嵐の夜の次の日に
「ここが何処だか判明したわ」
俺たちが朝食を事務所に集まって食事を取っている時に宝来が切り出した。
惣菜やらパンやらは保存も効かないので、早めに消費することとなっている。種類も多く、いっそ豪勢なくらいだ。温められれば申し分ないのだが。
それよりミーティングは夕食時にってことになっていたが、そんなことよりも宝来の発言に、全員が持っていかれた。
「なんだって。それは一大事だ。楠、ごめん、醤油とって」
「それは本当ですか?はい、お醤油です」
「いったい何処だって言うんだ?翔、お前それにタレついてるのに醤油いるのか」
「私の話をきけぇーっ」
宝来がちゃぶ台ならぬ机をひっくり返す。
各々、食料は手にもって死守をする。
俺は納豆と水で戻すタイプのアルファ米(期限近め)。
楠はパスタ(賞味期限ぎりぎり)。
近藤はカレーパンとサンドイッチ。
貴重な食糧だ。ちゃぶ台返しの犠牲には出来ない。
「あたしって黒髪ロングのクールキャラのはずなのに・・・」
「一夜ちゃん・・・頑張って」
「自分で言うのはどうかとは思うぞ」
「自意識高めだな。生き辛かろう」
「やかましいっ」
スパーン。スパーン。とちょっといい音を立てて宝来が俺と近藤の頭を叩く。
「で、話は逸れたが結局は何処なんだ?」
「逸らしたのはあんたでしょうが」
「一夜ちゃん落ち着いて・・・」
楠は持っていた紅茶のペットボトルを宝来に手渡した。
宝来は「ありがとう」と短く感謝の言葉を返し、一口、紅茶に口をつけると、深く息を吐いた。
「ここが何処だか判明したわ」
「それさっき聞いたぞ」
「くっ・・・」
「翔、止めとけ。全部にツッコミ入れると話が始まらない。ひな壇の芸人をいじる先輩芸人みたいなことをするな」
「例えがわかりづらい・・・」
宝来はもう一度、深く息を吐くと話を始めた。
「ここが何処だか判明したわ・・・。ここは南神市でほぼ間違いないわ」
「えっ?それって・・・」
「もともとの場所から動いてないってことか?」
「さすがにそれは無理があるだろう」
いろいろぶっこんでくるで有名な宝来さんだが、さすがに無理があるだろう。
物語の設定としてはありがち。評価はBかな?
「なんか失礼なこと言われている気がするけど・・・。まあいいわ、続けるわよ」
「どうぞ。いつもの長セリフですね」
「なんか引っかかる言い方ね・・・。まあいいわ。長ゼリフいくわよっ」
「結局いくんかい」
宝来は俺の言葉を遮るように話し始めた。
「まずは全員周知していると思うけど確認していくわね。まずは大気ね。一般的に大気は窒素78.1%、酸素20.9%、アルゴン0.93%、二酸化炭素0.037%とその他9種類の成分で出来てるじゃない?成分検査を出来ていないからはっきりとした数値はわからないけれど、酸素濃度が10%も違えばその毒性で活動に支障が出るから、私たちが特に体調の不良も無く活動出来ているという点で、ここは地球とほぼ同じ大気だと言えるわね。例えば、地球と近い惑星の火星なんかの大気だと二酸化炭素95.32%、酸素が0.13%なことを考えると飛ばされたのが地球であるだけで不幸中の幸いと言ったところかしらね」
「先生!楠がもうリタイアしてます」
「・・・ぷしゅー」
「なんか当たり前みたいに大気の成分とか言ってるけど。暗唱しだしたらもはや変態だな」
「空気・吸える・これ奇跡」
「それならわかりますっ」
「ねぇねぇ、翔さん。楠さんてちょっと弱い子なの?」
「勉強は出来るんですけどね。この子」
「なんでお母さんと近所のおばちゃんみたいな言い方になってるのよ。他にもわかったことがあるから聞きなさい」
宝来は俺たちの会話を再び遮る。
「次の確認になるけれど、重力が地球のそれとほぼ同じ1Gであると言えるわ。本来なら精度のあるバネ測りか加速度を測定したいところだけど、キッチンにあった測りを使わせてもらったわ。10分の1gまでしか測れないのが心配だけれど、1kgが1kgで測定出来たからそれを信用させてもらうわね。ここまでで、大気・重力がほぼ地球と同じと言えるわ。次に言えることが植生なのだけど、これを見て頂戴」
宝来はちゃぶだい返しをしたテーブルの上に数種類の花と草を並べて置いた。
「これは?」
「店の周りに生えていた植物よ。右から順にスギナ、ナズナ、スズメノカタビラ、ハコベ、ハハコグサ、カタバミ、ヒメジョオンね」
「ねっ。って雑草拾ってきて小学生か」
「なんの草なんですか?」
「これらの植物は北半球の温帯地域によく生息している植物なの。時期的には春から夏に育つ植物とされているわ。ここまでで、ここは地球で北半球の温暖地域。特にアジアであることが推測できるってことね」
「だから土やら草やらいじくってたんだな」
「ちょっと安心したぜ。頭おかしくなって草でも食べてるのかと思ってたからな」
「あんたたちねぇ。髪の毛全部むしって抜いた草の変わりに植えてやろうかしら」
「一夜ちゃん、抑えて・・・」
俺たちの髪を狙ってくる宝来を楠が制止する。
宝来は本日なんどめかになる深呼吸をすると、話を続ける。
「えーと、どこまで話したかしら?重力と大気は話したから、植生はいま話したから。次は星ね」
「あぁ、昨日ムーディーに夜空眺めてたやつな」
「キャンプ場でナンパしてくる大学生みたいな手口だな」
「あんたたちねぇ・・・」
「先輩、近藤さん。話が進まない」
「続けるわよ。まず太陽ね。植生と合わせての予測にはなるけれど、恒星の軌道と温度がほぼ6月の太陽の特徴と合致しているわ」
「そりゃ、太陽なんてそんなもんだろ?」
「まてまて近藤。異世界には太陽が二つくらいあるのが常識だぞ」
「太陽が二つもあるのか?いつまでも夜にならないな」
「そこはそれ、二つ同時に回っているもんなんだ」
「そうなのか。なんか暑そうだな」
「二人ともストップ」
「「はい」」
楠が黒めのオーラを纏って俺ろ近藤を制した。
「そして、夜に星を観ていたのだけれど。日本で夏に見られる夜空に完全に一致していたわ」
「そういえば昨日、近藤も星座がどうとか言っていたな。夏の大三角とかちょっと気持ち悪いこと」
「まあ俺もキャンプ場でナンパする系の大学生だからな」
「さらりと気持ち悪いことを重ね掛けするな」
「近藤さん・・・」
「おお、学生女子の視線が痛いぜ。それはそうと星座なんか俺も適当に言っただけだぜ。あんなもん何処でも同じように見えるんじゃないのか?」
「そうでもないわ。星座って等級の高い明るい恒星を繋げて、図形に見立てているじゃない?」
「おお、そうだそうだ」
「近藤。それ完全にわかってないときの返事だぞ」
「地球の地軸に対しての緯度によって星座の見え方って変わるのよ。予測ありきではあったけれど、私の覚えている範囲の恒星の位置からして緯度35°であると断言出来るわ」
だから昨夜、わざわざ屋根まで上って星を眺めていたんだな。
「結局それってどういう事なんだ?」
「重力、大気、植生、緯度から判断してここはほぼ日本の本州の関東から関西の近辺である可能性が高いわ」
「えっ?!まじすか」
「そうなのか?」
「一夜ちゃん。本当っ?」
「それなら、道路まで出られればすぐ帰れるんじゃないか?」
「駅まで行ければどんなに遠くてもその日のうちに帰れるな」
「やったっ」
楠が小さくガッツポーズを取る。かわええ。カメラを起動させておくんだった。
俺と近藤も安堵し、テンションが上がった。
「ワホーイ」
「ワホホーイ」
「わほ・・・い」
「ワホホホホホーイ」
「ワホワホワホ」
「ワッホーイ」
「わほ」
・
・
・
・
・
「これなんの時間っ」
終わらない謎テンションに、思わず突っ込んでしまった。
俺たち三人がアゲアゲしているが、宝来の顔は晴れない。
そういう顔だと言ってしまえばそうなのだけれど。こんな時までクールビューティーを気取らなくてもいいのにな。
「どうした宝来。もっと喜ぼうぜ。そもそもお前が立証したことだろ?」
「そうね・・・。ぬか喜びさせたなら説明の仕方が悪かったと反省するわ」
「ん?」
宝来の一言に俺たちのお祭りテンションがピタッと止まった。
「そもそも、ここ電波届いていないのよ」
「「そうでしたーっ」」
すっかりその事を忘れていた。
宝来の説明で、どんどん範囲が狭まり、日本であるという予測がたった。
だからこそ、より一層、スマホの電波が届いていないこととGPSが反応しない理由の説明がつかない。
「なんでもいいけど、あんたたち元気よね」
宝来は深いため息をつく。
大いに呆れたようだ。
「で、結局はどういうことなんだ。もったいぶらずに教えてくれよ」
「あんたたちが話の腰を言った傍から折ってくるから話が進まないだけで、出し惜しみしているつもりは全くないのだけれどね」
「わわわわわっ、わたしはちがうよね?」
「大丈夫よ。楠さんはいいのよ。ちょっとだけだから」
楠に微笑みかける宝来。
目が笑っていないのがめっちゃ怖い。
「さて、推測ありきでの結論になってしまうのだけど。ここは南神市。要はもと所からほとんど動いていないのよ」
「それは無いだろう。電波とGPSの件もあるが、南神市はいうても15万人の市だぜ。周囲に人工物が無さすぎる。というか駅前くらいに居たのに大草原じゃねーか」
「根拠が無くて言っているわけでは無いわ。そのために近藤さんには河まで行ってもらったのだから」
「どういうことだ?」
「一応、水も汲んできてもらったけれど、大した設備もないからほとんどわからなかったわ。結局は場所ね」
宝来はそういうと、テーブルの草花を片付け、レジ横にあった地図を広げた。
「ここが、このコンビニのある南神市の志隠でしょ。そこから東に徒歩で30分。だいたい2km~3kmの付近。だいたいこの辺りね」
赤いペンで地図に丸を描く。
「おいおい、そこだと河までたどり着いていないんじゃないか?」
「そうよ。そこがひっかかりだったのだけれど。あなたには2回、行ってもらったわね」
「ああ、そうだ」
「2回目は北東方向に40分。だいたい3km~4km付近。だとここになるわ」
宝来はさっきの丸の北側に赤い丸を追加した。そこには河がちゃんと含まれていた。
「これはどういうことなんだ?」
近藤は2回、河に行った。結果としては2回とも宝来の言った通り河にたどり着いている。そうなると当然の疑問が浮かぶ。
「そもそも、宝来の言ってる説。動いていない説自体が間違ってるんじゃないか?」
「それは無いわ。その他の条件を鑑みてもここが南神市であると言えるわ。と言ってもそう思うのは当然の考えだと思うわ。なんて言うか。予想通り過ぎて笑っちゃうわね。あはは」
「なにそれ、めっちゃムカつく」
「そこで出てくるのがこれよ」
宝来はタブレットを取り出すと、地図の画像を映し出した。
「なんでもっかい地図を出したんだよ」
「こっちと見比べてくれる?」
そこには同じ地形だが、河の位置が大きく違っていた。タブレットに写された地図では、初めに近藤が向かった位置に河が流れている。
「なんか古い地図だけど、この地図はなんなんだ?」
「いいところに気が付いたわね。これは文久元年の地図よ。タブレットもダウンロードしている書籍なんかは普通に動かせたのはラッキーだったわ。ログインが必要だったら開けなかったもの」
「文久って・・・。昭和、大正、明治くらいは知っていますけど。江戸時代になるんですか?」
「明治から遡って、慶応が4年、元治が2年、その次が文久で4年になるわ。楠さんの言う通り、江戸時代という括りにはなるわね」
「宝来、お前の言いたいことはつまり・・・」
「そうよ。この時代の河の配置だと、全ての条件が一致するのよ。この河、登神川はもともと直線で流れていたのだけれど、農業用水の確保の為に、明治29年以降の大規模な河川工事で曲げられた河なのよ。つまり・・・。私たちは過去にタイムスリップしている」
「な・・・なんだって」
「状況的に頼っているとは言え、概ねそうだと言えるわ。神隠しの事案では、過去にタイムスリップしたという話はいくつもあるわ。有名なのがベルサイユの二人の女史の話。1901年、フランスのパリの話で、イギリスから来たセント・ヒューズ女子短期大学の初代学長アンモーバリー女史と副学長のジョーダン女史が観光に来ていたの。大勢の観光客で賑わうベルサイユ宮殿で二人が建物から庭園へ出たときに、古めかしい服装の庭師らしき男の人が庭仕事をしているのに出会う。やけに古い恰好をしているなと不思議に思いながらも先を歩いていくと、今は誰も身に着けないような幅の広い帽子と古風なバックルのついた靴を履いた男に出会う。男は二人に「そっちに行っても何もない」と教えてくれる。その時、周囲を見渡した二人は、あれだけいた自分たち以外の観光客が一人もいないことに気が付くの。気味が悪くなった二人は足早に庭園を進んでいくと、こちらも時代離れした大きな白い帽子、足首までのスカートを履いた女性がスケッチをしている横を通り過ぎ、庭園を出たところで大勢の観光客がざわめいているのを見て、二人は現実に戻ってきた気がしたの。このことが気になった二人は調べていくうちに、二人が出会った人々の服装や庭園の配置などが1789年フランス革命の真っ只中のベルサイユ宮殿であることが分ったって言う話よ」
「まゆつば~」
「まゆつば~」
「なんで二人とも人差し指を突き出して、横に激しく振っているんですか?」
「どこがまゆつば~よ」