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【厳重注意】KEEP OUTの理髪店・エピローグ

 警察署、というのに艶香は初めて来た。誰もがまだ未成年である自分に一瞬興味を引くが、前を進むのが時雨であることを見てか一言も口を挟まない。

 時雨目良実という男はやや円背で頭をがしがしかきながら取調室に入った。ドラマで見るようなものと同じだが、調書を取るような人はおらず目良実と二人きりの形になる。


「はいはい座って。カツ丼食べます? 自腹になっちゃいますけど。あ、私じゃなくてあなたの自腹ですよ」

「はぁ」


 妙に気怠げな表情で茶色い髪をがしがしと掻いている。目は少し充血しているし、先ほどから執拗に目を擦って眠そうだし、疲れた雰囲気を隠そうともしない。


「ま、何から話しましょうかね。私は時雨目良実。お好きなようにお呼びください。女の子にはメラミンって呼ばれるのを目標にしてますが、同僚からは疫病神って呼ばれてます」

「は、はぁ、時雨さん」

「ええ。あなたは?」

「上山艶香です」

「はい上山さん。さっきお化けみたいなのにあった割には冷静ですね。知ってて、ですか」


 調子は一切変えることなく、目良実は確信を突いてきた。別に隠すことではないが、警察官が相手というと妙な緊張感がある。

 それにしては、目良実はやや緩い。飴と鞭なら飴側の警察なのだろう。


「えっと、そう、ですね。目的があって行きました」

「正気じゃないですね。目的とは?」


 やや大仰に声を上げて目良実は驚いて見せる。全く嘘ということではないだろうが、それでも演技臭さが鼻につく。


「……霊を祓うために」

「やられそうになってましたがね。危険なんでそういうのよくないですよ」

「まあ、そうですね」

「上山さん、確かにうっすら霊力は見えますが、あんまり強くはないでしょう。これに懲りたら危険な遊びはやめてください」


 言葉に少し違和感を覚える艶香だが、とりあえず頷いておいた。警察を誤魔化すというのも緊張するが、彼に全ての真実を話すのは躊躇われた。

 大人を信用していないわけではないが、単純にこの人が信用できない気がした。助けてくれたのは確かだが、ちょっと風態が良くない。


「……あの、あなたは? 不思議な力があるみたいですが……」

「ああ、うん。印祓いの家系ってんで指をちょちょいっとするとどうにかできたりできなかったりするんですよ。上山さんはそういう家系はなしで?」

「えっと……はい」

「そですか。じゃあ無理せず穏やかに過ごしなさい。力あるものは〜なんて義務感を持つ人もいますが、少なくともあなたより力あるものはいくらでもいるんです。今日起きたことは、悪い夢だと思って平凡な日常に帰ってください」

「平凡な日常……」


 適当に長そうとしていた艶香であるが、その言葉は引っ掛かった。艶香にはもう平凡な日常などないのだ。


「私、記憶がないんです。両親を怪異に殺されて、だから……」

「だからって死ぬこたないでしょ。力があるし、気持ちが強いのは認めますがね、そんだけ立ち直れるならもっとまっすぐ生きていった方がいい」

「……私には何もないから、今は」


 艶香自身、どのようにしたらいいのかわからないのだ。良い生き方とかまっすぐとか、言われたってわからない。何も知らない場所に一人、導いてくれたのはミカなのだ。

 意思は変わりそうにない、それだけの意思の強さがあるからこそ、怪異を前にして動じずに戦えるというものだが。


「はぁ。聞き分けのない子ですね。最後に二つだけ」


 目良実は名刺を机の上に置いた。名前と所属と電話番号が書かれているわけで。


「危険な場所に行くなら連絡くれますか? 嫌なら別にいいですけど、まあこれくらいしないと腹の収まりが悪いわけで」

「……どうも。で、もう一つは」

「その人形なんですけど」


 肩口から見えているだろう髪を、人形と言い当てる目良実に、少しだけ艶香は慄いた。これについて聞かれることが最も不味いことである風に思えた。


「あー……髪人形って知ってます? いや記憶ないから知らないでしょうけど。あるんですよ、この辺りで特別やべーいわくつきのやつ。一瞬そういうものかと思ってしまったってだけです。が、そういうものならそんなチンケな霊気じゃないですしね。もう行っていいですよ」


 言うだけ言って、目良実はだるそうに手を振った。が、そんな目良実が先に部屋を出た。


「失礼、忙しいもので」


 結局、なんなんだ、という気持ちで艶香が目良実を見送った。


―――――――――――


 地下に来てようやく一息つけた気分だった。


「あの人、どう思う?」

「普通の人間じゃろ。あのメラミとかがいうところの、ちょっと力があるから勘違いしちゃう雑魚じゃ」

「そうなの? 助けてくれたのに」

「マネキン程度ならお主の気合でどうとでもなる。それよりも」


 言いながらミカは髪人形を自分の元に呼び寄せた。今日は数時間で髪人形の二つ目を回収できた。首尾は上々と言ったところだ。

 だが。


「いくらか言いたいことがあるが……まずあの怪異、死んだならばいいが最後にマネキンが動いたしの。どこかで浮遊しているかもしれん」

「えぇ……、襲われたりしない?」

「それが不安の一つじゃ。お主は理髪店に入って呪いを少し受けている。最悪襲われかねん。まあ髪人形のないやつなぞ、この髪人形でも迎撃できるじゃろう」

「今日ここで寝ていい?」

「お前……すさまじいぞ……呪いが……」


 艶香の類稀な分厚い霊力だからこそ、髪人形を常に同伴させたり、こうしてミカと直接話すことができる。これは普通の人間にはできないことなのだ。


「あのメラミン、目がよくないな。しきりに擦っていたし。艶香の霊力に色がないのを弱いと勘違いしておった。己の方が余程弱いくせにな」

「あ、確かに、分厚いってミカは言ってるのに時雨さんは薄いって言ってた」

「マネキンを縛り破壊した腕前は確かかもしれんが、見る方は良くないな。目良とは名ばかりか。クカカッ」


 だからこそ、髪人形は事なきを得たのだが。

 もう少し見る能力が強ければ、この三体分の力を得た髪人形が玩具などと思わなかっただろう。

 ――だが、あまりに艶香の霊力があまりに厚く覆い隠すから気づけないのも無理はない。


「にしても今回はうまくいったのう。馬鹿が一人死んだだけじゃ」

「馬鹿って! ……また人が死んじゃった……」

「人間なんぞどこでもいつでも死んでおろう。馬鹿が危険なことをして死んだ、普通のことじゃ」


 それは怪異にとっては全く珍しいことではないのだろう。いや、人間にとっても、ごく当たり前の忘れていく日常。

 それを目前にしてしまった艶香だけが知ること。死体を見たもうひとりの男や目良実だけが強い印象を持っている。

 彼の家族や友達は悲しみを覚える。馬鹿な奴だった、面白いやつだった、いろんな感想を得て、ひとしきり悲しんで、一つの記憶になる。

 それが忘れられない記憶になるのか、日々の中で埋没するのか、多少の差はあれど、人の死はそういうものだった。


「……もっと、怪異を祓いたい。だってこんなの……」

「好きにせい。お主のそういう優しいところは嫌いじゃない」

「……う、うん」


 微笑む髪人形師は初めて会った時よりも砕けた表情をするようになった。言葉もどこか、保護者であるより親友であるかのような、あるいは見守る母のようで。


「……ねえ、ミカ。ミカが感じ取れる限りの髪人形を回収したら、天神のおじさんに頼んで祓い屋になろうかな、って思うんだけど」

「目標ができたか。それはいいことだ、生きるに目標や夢はあるに越したことはない」

「応援してくれるの?」

「邪魔する理由がないだろう? 何か不安でもあるのか?」


「私が、ミカを祓うことになる、とか」

「……クカ。 カ カ カ カ カ」


 口裂け女より、理容店より、いやそんなものとは比べ物にならない。

 コールタールを全身にぶっかけられたかのように重く、体が動かない。地面に沈むように倒れて、艶香はなんとか四つん這いになった。そうしていることさえ辛く、重い。

 

「面白い。いやあ面白い冗談だ。なあ艶香」

「……ぶはぁ」


 ミカが言葉をかけると同時に、突然嘘のように体が軽くなる。呼吸さえできなかったのが、今はもう何ともない。

 ミカは笑いかけてくれているようで、目は笑っていない。少女の微笑みの中にある老獪さは、いまだ縮まらない心の距離感を示しているようだった。


「……ミカってすごいんだ」

「そうだ、もう少し敬い恐れた方がいい。怪異なんぞロクなもんはおらんからな」


 クカカとミカは楽しそうに変わらない調子で言う。

 どうして、ミカも目良実もこんな風に調子を変えないでいられるのだろう、と思った。

 自分はただ感情の起伏に乏しいだけだ。記憶がないから、そうなっているだけで、たくさん怖がるし、悲しくもなる。

 成長がしたい。自分の記憶が戻ろうとどうなろうといい、天神神貴や髪人形師のように、泰然としたブレない自分自身でありたい。

 そう、思うようになった。


「……とりあえず布団持ってくるね」

「えっ!? いやお主呪われるぞ!? マジで!」

「え、でもミカなら呪ったりしないでしょ」

「オートじゃ! オート呪いの発動じゃ!!」


 必死に止めるミカに対しても不満そうな顔をする艶香は、十分ブレないところにいるのだった。


――――――――――――――――


 僅か一日で理髪店の髪人形を回収したミカと艶香。

 そこで出会うは異常殺人者の霊と異様な目つきの警察官。

 怪しい名刺と鮮烈な印象を残しつつ、芽生えた艶香の目標意識。

 しかし立ち込めるは暗雲。

 次に出会うはナイトミュージアムと不思議な少女、第三の怪異『市立図書館のグリモワール』、その出会いは果たして吉か凶か。

時雨 目良実

 三十五歳の刑事、実は交通課だけど怪異を祓える能力を持っているため別件で雇われているも同然の状態。稀に違反切符切ったりする。スピード違反の調査はあまり楽しくないらしい。

 時雨家は『印祓い』という特殊な技を持つ怪異祓いの一族であるが、そういうのが嫌いになって別の正義を目指し警官になった。けれど天神神貴と知り合い結局怪異祓いの真似事をして意気消沈しながら、人助けをのんびりしている。世知辛い人生。


 三度の飯よりカレーうどんが好き。ちなみに怪異を見る目は良くないが、祓い屋の能力はそれよりも高い。

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