【5話】丑の刻
俺たちは佐奈子を成仏させるために人形を手に持って病室から出ようとする。
永谷が扉を少し開けて外の様子をうかがう。と、大慌てでドアを閉めた。
「おい、どうした!」
永谷のこわばった表情を見た俺は心配になって聞く。
「そ、外……うじゃうじゃいる。」
「え!?」
俺は永谷がやったように少しだけ廊下を見てみる。
永谷の言う通りだった。外はスーツを着たおじさんが10人くらいうろついていた。目はうつろで口も半開き、まるでゾンビのような姿で3階の廊下を行ったり来たりしている。
「もしかして今までの嫌な予感はこいつらのせいだったのか? にしても何で突然見えるように……。」
俺はつぶやく。
「もしかするとこの人形を持ったからじゃない? "持ち主"になってしまっているんだよ。」
永谷にそう言われたとたんに納得する。メモ書きでも書いてあった引きずり込まれるとはこういうことなのだろう。俺たちはあの世に近づいたために今まで見えなかったものが見えてしまっているのだ。
「しかし、こいつらどうにかしないと先に進めないぞ。」
ドアの前に座り込みながら何か解決策を考える。何かないだろうか。
「意外と静かに行ったら通り抜けられそうじゃない?」
永谷が提案する。確かに、今は外をうろついてるだけだ。静かに行けば問題ないかもしれない……。
「よし、じゃあ行ってみるか……。」
俺はそろそろとドアを開けて一歩足を踏み出した。
「!?」
踏み出したとたん、外にいる幽霊が一斉に俺の方を見た。俺はぐっと息をのむ。しばらくこっちを見ていた幽霊は突然体を反転させて皆こっちに向かって歩いてくる。
「マズい!」
俺はとっさに部屋の中に入ってドアを閉める。幽霊たちが開けようとしているのかドアがガタガタと音を立てる。
「どうしたの? 何があった?」
何も見ていない永谷が慌てた様子で聞いてきた。俺は開けられようとするドアを必死に押さえつけながら先ほど見た光景を話す。その話を聞いた永谷は顔を青ざめさせて俺と共にドアを押さえつける。
「……トモダチ……。アタラシイトモダチ……。」
外からは数人の幽霊の声がぼそぼそと聞こえる。絶対に友達になんかなりたくない。しかし押さえつける俺たちの力ももう限界だった。開けようとする力が圧倒的に強く、徐々にドアが開いてきてしまう。
体全体がもう限界だと悲鳴を上げている。もうだめかと思ったときであった。
「……少し手助けしてあげる。」
妹を助けてと言ってきた女性の幽霊の声が聞こえた。
助けるってどうやって……。と思っていると、視界がぱっと明るくなる。昼間のような明るさと普通の病院のような音が聞こえてきた。それと共にドアがいきなりふっと軽くなる。
そろそろとドアを開けるとそこは普通の病院の廊下だった。先ほど、うじゃうじゃいたゾンビのような幽霊も全くいない。
「今のうちに。」
そう永谷に声をかけると少し早歩きで階段まで急ぐ。永谷も人形を持って急ぎ気味についてきた。
人形を持って早歩きをしている俺たちの姿を見た看護婦さんは少し不思議そうな顔を浮かべたが、何も言うことなく通り過ぎる。
3階の階段までたどりついたところで、再びぱっと視界が暗くなる。それと共にゾンビのような幽霊の足音が戻ってくる。俺たちは若干急ぎ気味で2階へ降りた。
「死……、死ぬかと思った……。」
「……ねぇ。あの幽霊のおかげで助かった。」
俺と永谷は荒い息をつきながら話す。あの時幽霊が助けてくれなかったらどうなっていたことか。
「とにかく早くここから出たいな……。そのためには地下に降りないといけないのだろ?」
「……そうだね。とりあえず一階に降りようか。」
階段の1階と言えば初めて佐奈子に追われたところだ。かなり警戒しながら俺たちは1階へと降りる。
幸い佐奈子はいなかった。
まずはほっと胸をなでおろす。しかしあともう一つ問題があった。儀式をする地下への道がフロアマップには載っていなかった。
「これじゃどこに行けばいいのかわかんないね。」
「……そうだな。何か見落としたか。」
「まぁ、うろうろしていれば見つかるかもね。」
1階はまだ全然捜索していない。地下へと続く階段があったりするのだろうか。俺たちは懐中電灯で廊下を照らしながら歩く。最初に俺たちが座った診察室の前の椅子の横を通る。
「最初にここに座ったときはこんなことになるなんて思いもしなかったね……。」
「ほんとだな……。」
2人でそんなことを話すうちに受付のとこまで歩いてきた。
「突き当りまで来たな……。」
この先は何もない。手掛かりはなかった。
「うーん、やっぱり廊下には何もないね……。診察室の中とか見てみようか……。」
永谷が提案する。俺たちは一階の各部屋の中を覗いた。受付、1番診察室、2番診察室、尿検査用のトイレ、点滴室。どれも機材などがそのまま残されていた。そしてそれっぽい部屋が見つかった。
「ここの部屋、何にもないのに奥に扉だけあるね……。」
がらんどうの小さめの部屋の奥の壁に鉄でできた扉があった。
「……よし、開けるぞ。」
俺は永谷にそう言うと鉄の扉を開ける。予想通り地下に続く階段があった。真っ暗で先が見えない。
懐中電灯を照らしながら俺と永谷はそろそろと階段を下りる。
「これは……。」
思わず声が漏れる。地下は小さめの部屋だった。中央には机があり、その上におそらく生贄から取り出した腸を捧げるであろう皿が置いてあった。そしてそれを取り囲むようにろうそくが6本置かれている。
「明らかにこれだね……。真ん中に置けばいいのかな。」
「……たぶん。」
永谷は真ん中の皿の上に人形を置いた。
「……何か変わった?」
「いや。なんにも……。」
人形を置いたら何かあるのだろうかと思ってみたものの特に変化は見られない。
「とりあえず1階に戻ろう。もしかすると外に出られるかもしれないし。」
もしかすると俺たちにはわからないだけできちんと成仏できているのかもしれない。
「そうだね。」
俺たちは階段を上がって病院の玄関にたどり着く。これで脱出できたら一件落着ということだ。
「よし、開けよう。こんなとことっとと出たいし。」
俺はそう言って玄関のドアに手をかける。
-その瞬間
ぱっと視界が明るくなった。ロビーには老人たちが座り、受付の中はあわただしく動いている。
このままドアを開けたら脱出できたりするのだろうかという思いが一瞬現れる。
「どうしました? まだ診察終わってませんよ?」
突然後ろから声をかけられて俺たちは少し飛び上がる。後ろを見ると老婆が優しそうに笑っていた。
全身に鳥肌が立ったのがわかった。まだ外に出してくれないのか、それとも脱出させる気がないのか。老婆はの目だけは笑わずにじっと俺たちの姿を見続けていた。




