ようやく窓を割り運動場に脱出した。
殺人理髪師は配下のマネキンの首を総動員するが、見えない壁がどこにあってどこにないのかがわからずに手間取っている。
それでも、人体模型と戦う秋堂の元に辿り着くまでにマネキンの首が二つほどついてくる。
「アキドー! 何手間取テイル!」
「ロカルド無事か! やはり髪人形は強靭だ、俺の技が効かん! そっちは……マネキン、つまり人形! 髪人形か!」
戦いながら秋堂は叫ぶ。人体模型の爪をはじき距離を開けながら、マネキンの首に向かって術を飛ばす。
「『髪人形の首よ、散れ!』……やはり効かんか!」
「髪人形違ウ! 髪デ出来テナイ!!」
髪人形は髪の毛だけでできている人形のことである。それくらい共通認識だと思っていたロカルドが怒りながら叫ぶ。そんなくだらないことで分断され手こずっていたなど時間の無駄、命の無駄。
だというに秋堂は驚愕しながら、やり直す。
「マジか!? じゃああれはなんだ!? 『生首、散れ!』『人形の首、散れ!』」
言い方はなんであろうと、マネキンの首は二つとも爆散した。所詮は理髪師の作ったザコである分効き目は桁違いである。
その間、人体模型の追撃をロカルドは壁で防いだ。鉄壁の防御と語祓いの攻撃力を利用したこのコンビは本来二人でこそ安全で確実に怪異を祓うことができるのだ。
「『女ノ人体模型』、アキドーガ言ッタ!」
「そうだった! 『女の人体模型、散れ』」
六甲錫杖を掲げ、壁でなおも動きを封じられている人体模型は、爆散した。
マネキンのように首は飛び、両腕は散らばり内蔵が辺りに散らばる。そんな肉片も壁に阻まれている限り二人には届きえない。
「最初カラシロ、アキドー」
「いやまだだ。手応えが弱い。元から体がバラバラになる怪異だから再生するぞ」
「Is it alive?」
「え? ああ、うん。生きてる生きてる。いや死んでる? あー……ムーブムーブ! デンジャラス! オーケー!?」
「Sure」
仲が悪いわけではないが、時折会話が拙くなる。秋堂は英語が下手だしロカルドは難しい日本語が苦手だからである。互いに平易な言葉遣いを心掛けているが――閑話休題。
既に女の人体模型の肉片は動きだし、東校舎からは随時マネキンの首が飛んでくる。
「アキドー、髪切リ屋ダ。『KEEP OUTの理髪店』ノ」
マネキンの首を狂いなく叩き潰す秋堂は、その言葉を神妙な面持ちで聞いた。思い込みが激しく、この仕事でもミスを連発する秋堂であったが、出てきた言葉は冷ややかなものだった。
「目良実のやつ適当こきやがったな。何が怪異は消失した、だ」
「移動シタカラ消エタ、ダロウ」
「なんで怪異が移動すんだよ。どう見ても場所に未練たらたらの怪異がよ」
怪異が移動するというのは珍しい話ではない。都市伝説のような風説は各地で見られるものだ。
だが殺人理髪師は典型的かつ凶暴な地縛霊、移動させられようものなら抵抗するし、自分から移動するわけもない。
考えられるのは、より強大な敵と出会いやむを得ず移動させられた場合しかない。
「目良実がしくじった……んじゃない。あの腑抜けがそんな危険は冒さねえよな。目良実より先に誰かが中途半端な浄化をした。天神さんじゃねえとしてそんなやついるか? ロカルド」
「No。誰ニモ話サズ、戦ウ、アリエナイ」
「だよなぁ……」
二人の思考は責任問題に傾く。表社会に出ない怪異を祓う祓い屋たちは、きちんとルールの下で戦っている。
それが、中途半端な除霊で危険を新たに発生させるなど、以ての外だ。大した報酬もない、利益もない慈善活動だからこそわざわざ一人で除霊する危険を冒す者などいるはずもないのだ。
強いて言うなら名声はある。だが業界最大手の天神神貴こそ、そんな手緩い真似はしないだろう。
天元の一派は宗長が先日死亡しそれどころではない。
怪異がいないと報告した目良実はそんなもの興味ないだろう。ただ事実として報告した、それだけの男だ。
いや、だが、しかし、そういえば目良実が報告してきた時に何か言っていたような。
『KEEP OUTの理髪店なんですが、怪異、いなくなってました』
『なに? 自然消滅するタマじゃねえだろ。誰が?』
『さあ。男性一名死亡、男性一名逃亡、女性一名保護。ありがちな肝試しかと。霊力の残滓も徐々に消えていくだろう』
『肝試しのお守りグッズで倒せる奴でもねえだろうが』
『わかっています。ですが単に逃亡したにしては場の喪失感が強い。何かが無くなったのは間違いないです』
『……信じていいんだな?』
『ええ。あとは少女が……うーん、いや何でもないです』
『じゃあ切るぞ。こっちも忙しいんだ』
こんな程度の業務連絡はしょっちゅうある。それこそ目良実以外の人間からも、また目良実以上に上昇志向が強く話を盛るような奴もいる。
命がけの慈善活動のくせに警戒に値する人間は山ほどいる。その点目良実は自己の欲がないためにそれほど警戒していなかった。
女性一名保護。つまりその場から逃げていない女がいた。
しかも、少女と言った。
情報と状況がリンクする。先ほど、見た少女。髪人形師と呼んだ少女。
「ロカルド! あの女はどうした!? 髪人形師!!」
「No、She is not. 髪人形師、違ウ。気配、怪異違ウ。逃ゲタ」
「んなわけあ……あるか?」
髪人形師の語祓いが効かなかった以上その可能性を一瞬考えて躊躇するが――
「なわけない!! 『髪人形』で反応したし、あの人形には馬鹿みてえに強い霊力もあった!! あれがなにか知ってるに間違いない! どこ行った!?」
「……二階」
ロカルドも言われて思い返せば怪しいところはある。怪異から逃げて逃げて二階に上ったと思ったが、他に目的があった。
ロカルドが先に西校舎に入っていたのは、女の人体模型のことを探して『理科室』に行くため。
それにすれ違った時、色味は感じなかったが強い霊力を感じた。傍の理髪師のせいかと思ったが。
「あいつ、そもそも逃げずに西校舎に入っていったぞ!」
「理科室! ダ!」
二人の意見が合致すると同時に、女の人体模型の体が震えだす。
同時についに殺人理髪師が運動場に姿を現したところで――。
二体とも、消失した。
唐突な喪失感に虚を突かれたが、さらに凶悪な害意を校舎の方から感じ取った。
「……何か、あるぞ! 行くぞロカルド!」
言わずもがな、二人は駆け出した。




