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市立図書館のグリモワール3

 暗闇の地下、夜の廃病院、昼の理髪店と来て、次に訪れたのは夜の図書館であった。

 やはり怪異は夜、という印象を、少し眠たげに目を擦りながら艶香は歩いて行く。


『次は『ぽてち』が食べたいの。カカ! カカ! けぷけぷっ』

「コーラ気に入ったんだね」

『口の中がこそばったいのぅ。カカ! カカ!』


 変な声で笑っているのは、口の中がこそばったいからなのだろうか。こそばったいって、なんだろうと艶香はぼんやりと思った。

 今回、怪異の正体は何もわからない。そもそもグリモワールが怪異であるというのに、噂になっているのは『ナイトミュージアム』。

 映画か絵本か、元ネタは夜の博物館で展示物が動き出す、というものだろう。展示物が勝手に動くというのなら人食いモナ・リザだの、髪の伸びる日本人形だって似たようなものだ。

 付喪神、あるいは九十九神とも表記されるそれに近いのかもしれない。猫だって百年生きれば猫又という妖怪になるというし、長生きは怪異になるわけだ。

 だが今回はそれらとも違う。なぜ本の一冊でナイトミュージアムなのか。

 それを、今理解した。


 西棟東棟の二棟の建物があって、昼間来た時は盛況だった。

 そして今、夜の八時、なお盛況だった。

 いくらかの観客がいる。老若男女、スマホを持っていたりライトを持っていたり、艶香という異物がいても警戒どころか注目さえされない。

 警備員がいない、という話だったが、この観衆がいては警備員がおらずとも泥棒などできないだろう。

 客は、いつか減るのだろうか、増えるのだろうか、そんなことを艶香は一瞬考えて、すぐにそんなことどうでもよくなった。

 ガラス戸から見える中には、周りの窓から見える中には、百鬼夜行と呼ぶに相応しい。


「なに、これ」

『絵物語か……しかし、こんなのがろくな噂にならないなどありえん』

「記憶消すからね」


 目を奪われていた艶香とミカは、背後の存在に声をかけられ始めて気付いた。

 如月信乃、その手には『私の心』が握られていた。


「艶香と人形ちゃん、待ってたよ。じゃ、中に案内するから」


 奇妙な集団の中を、堂々と真ん中を進み、信乃は正面玄関からそこへ入った。

 あまりに異様。あまりに圧倒的。

 艶香もその後を追い図書館に入るが、まるで怪物の口の中に自ら足を踏み入れるような心地だった。


「じゃ、昨日と同じ場所にいるから」

「……あ」


 声を出した瞬間には、既に信乃はそこにいなかった。突然消えた、と言うほかない。


『なんじゃあいつは! 居場所がわかっているなら行け、ツヤカ!』

「わかってる、けど……!」


 規則正しく並んだ本棚の数々を前に、その間を闊歩するのは魑魅魍魎の行軍。

 ユニコーン、骨の標本、空飛ぶ絨毯、歩く大根、わけのわからない化物としか言いようのない肉片の塊もいれば、ピンクと黒のパンダが雪玉のようにタイヤを転がしている。


「……この中を行くの?」

『恐れるな、最強は私だ。ザコを呼ぶだけの怪異なぞ恐るるに足りん、むしろ今までのよりザコかもしれんぞ』


 ザコかザコじゃないかはこの際問題ではない。不気味なのが嫌なのだ。

 そう思っているうちに、ぴょいと髪人形が肩から降りた。


「あっ!? ちょっとミカ!」

『なんだ?』


 気付いていない、また髪人形の独断行動らしい。これに気付かない、となるとミカのことを全く信用できなくなる。

 髪人形は少し止まる。それを艶香が追うと、髪人形が進む。

 ついてこい、と言っているようだった。それが親切なのか、罠に誘い出そうとしているのか、今の艶香の気分としては五分五分と言ったところだった。

 髪人形のことは気に入っている。だが、ミカの助けが期待できない以上、艶香は怪異に一人で戦わなければいけないかもしれないのだ。

 進むか、戻るか、目の前で待っている髪人形を臨み、艶香は先へ進むことを決めた。


 動く西洋甲冑の脇を抜け、鼻息で台風を起こすドラゴンの下をくぐり、小人の行進が終わるのを待って。

 西棟についた。


「確か、右、奥、左、左、そこの上から二段目、右右右」

『うお、よく覚えておるなそんなの』

「ミカのことは髪に刺さった五寸釘の数まで覚えてるよ」

『それは儂も覚えとる。にっくき我が封印じゃし』


 ちなみに二十四本。

 グリモワールが置かれていた本棚の前で、スマホからイヤホンで音楽を聴いている信乃が立っていた。余程熱中しているのか、目を閉じて全身でリズムを取っている。


「あの、あの!!」

「聞こえているよ、艶香」


 イヤホンを外した信乃は、スマホを操作して曲を止め、無造作に胸ポケットにしまうと、改めて艶香の方を見た。


「いらっしゃい、艶香、髪人形。改めて如月信乃と、グリモワールだよ」


 ぱたぱたと本で仰いでくる信乃は、少し真剣みが足りない様子である。だが得体の知れなさはまだまだある。

 何をどう聞けばいいのか、艶香が悩み考えているうちにミカが先に尋ねた。


『お主、怪異と喋れるのか?』

「うん。君は二重人格なの? 髪人形」

『儂は髪人形師じゃ。髪人形を通じて言葉を届けているに過ぎん』

 

 言葉を受けて信乃の表情は変わった。ただそれは微細なもので、ほんの少しの驚きと興味がある程度のものだった。


「髪人形を作る人、流石に眉唾だったけど、実際にいるんだ。ちょっとビックリ」

『そりゃこちらも。怪異と喋れるなんぞ聞いたこともない』

「でもそれだけだよ。喋れるだけ」


 言いながら、突然信乃ははにかんだ。楽しそうな笑顔で艶香と髪人形を覗き込み、楽しそうにケタケタと笑う。


「あはははは! 二人も喋ってるじゃん! 初めてだよ、そういう人たち!」


 次の瞬間には信乃は高架、二階の部分から二人を見下ろしている。


「ねえ、いっぱいお喋りしたいな! どうして二人はここに来たの!? 何がしたいの!? なんで一緒なの!?」


 信乃がワープする、同時にグリモワールから青い鳥が羽搏く。目まぐるしい催眠とパーティのような騒がしさに、艶香が恐れると、首筋に温かいものが触れた。

 髪人形の髪がそっとうなじを撫でる。それはミカか、髪人形か。


「……信乃はなに。どうしてそのグリモワールを守るの?」

「守る? って言われても。怪異と怪異を近づけるのってあんまりよくないよ。縄張り争いとかで潰れるし。そういえば祓いに来たんだったね。どうして?」

「どうして、って……危険だし」

「危険? この子が? 確かにみんなに催眠をかけているけど誰も殺してない。ただ驚かせるだけの存在。危険って言ったらそっちの方がよっぽどじゃん」

「それは! だから私とミカで一緒に怪異を祓って……」

「じゃなんてこの子まで? この子は悪いことしてないから祓わなくていいじゃん」

『乗るな。祓うことだけ考えろ』


 ミカの言葉が艶香を止める。しかし、信乃の言葉にも理解を示していた。

 悪いことをしなければ倒さなくていい、というのは人間社会にとっても当たり前のことだ。口裂け女も理髪師も目の前で人を殺したし、自分も殺されかけた。だからこそ祓うことに疑問さえ抱かない。

 けれどグリモワールは、この怪異はそんな悪事を働いていない。


『艶香、何度も言うが怪異なんぞ信用するな。あんなもの世の中に少ない方がいい。一匹もいない方がいい』

「……ミカ、そんなこと言われても……」


 執拗に怪異を祓うことを提案するミカの方に不信を抱く。

 ミカは嘘を吐かないと思っているし、信じている。けれど、けれど。


『……ぬぅ、こういう相手は面倒だな……』


 ミカが歯痒そうに呟いた。大雑把な考えをするようになったからこそ、こういう相手はやりづらい。特に艶香との連携ができなくなるのが問題だ。

 二人の間をかき乱すあの女を葬れば、と思うが、それはできるわけがない。


『お前の目的こそなんだ、信乃。怪異をわざわざ匿うのは危険だろう』

「私? 私の友達だからね。みんな」


 言いながら信乃はグリモワールにキスをして見せた。その魔本がどのような反応をしているのかはわからないが、信乃の言葉には嘘がない風に見える。

 ――なのに。


「でも、納得させてくれるならいいよ。このグリモワールを譲るし、祓ってもいい」

「な、なんで?」

「危険だからそうしようとしているんでしょ? いかに危険かって教えてくれたらいいじゃん」


 信乃は平然と言った。友達と言ったり祓っていいといったり一貫していないような態度がますます二人を緊張させる。

 瞬間には、信乃は二人の目の前にいた。


「じゃあ、話し合おっか。艶香、髪人形師」


 グリモワールを握った少女は、満面の笑みで微笑んだ。

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