市立図書館のグリモワール2
怪異? を持ち出されてしまった。
かつてない状況に熟考する艶香は、そもそも追いかけることができなかった時点で、もう彼女・信乃のいう夜を待つしかない。
市立図書館から天神家まではそこそこ距離があるから疲れるのだが。
「はぁ〜ただいま〜」
「お帰り。しかし奇妙なことに……ムム!」
怪異を持ち去る少女、その正体を考えるより先に、ミカは艶香の持ち物に目を惹かれた。
暑い中、道中で買ったコーラ。
「時に艶香、それはいわゆる『こーら』というものではないか? 実物を見るのは初めてでなぁ。少し近くで見せてくれんか?」
「いいよ。飲む?」
「いいのかっ!?」
なんなら騙し打ちして奪い取ろうと思っていただけに、その言葉は願ってもないことである。無警戒で近づいてきた艶香は、そのフタを開けて、一口飲んでからペットボトルを渡した。
「はい」
「お主はこういう時に気遣いができんよな。感動の『こーら』初体験というのに最初の一口を譲らんというのは……」
「でもミカ、間接キスしたら呪いがヤバいから残り全部儂のじゃー! とか言わない?」
「……呪いのことをわかってきたな、ツヤカ」
艶香の手からペットボトルをひったくろうとするのをかわして、艶香はもう一口飲んでから渡した。
「じゃ、あとあげるよ。夜まで充電とかするしいったん上戻るね」
「ぬう……嫌になるほど逞しくなったの…」
それが本来の艶香なのかもしれない。初めて会った時の幼い少女のような無垢な表情は既に薄れており、確かな年月を生きてきた経験を持っているように見える。
あと言葉は少し怖いし意地が悪いし……
「私の影響か!?」
暗闇、一人叫ぶ。
――――――――
「色々と気になることはあるが、髪人形はあの信乃とかいうのが持っているかもしれん」
「え、そうなの?」
「間近でその髪人形を通して感じていたが、怪異の霊力は一つに纏まっていた。あの女が魔本と髪人形の両方を所持し、図書館に定住していると考えるのが自然だ」
「宿泊施設じゃないのに」
地下で作戦会議、改めて正面から裸体同然のミカと向き合うと、怪異であることとは別の緊張感に見舞われる。
ただ、今気にするべきはグリモワールだ。怪異を渦巻く環境が前の二件と全く違うのだから。
「髪人形は本来ただの人間が持てる代物ではない。信乃が霊力を持っている様子はなかったし、魔本とうまく相殺しているのかもしれん」
「……結局、どうすればいいの?」
「基本はいつもと変わらん。髪人形を奪うなり魔本を燃やすなりすれば、怪異は解決。信乃も呪いを相殺する術をなくし、我々にそれを譲り渡さざるを得ないだろう」
無論、信乃が霊力のない人間だった場合、の話であるとミカは付け加えた。
ただ、ミカには引っかかっていることがあって。
「……のうお主」
「なに?」
「ツヤカではない、その、肩の」
ミカの言葉に髪人形は反応をした。自分? と指差すみたいに腕を動かすのを、ミカがそうそう、と頷いた。
「……え、マジで意思があるじゃんヤッベ。こんなん初めてだわー……」
「ミカが動かしているんじゃないの?」
「や、動かそうと思えば動かせるけど。そもそも髪人形はあるだけで呪いを振り撒く道具だから。動かす必要ないの。埋めたらその土地でお野菜できなくなる系の強い呪いなの」
「塩だ」
「塩ではない」
塩や海水を土に撒くと土地は死ぬ。豆知識。
「それより、其奴よ。お前、信乃という女と喋っていなかったか?」
「……えっ、髪人形と喋る? ミカじゃなくて?」
「うむ。答えよ、髪人形」
親の二人からそんなことを言われるが、髪人形は話せない。
いや、二人にはその言葉を聞くことができない。
「……霊を見る能力の話はメラミンの時にしたが、しかし怪異と話せる者など聞いたこともない」
「あの人がそうだって?」
「ただの頭のおかしくなった人間である確率の方が遥かに高い。気にしなくていいかも知れんが……むぅ……新しい髪人形を作り、今のものは破棄するか? 今日の会話で裏切る可能性なんかも……」
ミカの言葉に髪人形はぎちぎち音を立てて艶香にしがみつく。肉をつかまれる感覚に顔が歪むが、髪人形を庇う。
「それはいいよ。今まで一緒だったし何度も助けてくれたし良い子だよ。あんなぽっと出の女に負けないって。私たちの子供でしょ」
「子供じゃねえ! っていうか助けてくれたくらいで怪異を信じんな! 言うとるじゃろ怪異なんて全員ろくでなしで悪いことばっかり考えているって! その小さいのだって腹の裏ではどんなこと考えているか!」
「じゃ、ミカは? ミカも怪異なんでしょ?」
「そりゃあもう。私だっていつツヤカを頭からバリバリ食べてやろうか、蝶の羽をもぐみたいに手足を千切って手元に置いておこうかいっつも考えているくらいで……」
「引く」
「フン、冗談はこれくらいにするか。だが髪人形に全幅の信頼を置くのはやめじゃ。今日は儂も真剣に操作する。『どろーん』じゃ」
ドローンではなさそうだけど、そんな野暮ったいことは言わない。ミカなりに真剣だからむしろ艶香はそんな不器用さがうれしくなった。
「よかったね、カミちゃん」
「……名前か!? もう少しマシな名前があるじゃろ、カミちゃんて」
「うーん、じゃ今日の夜に信乃に会ったらどんな名前がいいかカミちゃんに聞いて決めてもらおうか」
「お主の頭のネジどうにかなっとるな」
ミカはそういうが、艶香の傍の髪人形は嬉しそうに震えた、ように見えた。




