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女の人体模型2

 小学校ということもあり、中学高校に比べて運動場には遊具が目立った。

 とはいえ外周に鉄棒や砂場や滑り台とメジャーどころがあるだけで、横切って進む分には何の問題もない。

 月明りはいまだ煌々と辺りを照らし、だだっ広い運動場ならば昼間同然に歩くことができた。校内に入れば暗さは牙を剥くことだろう。

 

「ミカ、どう? 髪人形の場所」

『わからんな。どちらの校舎も同様の黒い霊力を感じる』

「……前々から思ってたけど、霊力って色があるの?」

『そう気にすることでもない。邪悪は黒、善は白、というイメージがあるだけだ。その点お主は純粋無垢な無色透明、どれより珍しいぞ』

「いいことなの?」

『さあ? 初めてのことじゃし知らん。けれど、綺麗だと思ったぞ。初めて会った時から』


 突然の告白に、艶香は少し赤面した。互いが互いを意識していないような意識しているような関係性は、どうも難しい。ただ、それが純粋な気持ちであるとわかればなおさら反応に困る。


「と、に、かく、どっち行こうか」


 ある程度歩いて、校舎の前に来た。もっと進めば渡り廊下があり、そこから左に東校舎、右に西校舎がある。

 渡り廊下で結ばれた三階建てのH字型の建物となっており、そのどちらも、どころかもはや学校の敷地全体から髪人形関連の黒い霊力を感じるという。

 例によって、近づけばわかるだろうが、近づかなければ感じ取れないとミカは言う。

 

『ま、女の人体模型と言うぐらいなら、西校舎の方に理科室がある。西校舎からでええじゃろ』

「あ、そうなんだ。じゃあそうだね……」


 方針も方向も決まった、となるとその通りに進むだけだが――突然の闖入者がそれを妨げる。


「おい! おいおいおい! 怪異を祓えといわれて来てみれば、まさかお前が髪人形師か!?」


 真後ろから、ではあるが、その呼び止めて確認するような動作はまさしく真正面から。

 月夜に照らされた禿頭がきらりと光る。法衣と錫杖を装備した坊主は、端正な顔立ちと白い肌で端麗な外見であった。


「この秋堂(しゅうどう)、怪異は見過ごさん」

「……え、私? ちがっ、違います! 私は髪人形師じゃ……」

「問答無用! 『髪人形師! 散れ!』」


 秋堂という男が叫ぶ、と同時にばちんと音がした。

 鼻をでこぴんされたみたいな痛みが艶香を襲う。

 以上。


「いたっ! な、なに……?」

「なにっ!? 我が『語祓(ごはら)い』を受けてその程度の反応……流石は最悪の怪異、髪人形師……!!」


 語祓い。古くは言霊(ことだま)と呼ばれる技の派生である。言葉の力のみで怪異を祓うことができる非常に強力なものである。

 が、まず艶香は怪異ではない。しかも髪人形師という対象を指定しなければならないのに艶香は髪人形師ではないのでほとんど意味がない。

 実力の半分どころか十分の一も効果がなく、しかも艶香の分厚い霊力で防がれてほとんどダメージがないというわけである。


「あ、あの、私髪人形師じゃなくて……」

「『髪人形師散れ!』 『髪人形師散れ!』 『髪人形師散れ!』」

『ツヤカ、もう無視して髪人形を探そう。あれになにかできるとは思えん』

「わ、わかった」


 ビシ、バシ、小学生のチョップを受けるみたいなダメージを受けながら、艶香は西校舎に入ろうとする。

 扉を開けて――が。

 髪人形の髪がピン、と弾かれた。


「……あれ、まだ開かないよ?」

『……ぬ、壁がある。髪で通れない壁が』

 

 廃病院の時には、髪人形がすり抜けて鍵を開けてくれた。それで侵入できたのだが。

 すり抜けることができない、とツミは困った風に首を傾げた。

 その正体に、ミカはようやく気付く。


『誰かいる。さっきの奴……ではない!!』


 ミカが叫ぶと同時に、修道服に身を包んだ金髪の男が、扉の向こう側のガラスから、西校舎に中から、こちらを見ていた。

 短い悲鳴を上げて距離を開ける艶香に、男はその扉の向こうから声をかける。


「ココニ、ヘアドール、ガ、アルノハ、確カデスネ」

「が、外国人、初めて見た……」

『いうとる場合か! 髪人形を先に祓われるぞ!』


 それは構わないのでは、と艶香は思った。自分よりもこの人たちの方が怪異を相手どるのに慣れている、とも感じた。

 まず複数人で行動している点で違う。

 プロの祓い師が二人――ならばもう逃げてしまってもよいのではないか。


「ミカ、この場はあの二人に任せるっていうのはどう?」

『あ奴らに髪人形を祓えるとでも? 儂が封印せねば結果は変わらん。奴らより先に髪人形を奪うのじゃ!!』


 髪人形の浄化、あるいは封印は並大抵の祓い師にもできない。だがそれを作った髪人形師にならできる。

 納得はしたが、それでは今までよりも難易度が高い。

 ただでさえ今回の怪異『女の人体模型』は今までの怪異より強いという。それに加えて祓い師二人を相手にしながら先に奪う、あるいはその二人から強奪するなど――。


「いいぞロカルド! その好きに俺が……ぬっ!?」


 突然、秋堂が困惑の叫びをあげた。

 ロカルドと呼ばれた修道服の神父が、そして艶香とツミがその方向を見た。


『ア ア ア ア ア、カラダ……寄越セ!!』


 ――乱れた髪の毛が顔の半分以上を覆っている。その抉れた顔面も、剥きだしの眼球も、それ故に気づけないかもしれない。

 だが普通の人間と違うのは、まず体を隠す服が一切ないこと――

 下半身がなく、腕と太腿までで這って移動していること――

 そしてそこにあるはず体さえもなく、前面にいたっては心臓も、胃も、腎臓も、膵臓も胆嚢も内蔵は全て丸見えになっており大腸の一部は腹からはみ出していること――


「女の人体模型――そうか、人体模型は模型、人形! 貴様、髪人形師に作られたものだったか!!」

(すごい勘違いしてるーっ!?)


 秋堂が錫杖で、顕現した『女の人体模型』の攻撃を防いでいる。牙を剥きだしにし、鋭く伸びた爪で切り裂こうとする動きはシンプルな打撃だ。防げないわけではない。


「『髪人形! 散れ!』……な、効かんだと!? 流石は髪人形だ……!」


 髪人形じゃないから効じゃない。のだが、秋堂は思い込みが激しいタイプらしく、同じような語祓いを続けている。


「アキドー! 力、貸スカ!?」

「いや! ロカルドは髪人形師を抑えてくれ!!」


 言葉を受け、すぐにロカルドは艶香を見た。


「ミカ、どうしよう!?」

『……いったん東校舎に逃げる他あるまい』


 言っている間にツミが器用に髪の毛でそちらの鍵を開けていた。

 ロカルドの能力は壁を作るだけだろうか、そんなことを考えつつも、西校舎に入れない以上そうするしかない。

 建物は三階建てである。一階の渡り廊下がダメなら、二階、三階の渡り廊下を通って西校舎に行けばよいのだ。


「ミカ、理科室って何階?」

『二階だ。ツヤカ、人間相手と言えどすることは変わらぬ。だが髪人形を得たなら即座に帰ってくるがよい』

「えっ、なんで!?」

『私のいるところは、天神家地下は霊力が外に出ないようになっている。隠れるのに持って来いなのだ』


 それを聞いて納得した艶香は東校舎に入り込む。階段の場所などワンパターンだ。廊下の端と端。

 後ろのロカルドの様子を見ながら、艶香はそこに向かって急いだ。

ロカルド・アルブロ

三十七歳。筋肉質で修道服越しでも分厚い筋肉が見て取れる丈夫。

『間祓い師』と称される空間を操る力を持つ――と言えば聞こえはいいが、壁を作る、壁で挟むなど結界を作るだけの能力。誰かと組むとめっちゃ強いが、単独では逆にあまり戦えないタイプ。

アメリカンであるが高名な天神に一目会いたく日本で活動している。髪人形師はヤバいと評判なので、それも併せてここに来た。

正義感が強くまじめでいい人。祓い師はそういうのが多く、秋堂とはその点で気が合った。

日本語も頑張って覚えた。単語レベルが基本になっているが住んでいて少し慣れてきたのでちょっとうれしい。

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