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髪人形師ミカと艶香の出会い2

 怪異『髪人形師』ミカに請われた願いは二つ。


「お前の髪人形を作りたい」

「そもそも髪人形ってなに?」


 真剣な面持ちで問われたが、今の今まで厳かなミカの空気に合わせて本音の話ができなかった艶香であるが、一転願われる立場になって遠慮なく尋ねてみた。

 髪人形、と聞いたことない言葉であるが、質問にミカは「アウチ!」とコミカルな表情をして、また演技がかった仕草でしぶしぶと語りだす。


「呪いの藁人形は知っておるか? 藁に呪いたい憎いアンチキショウの髪の毛を入れて釘を打つと簡単にぶっ殺せるみたいなやつじゃが」

「それは知ってる。丑の刻参りだっけ」


 記憶障害のある艶香であるが、それはどうやら一般常識の範疇らしく知識はあるらしい。

 丑の刻参り、午前二時ほどの深夜、藁人形に呪いたい相手の髪の毛を混ぜ釘を打つ。そうすることで相手を呪うことができるという呪法。

 その間に他人に見られた場合呪いが跳ね返るなど様々な条件があるが――。


「要は私は生前、その呪物を作っていた。だが呪いの藁人形が髪の毛一本でいいのに対して、私は全て髪の毛を編んで人形を作っていたんだ。霊力の強い私の髪の毛と、呪いたいと憎悪を持つ人間と、呪う対象、三人の髪の毛で人形を編む。そうすることで釘など打たずとも強く呪えた」

「……悪いことしてたんだ」

「悪いこと。まあ善悪の価値観は任せる。私はただ頼まれたことをしていただけだ。私が悪いのか、呪おうと頼んでくる人間が悪いのかは知らないが……、それ自体は呪わずとも強い霊力を発生させる武器にも、護法にもなる。髪人形は君を守るための道具にできるんだ」


 ミカの反応と言葉は極めてニュートラルであった。そこには一片の悪意も善意もないようにただ事実を語っているといった様子。

 ミカの存在自体が胡散臭く、かつ邪悪な雰囲気も垣間見せることもあって疑わしい存在であるが、その言葉と、愛らしい少女の見目が警戒心を削ぐ。その少女の真摯な頼みであれば、少しは聞いてもいいような気がしてくる。


「呪ったりしない?」

「怪異といえど、私も元は人間だ。私をよくしてくれる君を殺そうとは思わない。ここに来たのが天神の野郎だったらぶっ殺してたかもしれないが……」

「うわぁ……」

「ビビらないでって! 私だって髪人形は良かれと思って作ってたから!」


 うーんと胡散臭く思う艶香も、その口車に乗り距離を縮める。足元はミカの髪の毛が張り付けにされているような状態だが、それを踏まないように距離を近づけた。


「髪くらい踏んでもいいのにぃ。こんな札と釘でぐちゃぐちゃになってるんだから今更だよ?」

「……でも、綺麗だよ、ミカの髪。……さっきの距離だと、全部見えて、さ」


 艶香は言葉を濁したが、その続きをミカは理解した。

 近づきすぎると見えないが、先ほどまでの距離ならば壁に貼り付けられたミカの髪の毛の全てを一望できたのだ。蝶の標本のように美しい髪を一望できる状況でいたい、という欲望は、図らずしもミカを喜ばせた。


「……最高の髪人形を作ってやろう」

「ん……あいたっ!!」


 距離を近づけた艶香が突然叫ぶ。髪の毛がいくらかぷつぷつ、と引き抜かれた。

 同時に、ミカの髪の毛の一部が五寸釘と札をガタガタと揺らし、同様に髪の毛の多くが引き抜かれた。

 そしてそれらが浮かび交わると、みるみる人形の形へと編まれていく。

 精巧な機械が自動的に行うように、けれど決して科学では行われない超常の力が為すそれを艶香は興味深く見つめた。

 そしてできたのは、握り拳より少し大きいくらいの真っ黒い人形であった。


「……これが髪人形?」

「おうさ! やー作るの何年ぶりだろうね、結構いい感じじゃない? ほら、ほらバク転!」


 出来上がった髪人形は、ミカが手を叩いて囃し立てるといわれたとおりにバク転をした。短い手足ながら結構自由に動き回るようで、いよいよミカが超常の存在なのだと艶香は理解した。


「これは記念に差し上げます。どうぞ大事にしてください」

「ええー、うーん、まあせっかくだし……」

「私が言うのもなんだけど君警戒心薄いな。気を付けた方がいいよ」

「じゃあとっとと走って逃げた方がいい?」

「それは寂しい。私のことは信頼して」


 髪を張り付けにされながらミカがぺこぺこと頭を下げると、髪人形も同じように頭を下げる動作をした。


「これは私と感覚が繋がっているし、私の言葉も伝えられる。いわゆる『すまほ』だ。『がらけー』とも言うかな。聞きかじったことだから詳しくは知らないけれど」

「じゃあ、これがあればいつでもミカと喋れるってこと?」

「そう。そして危険から艶香を守ることができる。あってありがたいだろー?」


 へへっと得意気にミカは喜びを示す。態度はころころ変わるが、このお調子者の姿が妙に板に合っている、ような気がする。そうでなくとも、言葉はなくとも愛嬌のある髪人形を無残に捨てる気にはなれなかった。

 ――ただ、ミカのもう一つのお願いこそが本題であった。


「艶香、もう一つ、頼まれてほしいことがある」


 髪人形こそ前座であると思われる声音は、髪人形さえ作らせてくれない人間には頼めないことであると暗に示す。

 呪物であるそれを作らせてくれた人間にしか頼めないことでもある。

 すなわち、死の恐怖さえ疎いような人間に。


「――近場の怪異を祓わないか?」


 それは、艶香が想像だにしないことであった。

 言葉も出ないし、どういう意味かも、現実味さえ薄い言葉だった。

 ただ怪異を祓う、という言葉は、現在記憶が薄れている艶香にとってもっとも覚えのあることだった。

 家族が怪異に殺された。邪悪で危険な怪異を祓うための天神のおじさんがいる。それくらいしか記憶にない艶香は、その行為がいかに勇敢で危険なことであるかを知っている。


「祓い屋の天神が今しばらくこの近場にはいないという。だが、この私でもまだ近場にいくつかの怪異がいると気配でわかる。お前にとっては、お前のような家族を殺される不幸な人間を減らすことができていいことだと思うが」


 家族を怪異に殺され記憶を失った艶香にとっていいこと。

 

「……どうだろう、私は別に不安だとか怖いって、あんまり思わないし」

「それは違うぞ、艶香。記憶を失ってしまったから平気なのだろうが、記憶を失うほどショックだったのだ。記憶を失うほどに、家族を殺されたことを辛く感じたのだ。近場の怪異はテリトリーから動きはしないだろうが、そこに近寄るものを容赦なく殺す邪悪であるだろう。君のような被害者を生まないために怪異は祓うのが大事だろう」


 そう言われればそうかもしれない、という程度の理解を艶香はした。

 艶香自身は本当に、それほど恐れてはいないのだ。家族のことはほとんど何も覚えていないし、自分だって天神家の探索を楽しみにしていたくらいなのだから。

 記憶を失う前の自分を話の引き合いに出されても困るというのが本音であった。

 ただ、天神のおじさんは怪異退治を忙しそうに、大変そうにしていた。

 それを自分が手伝える、ということには少しの興味がある。

 解せない点もあるが。


「ミカは、なんでそれをわざわざ私に頼んでまでするの? 怪異ってミカの仲間じゃないの? ……ミカも怪異なんでしょ?」

「私も怪異だが、別段怪異同士が仲がいいわけではない。むしろ勢力争いで仲の悪いものもいるしな」


 悪と悪が味方同士なわけはない、というのは言われれば理解はできる。それでも、この地下で封印されてそんな勢力争いからも抜けたミカが怪異を祓うという提案をするのは奇妙なことであると思う。


「理由は二つある。一つは現金な話だが――私がかつて作った髪人形がおそらくその辺りに散らばっているのだ。……私が作った呪物が、余計な怪異を発生させている。余計な被害者を生んでいる。そう考えると気分は良くない。本来はたった一人を呪い殺すためにあるのにさ、変な怪異を作ってたくさんの人間を傷つけるってのは主義に反するよね!」

「……なにそれ」


 人を殺すために作ったものであるのは確かだが、予定より多く殺しすぎるというのが耐えられない、といった旨のことである。

 怪異ミカはそんなことを大真面目に言っているが、艶香はいまいち納得できない、が理解はした。

 要は、ミカは職人気質なのだろう、自分の作ったものに対してきちんと管理をしたいという理由なのだ。


「もう一つは?」

「うむ。……天神家は私を殺さずに封印し続けてくれている。理由は定かではないが、どうせなら奴が帰ってきた時に呪いの少ない住み心地の良い土地にでもしてやろうかと思ってな。まっ、これはついでのどうでもいい理由じゃが」


 ミカは軽く言って、ああどうでもいい、と吐き捨てた。その冗談めかした振る舞いが、また年相応の嘘のへたくそな少女のようであった。


「……怪異を、祓う」

「悪い話ではなかろ? ……お主が危険な目に遭うことを除けば」


 ミカの声が一段と低くなった。恐怖を隠せない艶香の心を責めるように。

 勝てば官軍負ければ賊軍、祓えばよいが、失敗すればすなわち怪異にとり殺されるのは艶香である。

 死の恐怖、というものは――


「わかった。やってみようかな」

「良いのか?」

「私、なんにもないから」


 ――今の艶香に死の恐怖はなかった。

 今の艶香には何もないから。


「むぅ……何も知らない子供を騙しているようで気が進まんな」

「なにそれ。ミカが言ったことじゃん」

「ああ。実際お前のように無垢で考えなしでなければ私と出会うこともなかった。だから、私はお前に頼むしかないのだ。もう少し醜悪で救いようのない人間であれば私も遠慮しなかったが」


 苦虫を嚙み潰したように言うミカも、一瞬後には気持ちを切り替えて、一つも怯むことなく艶香を見つめる。


「だがお主のその分厚い殻のような霊力と、妾の髪人形がある。ゆえにお主は決して怪異なんぞに後れは取らないと信じてこそ頼んでいるのだ。死なせはせんよ、ツヤカ」

「……ん、信じてみるけど」

「なら交渉成立じゃな! ……ツヤカ、いつでも逃げて構わんからな」

「……うん」


 艶香はなんとなく頷く。

 その心配するミカの表情を見て、できるだけ逃げないように頑張ろうと思えるほどに彼女の表情は真剣で温かかった。

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