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8.【管理者】たちの一幕

 闇の中、宙に映し出される数十ものウィンドウを前にしてキーボードの打ち込まれる音が淡々と響き渡る。


「ひ、ひひ、うひひひひひひひ……」


 絶え間なく続く奇怪な笑い声。ウィンドウの反射光で、一心不乱にキーボードを叩く一人の少女の顔が浮かび上がった。焦点の合っていない虚ろな目はウィンドウの間をせわしなく行き来し、だらしなく開かれた口からはヨダレが垂れている。


「ずびぃ~……う、あ、あと、あとちょっと……」


 垂れかけたヨダレを華奢な腕で拭い取り、ウィンドウを食い入るように見つめながら少女はキーボードを打つスピードをさらに上げた。


「ハァ、ハァ、ハァ……ハァ……!!」


 熱に浮かされたような荒い息。再び垂れてきたヨダレを拭うことすら忘れ、少女は舌なめずりをしてキーボードを叩き続ける。永遠に続くかと思われたその刹那、カァン!! とENTERキーを叩き鳴らす音が辺りに木霊して、キーボードを叩く音はそれきり無くなった。


「っ、はぁ……お、オワ、ッタ……」


 ふぅ~、と息を吐いて、少女は全てのウィンドウを閉じる。そして、糸が切れたようにキーボードに突っ伏した。


「……ぐぅ~」


 少女は一度眼を閉じると、大きないびきを掻き始める。

 そしてそれから一分も経たない頃、その空間―――部屋の扉が静かに開かれ、それから閉じた。部屋の照明を点けると、入ってきた人物は幸せそうに眠るその少女を見て呆れたように肩を竦める。


「様子を見に来たんだけど……どうやら、間に合ったみたいね」

「あ、アイリスじゃなイカ? お疲れー。そりゃぁ、ヘリネラはずぅーっと、ハァハァヨダレ垂らしながら仕事してたからじゃなイカ」

「あ、シャルルもいたんだ……うん、でしょうね」


 答える声を聴いて、入ってきた人物―――ジョブ担当【管理者(アドミニストレータ)】アイリスは、まあいつものことかと苦笑を浮かべた。


 アイリスの様に、各【管理者】たちには担当となるシステム項目とそれぞれに仕事が割り当てられている。

 例えばアイリスはジョブ担当【管理者】であり、その仕事は職業ごとの名称や系統の付与、そしてステータス補正や適性武器の設定などが当てはまる。

 他にスキルの付与などもあるが、そのスキルの創造自体は別の【管理者】の管轄だ。


 【管理者】間での役割がかなり大雑把に分けられているために、【管理者】たちの担当する仕事量に格差が生じることもままある。

 またアイリスがジョブスキルの付与はしても創造自体は他の担当の【管理者】に任せているように、互いの役割が完全には切り放せない物であると判断した場合には別の【管理者】同士で行動することもまたあることである。


 前者の故に今アイリスはここを訪れる暇があり、故にヨダレを垂らしながら寝ている少女は―――イベント担当【管理者】ヘリネラは、今でも仕事に勤しんでいるのだ。


 また後者の故に―――アイリスに答えた声、眠っているヘリネラの向かい側に座っている男、シャルルは暗闇、つまりはヘリネラの部屋の中で仕事に没頭している。


「首尾はどんな感じ?」

「んーと。エリア攻略のほうは【ダイデン中迷宮】が第二層までボスが倒されてる感じカ。

 【ルアリラ鉱山】、【アルバス洞窟】は第一層まで攻略完了。

 残り5つのダンジョンは一層攻略途中、もしくはそもそも手が付けられていない感じじゃなイカ?

 初日のログインしたプレイヤーの数は634。ログインしてすぐにログアウトしちゃったプレイヤーさんもいたからから、何とも言えなイカ。でも、これからもう少し増えるんじゃなイカ?」

「なるほどね」


 うんうんと頷きながら、やっぱり聞き取りにくい喋り方だな、とアイリスは思った。


「あーそれか、アイリスはこっちの方が知りたいんじゃなイカ?」


 ひらめいたように拳をポン、と掌に乗せた後、シャルルは新たなウィンドウを開く。それを見て、アイリスは合点がいったように首を傾げた。


「あー、ジョブの偏り具合ね?」

「そーそーそーそー。一番多かったのは、【魔術師】とか【弓使い】とかの遠距離系統。やっぱり、遠距離はロマンがあるんじゃなイカ。

 次に多いのは【剣士】とか【騎士】のファンタジー近接系、まあここはまだ分かるカ。

 意外に多かったのが【暗殺者】とか【従魔師】とかじゃなイカ」

「ちなみに、一番少なかったのは何なの?」

「まだなんとも言えない。一人しかついていないジョブだってあるし、まだ誰も付いていないジョブだってあるカラ」


 アイリスの問いに、シャルルは肩をすくめて首を振る。そして、ウィンドウを閉じて別のウィンドウに切り替えた。


「ちなみに、これが例外を除いた現時点最高レベルじゃなイカと思うイカ」

「合計レベル……93? 待って、例外って何なの?」

「【村人】じゃなイカ。あれって、やたらレベル上がりやすい仕様になってるじゃなイカ? ステータス補正は最悪だけど、経験値補正は全ジョブでもぶっちぎり。スキルポイントもたくさんもらえるから、そこで補えば戦えないこともないんじゃなイカ」


 だけど、と前置きしてからシャルルは言う。


「あのジョブはいわば“早成型”なんじゃなイカ。最初はステータスも上がりやすくて、スキルをたくさん手に入れられる。けど、ほかのジョブより数倍レベルが上がりやすいといっても、イコール数倍のステータスってわけじゃなイカら」


 そう、いくら経験値に特化していようが、高レベルになればなってくるほど“レベルという数値”は上がりずらくなる。低レベルのときは【剣士】や【魔術師】と比べて数倍の速さでレベルを上げられ、その成長速度で格段に低いステータスを補えても、高レベルになればそうはいかないだろう。

 ましてや、【村人】系統ジョブの1レベルで上がるステータス数値が、一般的なジョブに比べて四分の一ほどしかないとくれば。


「まあ、【村人】である系統のスキルとってポイントでレベル上げて即転職すればスキルレベルすぐに上げられ……あっ、そういえば【村人】系統以外のスキルのスキルレベル下げるパッシブ持ってたんじゃなイカ。しかも、それ転職しても効果なくならないし。ダメじゃなイカ?」

「うーん。私は【村人】には【村人】の強みがあると思いたいけどな」


 アイリスは自分の送り出した一人のプレイヤーを思い出しながら、肩をすくめてそう言った。


「それより、初イベント(・・・・・)の準備は出来たの?」

「それはイカと……特にヘリネラに対して愚問じゃなイカ?」

「……そうよね」


 アイリスは若干げんなりした様子で仕事が終わった時にしか睡眠という行動をしないドMで社畜で仕事大好きな化け物に目を向ける。


「それで? 内容は?」

「イカが提案したものとほとんど内容は変えてなイカな。唯一懸念があるとすれば“すべ”の導入。これ、上手くは回らないんじゃなイカ?」

「何を言ってるの! ゲームの漫画や小説、アニメでだってこんなのいくらでも出てくるんだよ? こんなの導入しないわけにはいかないでしょ!」

「だからイカは不安なんだと思わなイカ?」


 ふーっ、とシャルルは息をつく。対して、アイリスは一転して気丈な表情を浮かべた。


「まあまあ、それに今回は私の初仕事! しっかり業務を果たさなきゃねっ!」

「やる気が出たみたいで結構なんじゃなイカ。それじゃあ、さっさと出るイカ。もう眠いイカ」

「急に語尾が雑になったわね……」


 手をひらひらさせて『あっち行け』アピールをするシャルルに、ジト目になりながらもアイリスは入ってきたドアに手をかける。


「あっ、そうそう分かっているとは思うけど……」

「舞台、イカ? 散々言われたからもうわかってるイカ。用意はしてるからさっさとけえれイカ」

「うん、だったらいいの。よーし、明日は頑張るぞー!」


 パタン、とドアが閉じる。再び暗闇と化したオフィスの中で、眠そうに瞼をこするシャルルは一つ、虚空にウィンドウを広げた。

 そこには、EXジョブ【ムラビート】の情報が表記してある。


「……ポイントの使い方次第、ってところイカ」


 その一言を最後に、シャルルもヘリネラと同じく、キーボードに突っ伏して寝息を立て始めた。

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[一言] お久しぶりです! ありがとうございます!
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