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女の人体模型4

 ミカがいない。

 ミカの声がしない。

 ツミもいない。

 もう助けてくれない。

 孤独。

 暗闇。

 静寂。

 錫杖の弾きあう音だけが響いている。

 寒い。

 一人だ。

 孤独だ。

 寂しい。

 怖い。

 足が竦んで動けなくなる。ミカがいない、それだけで目も見えず耳も聞こえなくなったかのような錯覚に陥る。

 初めて気が付いて茫然自失としていた時は天神神貴に、それから気づいてからはミカに、ずっと支えてもらっていた。

 それなのに、こんな危険な状況で完全に一人きりになってしまった。

 心臓が鳴る。

 心臓の音しか聞こえない。

 いつ、どこで何が来るかわからない。

 ふと上を見上げた。殺人理髪師がいたら、そう思うと目が離せない。

 けれど秋堂は不意に横から人体模型に襲われていた。ならば横も。

 階下からは秋堂と人体模型の戦う音が聞こえている。けれど校舎からロカルドたちが追ってくるかもしれない。

 西校舎に行けば即座に二体の怪異が襲ってくるかもしれない。けれど東校舎に戻れば確実に理髪師とロカルドの戦いに巻き込まれてしまう。

 自分には何ができるのだろう。今の自分はただ恐れているだけのか弱い少女だった。

 己の人生を振り返ろうにも記憶がない。スマートフォンの中身を見たって何もわからない普通の少女のようだった。

 神貴も何も言わない。ミカだって知る由もない。

 今までの人生は、ミカと出会ってからの日々だった。

 怖くて、けれどミカがいるから安心できて。

 動けないミカの代わりに怪異を祓って、彼女の手伝いができることが嬉しかった。怖くても、なんとか頑張れた。

 ツミが自分を守ってくれて、安心できた。

 恐怖の中で自分の命の価値を知った。自分が生きる理由を知った。その中で助け合える二人の仲間のことを尊く思った。

 今の自分には――何かがあるのだろうか?

 ――死ねない。

 動けないのは、死にたくないから。

 ミカと会いたい。ミカと話したい。死ぬわけにはいかないから動けない。

 死にたくないから、他にできることはないか。今自分にすべきことはないか。

 怪我はできない。怪我をするというのは続ければ命を失うことになる。怪我をするならば、それなりのリターンがある時だけだ。

 自分がすべきことは、逃げ帰るか、髪人形を回収するか、ツミを取り戻すか。

 逃げ帰るのは――良くない。ミカの元に行けば意見を仰げるが、ツミを永遠に失ってしまうかもしれない。それは、寂しい。ツミに助けられたことも何度もあるのだから。

 髪人形を回収するのは――ダメだ。ミカの力を借りれない以上、髪人形を回収する前に怪異に襲われて死ぬだろう。

 ツミを取り戻す――。

 ――秋堂は脆弱な攻撃しかできない(艶香を髪人形師と勘違いしているため)し、女の人体模型と戦っている。戦いの最中にツミをなんとか引っ掴んで奪い取る。

 それが一番、可能性がある。

 運動場に戻って、ツミを手に入れて――そこからはミカに考えてもらえばいい。

 蹲りながら、艶香の表情は既に強くなっていた。ただ恐れるだけの少女ではない、恐れながらも、見ているのは地面ではなく未来。

 運動場に行くには――落ちたら怪我をする。東校舎は戦闘中。ならば西校舎。

 決まれば、即座に動けた。

 廊下を走り抜け西校舎へ。左と右を見回す。人体模型は来ない。

 廊下だけ見れば構造はあまり東校舎と変わらない。理科室がこの周辺にあるかもしれないが、ともかく階段を下って外に向かわなければならない。

 走る、途中で艶香は思わず足を止めた。

 扉、ネームプレートには『理科室』と書いてある。足を止めたのは恐れてではない。

 突然の寒気と絡みつくような湿気、自分の感覚が犯されていくような不快感。

 ここ――、本能が示す。黒い霊力、というのをミカがいなくなって初めて気づく。

 冷静に考えれば髪人形自体そういう邪悪なものなのだ。そのツミがいない今、艶香自身が怪異の霊力を感じ取ることができるのだ。

 だが今はどうでもいい。今注意すべきは怪異ではなく、ツミとミカ。

 理科室を無視して艶香は進む。

 あとは早い。一階について、窓の鍵を内側から開けてすぐに乗り出し、運動場へ。


「ミカ!!」

「ぬぅ髪人形師!! 『髪人形師、散れ!』」


 でこぴん程度の衝撃では微動だにしない。艶香は堂々と秋堂に向かっていく。

 だが、人体模型が振り返った。

 剥き出しの眼球が恨めしそうに血の涙を流し睨みつけてくる。それで、足が竦んで動けなくなってしまう。


「クソッ! 『髪人形散れ!』『髪人形、髪人形を攻撃しろ!』」 


 ぐちゃぐちゃの命令を出して中途半端な攻撃をしている秋堂が劣勢になっているらしく、ツミは特に手助けもせず秋堂の肩に乗っている。

 秋堂の法衣はいくらか裂かれ、人体模型の攻撃を受けた傷口からなまなましく血が流れている。

 このままではいけない。だが、どちらか一方が完全に勝利してしまってもいけない。

 艶香は、勇気を出して近づいた。回り込むように移動しようとするも、それは秋堂がうまく身をずらし、挟み撃ちにならぬようにと人体模型と艶香の方向を同じとする。

 ならばもう、諦めた。

 怪我覚悟で、真横を抜ける。


「うわぁぁぁぁぁあああああ!!」


 両腕で十字を作り顔を守る。その姿勢のまま走り抜ける。

 その動きに――人体模型も秋堂も、分断されるように退いた。


「ぐ、『髪人形師! 散れぇいっ!!』」


 散らない。髪人形師ではないから。

 人体模型に警戒する暇もない。ただ秋堂に向かって突進した。


「『六甲錫杖、耐えろ!!』」


 自らの武器に対する語祓い、そのまま錫杖を艶香に振る――えなかった。

 ツミが髪の束で秋堂の腕を叩いて武器を落とさせたのだ。

 完全なる不意打ちに言葉も出ない間に、艶香は無事にツミを回収できた。

 今度は両手でぎゅうと握りしめて、落とすような真似はしない。


「ミカ!! 大丈夫だった!? これからどうしたらいい!?」

『ん、ん、西校舎に入って髪人形を回収する!!』


 感動の再会も束の間、喜んでいる暇はない。

 錫杖を拾いなおした秋堂は、けれどとびかかってくる人体模型の相手をしている。


『行くぞ! 今が最大のチャンスだ!! ――二体と戦う覚悟はしておけ』

「うん!!」


 勇気を奮えた自信と、ツミを、ミカを取り戻せた安心感が勢いよく返事をさせた。

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