【最終話】旧谷蛇村
はっと目が覚める。白い天井。脳が覚醒していくにつれて周りの状況がわかってくる。どうやらここは病院でベッドに寝ていたようだ。
しばらく目を開けているとたまたま部屋にいた看護婦さんと目が合った。
「あぁ、戸田さん。気分はどうですか?」
「いったい……どうなっているんですか?」
俺は状況が知りたくて看護婦さんに聞く。すると少し困った表情になった。
「どうって……。戸田さんと永谷さんが山の中で倒れているところを警察の方が見つけてくださったんですよ。」
「山の中?」
俺は疑問に思う、確か廃病院の天井が崩れて下敷きになったはずだ。山の中で倒れていたとは思えない。
少しすると病室のドアがノックされて警察の制服を着た人が入ってくる。
「おぉ、目覚めましたか。丁度永谷さんも目が覚めたらしく話を伺っているところです。」
「あの……一体どうなっているのですか?」
「それはこちらも聞きたいのです。土砂崩れでなくなった村へと続く道に1台の車が入っていったと通報がありましてね。私たちがついたころには山道に車が乗り捨ててあって、そこから少し離れたところにお二人が倒れていたのですよ。」
「ちょっと待ってください。土砂崩れで無くなった村っていうのは谷蛇村のことですか?」
俺がそう聞くと警察官は少し目を丸めた。
「あそこの古い地名を知っているのですか。そうです。40年以上前の土砂崩れであの村は飲み込まれ、今はなにもないですよ。」
その話を聞いた俺は軽く目眩がした。俺たちはあの村に行ったのだ。
「僕たちはそこの廃病院に行ってたんです。なくなったわけ……。」
「廃病院? 何のことかわかりませんが村の跡地にそんなものないですよ。」
「そんなことありません。そうだサイト! 廃病院を特集したサイトがあったんです。」
俺は若干焦りながら手元にあったスマホを操作する。しかし、検索履歴にあのサイトはなかった。
「……そんな。」
呆然とする姿を見た警察官は飽きれたようにため息をついた。
「熱中症で悪夢でも見たんでしょう。今回は犯罪ではなさそうですし、私は失礼します。」
そう言って警察官は帰っていった。
※
病院を出た後少し遅れて出てきた永谷と合流する。どうやら近くの町の病院に搬送されていたようだ。永谷の車も誰かが運んできてくれたのか、駐車場に止まっていた。
帰り道、永谷に天井から崩れた後どうなったのか聞いてみると、だいたい俺が経験したことと一緒だった。サイトも検索履歴に残ってなかったらしい。
「俺思うんだよね。あのサイトさ、佐奈子が片割れを呼び込むために作ってたんじゃないかな。そして催眠状態にして佐奈子の世界へと引きずり込む、みたいな。」
「そのために言い伝えなんて作るか?」
「俺たちみたいなのを呼び込むためじゃない? 安全に出れそうな雰囲気をつくれば誰かしら中に入って来るだろ?」
「じゃあ、あの3階の人たちは……。」
「たぶん佐奈子にやられたんじゃない? だから佐奈子の病室の前あたりにたむろってたんだよ。」
永谷にそう言われて俺は気づく。あの幽霊は確かに3階以外の階に来ることはなかった。佐奈子によって縛られていたのかどうかはわからないが、もし脱出に失敗していたら俺たちも3階をさまよっていたのだろう。考えただけでぞっとする。
「ま、佐奈子も成仏できたっぽいし一件落着だな。」
「そうだね。」
俺たちはそう言って笑った。
※
帰ってから谷蛇村に関してすこし調べてみた。さすがに生贄の儀式は書かれていなかった。謎の伝染病が村で流行ったこと。それにより村の人口は壊滅的になり、さらにその後に大規模な土砂崩れが発生。その結果残った村人も村から離れたことにより谷蛇村は名前を消したという。
俺たちが行ったあの病院も調べた資料によると土砂崩れに飲み込まれてしまい放置され、今では立ち入ることすら困難になっているようだ。俺たちが行ったあの谷蛇村は佐奈子の世界の中に飲み込まれただけのようである。そう考えると何度か外に出るチャンスがあったときに外に出なかったことは正解だったようだ。もしかすると姉の幽霊が助けてくれていたのかもしれないが。
谷蛇村に行ったことを信じてくれる人はいなかったが俺たちはこの出来事を忘れることはないだろう。
読んでくださって本当にありがとうございました。
少しでもヒヤッと楽しんでいただけたのなら幸いです。
余談です。すでにお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、1話の言い伝えの『この中で、』のすぐ後ろの一文字を縦読みすると文章になってたりします。