【厳重注意】KEEP OUTの理髪店1
口裂け女の除霊から二日、地下で再び艶香はスマホとモバイルバッテリーをミカに差し出した。
「でもあんまり役に立たなかったね」
「お前自身がか? もう少し恐れず立ち向かってくれたら」
「違う違う。スマホの調査」
検索するだけで怪異が祓えるならいいが、現実はそうはいかない。その場その場での判断の方が遥かに役立ったし、その場の髪人形とミカの判断の方が役立った風に思える。
が、しかしミカはスマホを離さない。
「いざ、ってことはあるんじゃないかなぁ。ツヤカに比べて攻撃能力のある僕が調べて戦える方がいいと思うしね」
「うーん……そうかなぁ、やっぱりそうかな」
記憶のない艶香にとってスマホを見ても思い入れはないし、連絡がたまに来るが見ても仕方ない。ソシャゲのことも分からない。強いて言うなら神貴からの連絡が来るかもしれないが、それだって忙しい神貴は送ってこないだろう。
一方、ミカはスマホに興味津々だ。貸し与えるくらいで満足してもらえるならそれでいい。
動けないミカが、グーグルアースとかで地理に詳しくなってくれるのも、これからの調査で大事なことだ。
「ん。じゃあ行こうかな」
「ああ、気をつけてな」
二度目にして余裕な雰囲気が二人の間に出ている。怪異を一つ祓えたことが自信になっているのか、以前のような足取りの重さもない。艶香は雅臣や髪人形と比べて怪我もなく、体の不調もないがゆえに。
髪人形も攻撃は受けたが、口裂け女の所有する髪人形を吸収して以前より力が増したくらいだ。
ならば恐れることはない。
そう勇んでいたところであったが――
――――――――――――――――――
車の通りが激しい国道沿い、夏休みの真っただ中ということもあって徒歩や自転車の人間もまばらに見える。少し歩けばコンビニやファミレスだってある。都市というわけではないため、人混みができることはないが。
そんな地方都市にある国道沿い。艶香は汗を拭ってそれを見た。
この汗は、暑いから流れているのか、それとも目の前のそれの緊張感が流させたものか、考えながら。
『理容所か。病院に比べれば狭くてチンケな建物よな。何か封印めいたものがあるが』
「……私、これ知ってるよ。警察の、現場立ち入り禁止のテープ」
二階建ての縦に長い理髪店。動きを止めて久しいのか、色褪せたサインポール、罅割れて淀んだ灰色の塔は、その全てを封印するように蛍光色黄色のKEEP OUTのテープが厳重に封をするように巻かれていた。
普通じゃない。あからさまに、異常なそれを、誰も彼もが素通りしていく。
「……ミカ、これなに?」
『今検索しておるよ。KEEP OUTの理髪店、地元じゃちょっと有名な心霊スポットみたいじゃ。……いや』
検索していたミカが言葉を変えた。心霊スポット、と呼ぶよりも相応しい言葉があった。
『有名な立てこもり現場、いや殺人現場らしい』
「殺人……」
殺人といえば廃病院もそうだった。だがそことここでは雰囲気がまるで違う。
真後ろを自転車が横切るのにそれを目に入れようとしない異質さ。自分とこの異常な建物だけが世界に取り残されたかのような浮遊感。
何より、建物から放たれる殺気のようなものは、廃病院の空気の重さ以上に敵意を感じる。
「怪異って、人を殺したいものなの?」
『これは難しいことを聞く。だが存在理由など人と同じ、『怪異それぞれ』だ。殺したがりもいれば、我が髪人形に呪われていたくもないのにこの世に縛られている奴もいるだろう』
「……ミカはそういうの、わかる?」
『知るか。それが重要なことか?』
「怪異の弱点とか……」
『さあ。それは目の前にいるお前の方が感じるだろ。だが、俺にもわかることがある』
そしてミカは、その新聞記事を読んだ。
※ ※ ※
殺人理髪師
某年〇月×日、白昼から悲劇に見舞われた。Y市にある理髪店『ヘアーオーダー』の理容師堂島魁輝が店に来ていた客二名、店員二名の計四名を殺害、客一人を人質に取り立てこもった。
現場は当時人質だった一人に通報されすぐ警察が取り囲んだ。立てこもりは三日に及んだが、交渉は遅々として進まず、最後は無謀なSATの突入によって被疑者、人質両名が命を落とす結果となった。
堂島は交渉中も支離滅裂なことを言い続け、犯行に至った動機はいまだ不明。
彼の生前を知る者はどうしてこんなことになったかわからない。こんなことするやつではなかった、と述べている。
※ ※ ※
「……これ、知ってるかも。結構有名な事件なんだ……」
『記憶を失う前のツヤカなら知っていたのだろうな。それほど古い事件でもないしな。だが、話には続きがあるぞ』
※ ※ ※
【厳重注意】KEEP OUTの理髪店
記憶に新しいY市のH理髪店で起きた殺人事件。その現場であるH理髪店であるが、建物全体を封じ込めるように警察が張ったKEEP OUTのテープが巻かれたままになっている。
なぜ建物を取り壊すことはおろか、現場を当時のままにしているのか。
幽霊が出るからである。
理髪店周辺で起きた通り魔事件は二十七、そのうち死亡者十七名。
呪われた理髪店周辺で堂島の霊が出て、殺された恨みを晴らしているのだ。
いつからか誰もが見て見ぬふりをするようになった最凶心霊スポットのH理髪店、そこに行くなら命の保証はない……。
※ ※ ※
「……うん、実際にここにきて、入ろうなんて誰も思えないよ」
『確かに邪気はあるが、ツヤカ、入らないのか?』
「いや入るけど、入るけど!」
ミカに囃し立てられるように艶香は自分の頬を叩いて改めてその建物を覗く。
KEEP OUTのテープは囲んであるが、ちょうど扉を開くスペースくらいはある。中に入ることを邪魔はしていない。
このテープは警察が巻いたにしては、あまりに無造作で規則性がない。壁にまで触れるような、がんじがらめに封じ込めるような形は後から誰かが巻いた風にも見える。
その点も併せて、異常だ。改めて、自分たちが相手にする怪異というものが、どれほど常軌を逸したものかを感じながら――艶香は一歩踏み出した。
「……あれ?」
そこで異変に気付いた。
理髪店のブラインドは締まっており窓から様子は覗きえない。だがほとんどガラスでできている扉からは中が覗き見える。
その中は、あまりにも綺麗だった。
掃除仕立てのようなつやつやした床、SATが突入したとは思えないほど整然と並んだサロンチェア、店内に電気がついており、そこに店員と客がいてもおかしくない、むしろ店員と客がいる方が自然なほど。
「……ねえ、これ、場所間違えてない?」
『なに? 何を言っているツヤカ? お前は突然』
ふらり、艶香は催眠をかけられたかのように一歩踏み出し、扉に手をかけた。
が、その扉を掴む手に髪の毛が突き刺さった!
「いった! なに!?」
肩では髪人形が、指の太さほどの髪束で店内を指し示す。
そこには、電気はなく、床もサロンチェアも乱れた廃墟同然の店内が移っていた。
催眠のようなものにかけられていたらしい。おそらく店内を覗いた時にだろう。
『何かあったのか! 迂闊に近づくな、既に怪異の領域かもしれないぞ』
声音から、どうも気付の一刺しミカではなく髪人形の独断であるらしい。ありがとね、と艶香は肩口の髪人形を優しく撫でる。
そして、再び店から距離を開ける。先ほどまで突き刺すようだった店からの霊力は、どこか包み込むような形になっていた。
『……しかしまやかしのみで動きはなし、か。どうせ地縛霊、この領域に入ったものを殺す程度のものか』
「それはヤバくない? 入っただけで殺すって……」
『髪人形の呪いを得た呪霊だ、その程度してもらわんと困る。クカッ』
笑い事ではないが、ミカはそれがさも当然であるように言う。自分の呪いに自信がある様子だが、それを一緒に祓うのだから変な話である。
『ともかく、二階建ての小さな建物。敵は既にこちらに気付いて呪いを放ってきている。短期決戦、とっとと髪人形を奪って倒す。シンプルな正面衝突だ』
「う、怖いけど、そうだね。頑張る」
なんて足踏みをしているところだった。
「おいおいビビったのか? それじゃお先に失礼しまーす」
いかにも軽薄そうな生贄……もとい若者が、艶香の先陣を切ってしまった。




