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市立図書館のグリモワール4

「危険なことには対価が伴う。どんな危険なことでも対価があるなら人間は支払う。ダイヤモンドを掘る炭鉱、深海を行く潜水艦に空飛ぶ飛行機、地震や噴火がある地域に住むこと、危険なんてどこにでもある。それなのに怪異だけが危険なのかな? 答えてみて、艶香」


 如月信乃は矢継ぎ早にしゃべる。怪異だけが危険として邪見に扱われる理由があるのか。


『怪異は対価を払わんじゃろ。対価なき危険など言うまでもなく害悪』

「確かに。じゃあ口裂け女やKEEP OUTの理髪店は祓ってよかったね。私もあれには迷惑してたし」

「し、知ってるの、その二つのことも」

「もちろん。会話もできないヤバいやつらだったけどね」


 信乃は平然とミカの言論を聞き入れる。まるでまっとうに対話しようと思っているように。

 そして艶香からの言葉も聞いた。既に見知った怪異たちも当然知っている様子だった。


「じゃ聞くけど、『勇者本殿』みたいな危険と見返りがある怪異はどうなの?」

「勇者本殿?」

「知らないんだ。危険だけど願いがなんでも叶うって怪異。エンジェル様とかこっくりさんもあるじゃん、危険だけどなんでも教えてくれる儀式。他にもあるでしょ、おいしいお菓子をくれるけど食べたらぶっ飛ばされるみたいな怪異とか。そういう怪異は危険に見合う幸福があったらいいの?」


 わかりやすいものはこっくりさんだろう。

 五十音の書いた紙と十円玉で執り行う儀式。海外ではウィジャボードなど似たものもあるほどの有名な儀式だ。

 十円玉に指を乗せ、聞きたいことを聞くと、その硬貨が紙の上を動き、文字を示して答えを教えてくれるという。この準備や後処理をしくじれば危険が襲うというものだ。


「危険があるんだったらやめた方が……」

「じゃあ人は飛行機なんて乗らない方がいい。薬だって副作用があるかもしれない。食べ物だって安全なのがいいよね。電子レンジなんて放射能が出てるよ」

『少し黙れ。一つ言えば充分だ』


 信乃が矢継ぎ早に言葉が出てくるのをミカが黙らせた。一つで十分、というのは確かだ。

 ただ、会話する姿勢の信乃に対し、ミカは不機嫌さを隠そうともせず対話というよりとにかく結論を急いでいるようだった。


『同じじゃ、対価があるなら危険に見舞われる価値はある』

「じゃ、存在してもいいよね。危険かもしれないけど対価ぎあるんだから」

『ダメじゃ』


 ミカがあまりに即答するので信乃はおや、と反応を示す。そのように考える理論が気になる。自身も怪異であるというのにそう言い切る根拠が。


『怪異は全て悪、この世に存在してはならん者たちだ』

「じゃあ髪人形師、君は即刻自殺するべきじゃないかな」

『フン、業腹だが責任を果たしたらそうするのも考えておくか』

「責任? それはなに?」

『髪人形だ。私の作った髪人形が各地で新たな怪異を生み出している。これは気分的にも倫理的にも問題だろう。それをまとめて回収する。そのために怪異を祓っているのだ』


 最初の質問にもつながる答えだ。すなわちなぜこんなことを、怪異祓いするのか。

 信乃はほほう、と納得したように息をついて少し考える姿勢に入った。個人の事情と感情が混じると議論は進めづらい。できることなら絶対的な価値観で話し合いたい。そうでなければ話し合いなど成立しないからだ。

 もし信乃が正直に『このグリモワールは信乃の死んだ母親の遺品だから』と言えば、二人は説得などしなくなるだろう。

 それではつまらない。


「倫理を語るなら、君はどうして髪人形なんて作っていたのかな? 生前の君は最悪の呪術師でしょ? 今更そんなこと言ったって……綺麗事にしか聞こえないなぁ」

「封印されて反省したとか?」

「艶香、そんな大人しい人は最悪の怪異になんてならないよ」


 そう言われればそのような気もする。ならば大嘘をついているか、まだ話していないことがあるかの二択になるが。

 ミカが黙ると空気が鎮まる。その間に、艶香の中に募っていた不信感が鎌首をもたげていた。

 確かにミカは怪異、それも最悪と言われる部類の存在だ。

 だが、それなら執拗に艶香の命を守ろうとしてくれるだろうか、怪異を祓おうとし、怪異を悪だと言い続けるだろうか。

 ミカが、髪人形師が本当に最低最悪ならば、良い怪異もいる、なんて適当に誤魔化すことだってできるのに。


『儂はそもそも人形祓い師の家系じゃ。怪異を憎む気持ちくらいある』

「……え、祓い師!?」


 知らない情報に艶香が驚きを示す。信乃も驚いている様子だった。

 ただ信乃はなんでも知っているような、あるいは知らないフリをしているような得体の知れなさがある。その点ではミカ以上に相手しづらい、と艶香は思い始めている。

 ミカと真正面から話し合おうという気概こそ、その面倒臭さに似た厄介さの正体かもしれない。

 でも、彼女がいなければミカのことは何も知れなかったかもしれない。彼女だから、今ミカから様々な言葉を吐かせている。


「ヒトガタ、祓い師。有名なの?」

『儂が末代じゃろうから途絶えて三百年になろう。普通の者は知らん』


 ミカの体は子供のようだった。それが死んで怪異となったなら血筋は途絶える、それはそうだろうが、兄弟や親戚はいなかったのだろうか。

 聞きたいことがたくさんある。けれど今のミカの言葉を奪うことはとんでもない重罪のような気がして、艶香は二人の会話を静かに聞いていた。


「名字くらい言ってくれれば調べられるけど」

『言いたくないのう、秘密にしとったから。が、もう良い機会じゃな』


 ウウン、ともっともらしく咳払いをして、ミカはすぅと息を吸い込んだ。

 どうも彼女は、勿体ぶる。


『泣く子も黙る、騒ぐ大人も呪い死ぬ、最悪、最凶、最高峰の呪霊にして狂い暴れた最狂の祓い師、吾を指す言葉は髪人形師、そしてその姓は……御首(みぐし)

「ミグシ……変な名前」

『お前なーっ! 儂が元気ならぶっ殺しとるぞ!』


 二人の雰囲気は冗談めかして楽しそうであるが、艶香は一人奇妙な感慨に落ちていた。

 御首。きっと髪の漢字をイメージするだろうに、艶香はそれが首の意味だと即座に理解していた。


『まあ、そういう祓い師でもあったわけじゃ。じゃって怪異を憎みもすると』

「じゃ、どうして怪異になったの?」

『聞くと思うたわ。ここまできたら話すが……覚悟せいよ。年寄りの昔話ほど長いものはないんじゃから。儂の髪くらいか。クカカ!』


 一人笑う髪人形師であったが、再び息を吸うと、場が痺れた。

 そう表現する他ない。今まで怪異と出会い空気の重苦しさを感じていた艶香も、突然重力が強くなったような異変と力強さに、雷が落ちたのかと思った。


『さて、何から話そうかしら……』


 たまに出るミカの女性的な声が、その時は妙に蠱惑的に聞こえた。

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