6.【ルアリラ鉱山第一階層】その1
今までVRゲームで山といえば、プレイヤーにとっては見所の一つであり、制作陣にとって悩みの種であった。
何故なら山は立体データの塊。ハリボテとして侵入不能エリアに置くならばともかく、現実の山とは似ても似つかない表面ツルッツルの坂ならともかく、より現実に近い実体としておくならばその膨大なデータ量によってサーバーに尋常でない負荷がかかる。
それは同時に【VRMMO】の暗黒時代ともいえるVR“偽”黎明期でのNPCに並ぶ一つの指針でもあった。“山”がどれだけ美しいグラフィックで描かれているかでそのゲームのサーバー性能を判断しろと言われるほどだ。まあ、結局山のグラフィックが良いどころか、ゲーム内の“空気”でグラフィック自体次元が割れたようにズレたゲームがほとんどだったが。
だが結果的には、“本物”の【VRMMO】たる【LOFO】は違ったと言えるだろう。
「……グラフィックすげえ……」
その山、【ルアリラ鉱山】を目の前にして思わず感嘆の声が漏れる。
小学校のころ山には登ったことはあるが、視界に補正でも掛かっているのか、その山はより輝いて見えた。尖った岩肌、滝のように流れ落ちる水、頂上を染める銀世界。
遠目で眺めるのとは一線を画する壮観な眺めだ。都会の高層ビルよりよっぽど良い。
初めて【村】を見たときは人の会話に、足で踏む土の感触に、風に運ばれた自然の匂いに、つまり“世界”としての【LOFO】に感動していたのだが、これは単純に視覚に訴えてくるものがある。
なんというか、目が回って倒れてしまいそうだ。
ブンブンと首を振り、前を見る。そこには『【ルアリラ鉱山入口】』と機械的なフォントで描かれた看板があった。
【ルアリラ鉱山街道】でのシャトルランの如きレベリングで何回か見たことはあるが、あの時と今とでは決定的な違いがある。
それは、俺が【ルアリラ鉱山】に手を出す気があるか否かの違いだ。
「さて、じゃあそろそろ攻略始めますか」
感動もそこそこに、洞窟の中へ足を踏み入れる。入ってしばらくすると、突然ワープしたように景色が切り替わった。おおっ?
鬱屈とした湿った空気、ゴツゴツとした岩肌、上から滴る水滴。目の前に移る光景はまさに洞窟といった風体で、後ろを振り返ると雰囲気を盛り上げるためか、先ほど入ったばかりの入り口が十数メートル後ろまで後退していた。
おまけに、洞窟に入った瞬間ロジカルな曲が流れだす始末である。ううん……。
ちなみにこの【ルアリラ鉱山】、一種の山脈のようになっており、初期エリアを阻む壁のような役割を担っている。
だが、ここでフィールドが途切れている訳ではなく、マップにはきちんと次のフィールドが描かれていた。
それはつまり、この【ルアリラ鉱山】を突破しなければ次のフィールドには行けないということだろう。俗に言うフィールドボス、もしくはエリアボスが出てくる可能性が高い。まあ、どうせそのうち会うことになるだろうし、深くは考えなくていいか。
にしてもさすがは元鉱山というべきか、洞窟とはいえかなり整備はされているようだ。崩落防止に積み重ねられた木材(とは言っても【LOFO】に崩落なんて概念がそもそも存在するのか不明ではあるが)、無数に取り付けられた松明のおかげで視界は良好。モンスターによる奇襲は受けなさそうである。
「ウ、ア、ニンゲン!!」
そうやって歩いていると、さっそく新しいモンスターを見つけた。上部のネームには【ゴブリン・ヴィレジャー】と銘打たれている。
なるほど、確かに濃い緑の肌に小柄な体躯、ニタついた笑みを浮かべた醜悪な顔つきはファンタジーで言うところのゴブリンとそう大差はないだろう。
……にしても、カタコトでも必死に喋ろうとしてる感がすげえ笑え……
「シネ」
「急にド直球になったなオイ!?」
心なしか瞳に遊び心を感じなくなった【ゴブリン・ヴィレジャー】が手に持った棍棒を振りかざして突っ込んでくる。
とはいえ、十分に反応できる速度なうえに小柄なもんだから、比較的冷静に対処できた。
「おらっ!!」
「ギアッ!?」
といっても、体格とリーチの差を生かして突進してくる【ゴブリン・ヴィレジャー】に先手の一撃を振り下ろしただけだが。
その一撃で【ゴブリン・ヴィレジャー】のHPゲージが5割消し飛び、合成【ノーマルブレード+6】の効果で全身が燃え上がる。あとは怯んだ隙にもう一撃叩き込んで戦闘終了。
なんの戦術とも言えない、ただのゴリ押しである。
にしても、初見のモンスターとの1対1の戦闘は緊張感が今までの比じゃないな。正直、かなり楽しい。こういう緊張感も嫌いじゃないし、別に相手取って危ない相手でもないから温存の意味も含めて《クロック・ワークス》の方は対多人数用に取っておくか。
時折現れる1~3体程度の【ゴブリン・ヴィレジャー】たちを懇切丁寧に相手していきながら洞窟を進む。
時々分かれ道などもあって一種の迷路になっているこのダンジョンだが、特に考えもせずズンズンと進むことにした。理由は簡単、取り敢えず楽しみたいからである。
それにしても、【ルアリラ鉱山街道】に比べてここはエネミーの数が少ないような。〈ストーリークエスト〉か、俺が一人で攻略していることに関係しているのか、それともこれがフィールドとダンジョンの違いなのか。
むしろ、ダンジョンみたいな閉所ではこの程度がちょうどいいのかもしれないな。
「……ん?」
そんなことを考えながら進んでいると、急に開けた場所に出た。
最初に目に映ったのは鉱石の詰め込まれたトロッコ。次に目に映ったのは、壁に向かってせっせとつるはしを打ち付けるゴブリンたち……採掘場、という事だろうか。
「……ム、ニンゲン!!」
「ニンゲン!!」
「インゲン!!」
発言がワンパターンだな。ていうか、今どいつか一匹変なことを言ってたような。
つるはしを掲げ、ゴブリンが次々に突撃してくる。手に持っているつるはしもそうだが、頭に被っているヘルメットといい、鉱夫をモチーフにしているのか?
数はひぃ、ふう……8匹ぐらいか。
「ギャギャギャ!!」
「お、っと」
先頭から飛び出し、足をすくうように振るわれたゴブリンのつるはしを跳躍して避ける。気が付いた時には俺を囲んだゴブリンたちが一斉に攻撃を繰り出そうとしているのが見えた。
やっぱり出し惜しみしてる場合じゃないか。
「《パラライズ・グレネード》」
「ゲギャッ!?」
地面に軽く手をついて金色のオーラを爆散させ、ゴブリンたちを“麻痺”による拘束効果で一時的に縫い留める。《アンチ・バインド》と《ファーストバインド》はすでにバフ掛け済みだ。
そこから、《ポイズン・グレネード》と《ファイアベール》のコンボ、からの《クロック・ワークス》。閉所だと逃げ場がなくなるからか、この戦法が思った以上に上手く嵌まるな。
状態異常の継続ダメージを一挙に受けたゴブリンたちが爆散するのを霧の中から眺めながら、俺は自身も受けたダメージを回復しようとポーションを取り出し、一息に呷る。
《クロック・ワークス》って状態異常についてだけ時間を飛ばすからかわからないけど、霧は普通に残るんだよな……これ、上手くやれば使えそうなもんだが。
霧が晴れるとリザルトウィンドウが現れ、その向こうに正方形の箱のようなものが見えた。もしかして、宝箱か?
少なくとも、あれはこの部屋に入った時にはなかったはずだ。ってことは、これは一部の状況下で戦闘が終了すると出現するってことかね。
近づいて開けてみると、箱の中には紫色の硝子瓶が4つ、緑色の硝子瓶が2つ、オレンジ色の瓶が1つ、そして赤い宝石の嵌まった青い指輪と紙が一枚入っていた。
「こっち二つは【MP回復ポーション:Uncommon】と【平凡な回復ポーション】、それにこのオレンジのは【スキルポイントポーション】か……」
【MP回復ポーション:Uncommon】は、服用した瞬間MP50回復、そして60秒間でのMP5%回復。【平凡な回復ポーション】はHP300回復だ。市販のものより普通に性能がいい。MPポーションなんて俺はまだお目にかかったことは無いしな。
【スキルポイントポーション】は飲んだ瞬間1付与か……まあ、飲まないメリットはないので、一先ず服用してスキルポイントを獲得しておく。
次は指輪だな。ダンジョンでも装備品が出てくると分かったのはちょっとした発見だったが、『プレイヤーが生産するものよりダンジョンで手に入る武器の方が強い場合もある』というお楽しみ要素……もとい、お約束を外していないのなら性能はかなりいいはずだ。正直、めちゃくちゃワクワクしてる。
ステータス画面から装備画面を開き、指輪を右手の人差し指に装備してその性能を確認した。
――――――
【とある鉱夫の愛妻指輪】ランクB⁻
≪装備効果≫DEX32(-16) LUK16(-8) SP+41(-21) MP+41(-21)
≪概要≫とある鉱夫が妻から贈られた結婚指輪の一方。指輪の裏には『愛する~へ』という文字が彫られている。かすかな血の匂いと、元の持ち主の未練が宿っている気がするのは気のせいだろうか……
――――――
……。
…………重いな…………。
何とも言えない気分になったが、マイナスでもランクBだけあって性能自体はかなり高いようだ。これも、《豚に真珠》のマイナス補正が付いているみたいだけど。
まあ、おどろおどろしい説明文だが、装備してみた感じ見た目は綺麗だし多分大丈夫だ。
あとは確か紙っぽいアイテムがあったような……お、あった。
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【???の製作レシピ】【《鍛冶》用】
【概要】詳細不明(【工房】ランクE レベル6で解放されます)
――――――
なんだこりゃ。《鍛冶》用のレシピだってことはわかるけど、逆にそれ以外が全然わからないな。にしてもレシピか……今は【ノーマルブレード】みたいに普通に作成できてるものもあるけど、武器の強さが上がるとこういうレシピみたいなのが必要になってくるのかね。
考えながら、ウィンドウを閉じる。
「シュプレさんはログアウトしてるのか……」
何か変化がないかとフレンドリストを開いてみたが、フィールドで狩りをしていたはずのシュプレさんはログアウト状態になっていた。
現実世界でやることでもあったのかな。だとしたら、もう少し時間も空きそうだし攻略を進めとくか。
そうして俺は、部屋の先に向かって歩き始めた。




