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サバイバルで必要なもの

「くらえ!」


魔王に向けて俺は炎の魔法を唱える。巨大な炎の塊が魔王の全身を包み込む。


「ぬぅぅぅぅぅ・・・。っはぁっ!」


魔王は腕を大きく振り抜くと炎の魔法を打ち消した。


「ふはははははは。貴様の渾身の魔法も我が闇の力の前では致命傷を与えることは出来んようだな。ちょっとひどめの火傷しかせんわ!」


魔王は焦げたローブをバタバタと叩き、残り火を消す。


「そんな!私の恋人の勇者様のお力でも魔王に敵わないの」


と絶世の美少女のエルフの王女様。


「まさか!超絶かっこいいワシの息子となる勇者が敗れてしまうのか。この世界は闇に覆われてしまうのか・・・」


と王女の父親である王様が嘆く。


「ふふふ・・・」

「ゆ、勇者様?」

「どうしたのじゃ勇者よ」


勇者こと最上翔は不適に笑う。


「いつからいまのが俺の最強魔法だと思っていた?」

「なに?いまのが古代竜から授かった最強の古代魔法でないと言うならいったい何がこの身を燃やしたというのだ?」

「いまのは・・・俺の最弱魔法ファイアーボールだ」

「なにぃ!?」

「勇者様本当ですの?」


最上翔は不適に笑うと右手を魔王に向ける。


「くらえ!これが古代竜より授かった最強魔法!エンシェントマキシマムフレイムだ!」


視界を埋め尽くすほどの巨大な炎が轟音とともに魔王を襲う。


「お、おのれ・・・。勇者め・・・。もう少しで・・・世界を我が手に出来たものを・・・」


魔王が炎の中で消し炭となり消え去る。主が不在となった魔王城に陽の光が差し込む。闇に覆われていた世界に光が取り戻されたのだ。


「やりましたね。勇者さま」

「よくやった。勇者よ。城に帰ったら宴を開かねばな。いや、祝言の方が先だったかな?」

「お、お父様!」


王女は顔を真っ赤に染める。俺は王女に微笑みかけると肩を抱き寄せた。


「ゆ、勇者さま・・・」


王女はうるんだ瞳で俺をじっと見つめる。


世界は平和が訪れた。しかし、平和を勝ち取るのと同じように、平和を維持することは難しいことを俺は知っている。これからも様々な困難が俺たちに待ち受けているだろう。でも、しばらくはこの平穏を噛みしめてもいいよな?


「勇者さま・・・」

「ん?」


平和を取り戻した達成感に浸っているところに、王女が俺を呼ぶ。


「これを・・・」

「王女、これは?」


彼女は肩幅ほどある茶色い箱を持っていた。現代の知識を持っている俺には分かる。これは・・・段ボールだ。


「これをバックヤードまで運んでください」

「はい?」

「ぼーっとしてないでさっさと持ってきなさい。日が出てるうちにあらかた終わらせるわよ」


俺は現実に引き戻される。現実の俺は宝来に命ぜられるまま荷物運びをしていた。店内の商品をひっくり返して賞味期限をベースにして、店内と比較的涼しいバックヤードに商品を分けて運ばされていた。


もう100往復は行ったり来たり。少しでも遅れるといまのように罵声を浴びせられる。あまりの重労働に意識をとばさられてしまっていた。修行かよ。


「なんか俺の思ってた異世界転移と違うんだよなー」

「つべこべ言わずに社畜のように働きなさい」

「俺まだ学生なんですけど?」


俺の主張なんぞ通るはずも無く、宝来はシッシッと虫でも追い払うように手を振ると手に持っていた書類に目を落とした。彼女が持っているのはこのコンビニにある商品の在庫リスト。彼女の凄いところは小一時間ほどで食料品の保存をすべく賞味期限を調べ上げてリスト化し、保存場所の割り振りを終わらせてしまったところ。ちょっと真似は出来ないな。


そういう感じで頭脳労働を取られた俺は、こうして肉体労働を強いられている訳だ。


「ほんとなら収納魔法で簡単に片づけられるのになー」


カップ麺の山を段ボールに詰め込んで台車に乗せてバックヤードに運びながら俺は呟いた。


「あんたの口からちょいちょい出てくる魔法やら異世界転移やらってなんなの?」

「宝来ってゲームとかしねぇの?」

「たまにやるわよ?テラフォーミングジュピターとか有名どころでタカンとか」

「洋ゲーかよ?しらねぇわ。そういうのって魔法とか出てこねーの?」

「出てこないわね。文化が違うのかしら?」

「めちゃめちゃ文化一緒やわ」

「民族が違うのね」

「めっちゃ日本人だわ。普通に失礼だな、お前の方こそ何人なんだよ」


なんか罵られながら(主に俺が)作業を続けていると楠がひょこっと顔を出した。


「先輩は厨二病?ってやつなんですよ」

「ああ、萌えーとか言うやつね」

「オタクの知識雑い。俺はオタクではないけれど」

「最近のオタクは、豊臣が部下すぎて起きるのがつらいとか言うんですよ。意味はわからないですけど」

「尊みが深すぎて生きるのがつらいな。つらいだけあってるけどね。後、俺はオタクではないけどね」

「別にあんたがオタクでも引きこもりでもなんでもいいけれど」

「その二つを安易に同列にするな。俺はどっちでもないけどね」

「どっちでもいいけど、あんた口悪くなってない?」

「そりゃもう4時間もぶっ通しで荷物運んでたら口も悪くなりますですよ」


俺は4人で集まったミーティングの後、いままでずっと荷物運びをさせられていた。乳酸も不満も溜まるわけですよ。


「ところで楠はなにやってたんだ?」

「私は一夜ちゃんに頼まれて日用品を事務所に運んで、その後は事務所で何か使えるものがないか探してました」

「楠さんは丁寧だからいい仕事してくれたわ。楠さんにはこれからも仕事をお願いしたいわね」

「えへへ」

「まるで誰かは仕事出来ないみたいな言い方じゃないですか」

「そんなことは無いわよ。きついことも言ったけど、あんたが頑張ってるのはちゃんと評価してるから」

「そ、そう?」

「ほ、一夜ちゃん。わたしもっと頑張る」

「お、俺ももっときつい仕事でも全然やれるぜ」

「ふふふ、二人とも評価アップよ。期待してるわよ」

「「はいっ」」

「こらこら。社畜を製造するんじゃない」


そのとき、近藤が外から帰って来た。


「近藤、余計なことを言わないでくれ。俺たちは好きでやらせてもらってるんだ。仕事があるだけでもありがたいことなんだぜ」

「そうです。この仕事をしていると自分が成長してるのがわかるんです」

「あらあら。でも私は二人の自主性を大切にしてるのよ」

「もちろん。俺は自分からやらせてもらってるんだ」

「私も一夜ちゃんの役に立つのが嬉しいんです」

「洗脳じゃねーかっ」


ともかく。一旦、四人が揃った。残りの仕事(主に俺の)を終わらせて、今日の仕事は終わりとなった。


「ひとまずはこれで良さそうね」


バックヤードの荷物を確認した宝来が言う。


「どれくらい持ちそうなんだ?」

「賞味期限を鑑みなければ即席麺で2000食。缶詰で200。パウチ食品と冷凍食品は少しあるけど近日中に消費しないとね。あと、カロリーの摂取とすればチョコは保存が効くから使えるわね。うまくやれば1年は持たせられるわね」

「塩もあるからな」

「シャンプーとかボディーソープもありますよ」

「清潔さを保てるのは大切なことね」

「塩もな」

「ライターなんかもあるぞ。調理用の包丁なんかも使えるな。無人島サバイバルなんかと比べたらイージーだな」

「塩も・・・」

「塩何回言うのよ。戦国武将じゃないんだから」

「戦国武将て・・・」


不幸中の幸いというやつか。コンビニにいたところを飛ばされた俺たちは、食料や衛生品、食器に工具なんかも揃っていた。これが異世界全裸放置だったらどうなってたか考えたくもない。


「菓子類も保存が利いてカロリーと塩分をとれるものも多いわね。わるくないわ。とりあえずだけど試算した300日分の献立を見て頂戴」


そう言うと宝来は数十枚の紙束を出してきた。そこには印刷された300日分の食事メニューと使用食材、得られるカロリーと栄養素の予想が記載されていた。


「なんだこれ。いつの間にこんな物まで作ったんだ」

「一夜ちゃんすごい」

「逆にこわいわ。お前はフードマイスターか!」

「それ、褒めてるの?貶しているの?」


宝来は「まあ、いいわ」と一呼吸おいた。


「近藤さん。そっちの様子はどうだったの?」

「ああ、報告がまだだったな」

「そう言えばずっといなかったな」

「何処に行ってたんですか?」

「ああ、宝来に頼まれてな。探索がてら川を探してた」

「水源の確保はサバイバルの必須案件よね」

「もう完全にサバイバル的な案件なのな」


俺はまだ異世界転移説を主張しているのだが。聞く耳は無いらしい。


「とりあえずわ・・・ね」


宝来は意味深に言った。


「現状で最善を尽くすのみよ。さっきは勢いでいろいろ言ったけど、仮説に仮説を重ねるほど野暮じゃないわ」

「そうだな」


さっきの近藤の言葉だ。切り替えの早いもんだ。意趣返しだったら物凄いプライドエベレストだな。


「宝来ってプライドエベレストだよな」

「先輩、思ってること言っちゃうんですね」

「よく接客業やってこれたな」

「こんなバカを雇ったこの店のオーナーさんに同情するわね」


うんうんと楠が頷く。袋叩きだなこれ。


「で、結局川はあったのか?」

「ああ、あったあった。街の中の川じゃないから水も綺麗なものだったぞ」

「いないなーって思ってたら外に出てたんですね」

「ああ、でもさすがだな」

「ん?」


含みのある言い方。俺が聞き返すと近藤は呟くように言った。


「川は。宝来の言った通りの場所に流れていたんだ」

「どういうことだ?」


近藤に聞き返すと、「ちょっとこっちに来い」と首に腕を回し二人と距離を取った。


「お前どう思う?」

「どうってなにが」

「宝来のことだよ」


なるほど。そういうことか。


「あ、ああ・・・。まあ、美人だとは思うぜ?性格は結構きついけどな。まあ、近藤とはちょっと年が違うじゃないですか。ええと、まあ、つまりは近藤さんはロリコンさんなんですね?」

「その要らない口を縫い合わせてパッチワークつけてやろうか」

「なになに?急に怖い」

「まあ、真面目な話。川の件だけどな。宝来の言ったその通りの場所にあったんだ」

「いまそう言ってたな。良かったじゃないか。行ってみて無かったって方が問題だろ?」

「それはそうなんだけどな。こんな何処かも分からない場所に飛ばされて、そんな簡単に言った通りの場所に目的の物があるなんておかしいと思わないか?」

「それは、改めて言われると確かにそうだけど。考えすぎじゃないか?」

「そうか?川の件だけじゃないぞ。普通の10代女子がこんな良くわからない状況で、あんなに的確に冷静に指示を出せるもんか?それにあの手際の良さはなんだ?おかしいと思わないか」

「ほんまや!確かにそうやで」

「なんで急に関西弁になるんだ」

「結局のところ宝来がなんなんだ?」

「あいつには何か秘密があるんじゃないか」

「なるほど・・・。何か隠しているのか」

「俺たちは現状では運命共同体だ。不信なことは確かめて置かないと危険だと思わないか?」

「めっちゃ思う!」


まったくその通りだ。まるでチートなその正確無比な行動は何か裏が無いとおかしい。そもそも、本来ならそれは俺のポジションのはず。


「近藤。これは確かめる必要があるな」

「わかってくれたか」

「でもどうやって聞き出すつもりなんだ?」

「そこは俺に考えがある」


近藤は含みのある言い方で、自信ありげにそう言った。


「ちょっと耳をかせ」

「なんだなんだ」


近藤の考えはこうだ。


宝来には何か秘密がある。近藤は三つの予測を立てた。

一つは、ただめちゃくちゃに頭が良くて適応力がバリ高という予測。これが一番現実的だが、そんな事が出来るのか?というところから来ている議論なだけに今更感がある。

残り二つは、こんな現実離れした状況にあることを鑑みて、宝来の異才も現実離れした原因があるという予測。

二つ目、宝来はタイムリープ。若しくはタイムトラベルをして、この状況を過去に何度か経験しているという予測。三つめは、二つ目と似ているが、未来を予知しているという予測。この二つは現実離れしたものだけれど、今の状況も現実離れしている。毒を食らわば皿までというが、非現実が一つ起これば次もある。と、考えるのも不思議じゃあない。確かに、近藤に言われてみると、知っているから・知っていたからこそ出来る行動のように思えてならない。


そして、俺たちがこの予測を確実のものとするために取るべき行動は・・・。


「「クイズやろぉぉぉぉぉぉぉぉぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」

「なによそのテンション」

「二人とも情緒おかしい」


ターゲットは宝来。普通では絶対に答えられないような問題を出すことで宝来がどのような対応をするか確かめる。答えられるようなら近藤の話の通り秘密があるということになるのだ。クイズ出題は名誉なことに俺に一任された。


「いいじゃんクイズやろぉぜぇ」

「レクリエーションレクリエーション」

「なんか言い方がチャラい」

「先輩、圧が強めですね」

「じゃあ俺から第一問ねー」

「情緒・・・」


偶然居合わせただけの繋がりかも知れない。仲間と呼ぶにも友と呼ぶにも、時間も理解も足りていないかも知れない。それでも、いま、目の前にいる彼女を、宝来一夜という女の子を疑いたいわけじゃないんだ。俺は、俺たちは宝来の真偽を確かめて前に進む。そのための俺の渾身の謎かけだ。付き合いは短いが、彼女なら絶対に受けてくれると信じている。


さあ、問おう・・・


「上は大火事、下は洪水これなーんだ?」


一瞬。瞬きの程の間が空いた。


「くぉぉぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁ!それはクイズやのーて、なぞなぞいうんや!」

「それに上下間違っているわよ?」

「クイズ?なぞなぞ?」

「ほらみてみぃ。楠ちゃんがついてこれんよーなっとるがな」

「近藤、なんか口調かわってるな」

「お前どうすんだ。グダグダじゃねーか」

「落ち着け落ち着け。俺に考えがある」

「どんな考えか知らないが、ちゃんと答えはあるんだろうな?」

「答えって?」

「普通にこのなぞなぞだったら、上は洪水下は大火事なんだ?ってやつで答えは風呂ってやつだろ。今の年代に伝わるかはわからないけども」

「え?」

「え?って・・・お前」

「だだだだだだだ大丈夫だ・・・俺にかん考えがあるます」

「明らかに動揺してるわね。これで問題が間違ってたなんて言い出すならくびり殺すわよ」


宝来は指をポキポキッと軽快に鳴らしながら睨み付けてきた。世紀末の救世主様かな?新世紀もいいとこだけど。


「さあ、答えてもらおうか」

「・・・そうね。じゃあ打上花火」

「はい?」

「大きな花火大会なんかだと水上でやるじゃない?上は空が燃えるように火が舞って、下は一面が水。上は大火事で下は洪水にならないかしら?」

「発想がおしゃれ」

「で、どうなの?」

「え?まあうん。じゃあ正解!」

「じゃあってなによ、じゃあって!」

「お前・・・やっぱり何も考えて無かったな」

「ばばばバカ言え!」


ポキ・・・ポキッと指を鳴らす音がする。宝来が仁王像のような顔で俺を睨む。


「言いたいことはそれだけかしら?」

「まてまてまてまて!正解!正解!大正解!宝来さん。3ポイントゲットー」

「ポイント制なのか」

「楠さん、宝来さんに一歩リードされましたが、いかがでしょうか?・・・楠さん?」


楠からの返事が無い。まさか怒ったのだろうか?


「おーい。楠さーん。楠ちゃん?くっすー。どうした?」


楠の顔を覗き込むとボーッとして、呆けている。心ここにあらずと言った様子。


「フリーズしてんな」

「どういうことだ?」

「そもそもお前のなぞなぞ伝わりづらいんだよ」

「いやいや、どこがだよ」

「まず、上は洪水下は大火事これなーんだってなぞなぞで、答えは風呂って言うのがベースにあるだろ?」

「おお、よくわかったな」

「現代っ子それわかんないから」

「俺も現代っ子なんだが?宝来もわかってったぽいし」

「お風呂のお湯って蛇口捻ったら出るもんだと思ってるんだよ」

「まあ、たしかに。俺も実物で五右衛門風呂みたいなの見たことないからな」

「まあ、そこからわからないところに、お前は問題も間違えたわけだ」

「間違えてはないが、そうともとれるかな?」

「そこは認めてくれ。話がややこしくなる」

「じゃあ仮だが認めよう」

「わからないところに答えも考えてないなぞなぞを出された結果が楠ちゃんだ」


楠は頭に?マークを回転させているような顔をしている。


「つまりは?」

「つまりはグダグダってことだよ」

「作成は?」

「それどころじゃないですわ。どうすんだこの空気」


周りを見ると、楠は放心状態。宝来は怒りゲージMAX貯め中。近藤はあきれ顔。


「うーん地獄だな」

「まあいい。お前に任せたのが間違いだった」

「ひどくない?」

「いいから俺に任せろ。仕切り直してやる」

「こ、近藤さんなんか・・・かっけー」


任せろと言った近藤は自信に満ちた顔をしていた。彼の頭にはもうすでに成功への道筋がシミュレートされており、ただその道を辿るだけ。言葉にせずともそういう顔をしている。


「第2問いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」

「まだやるの?」

「だから情緒」

「頼むぜ近藤」


俺たちの視線が近藤に集まる。近藤は俺にだけわかるように口もとを緩ませニヤリと微笑む。それは「俺に任せろ」と言ったその言葉の自信をありありと見せるかのような笑み。さすがは近藤。さあ、見せてくれお前の腕を!


「いくぞ・・・」


近藤は一呼吸置いた後に放つ。


「パンはパンでもフライパンはなーんだ」

「グダグダじゃねーか!」

「クイズじゃないわね」

「なぞなぞ・・・」

「正解は腐ったパンです」

「正解が意味不明!」

「自分で正解言ったわね」

「食べられないパン」

「詰めるな詰めるな。お前ら元気すぎ」

「詰めるわ!バカ!」

「もうグダグダになったわね」

「クイズって・・・」


まったく収拾の付きようもない。着地の見えない目的を大きく逸したやり取り。地獄だな。


「・・・ふふっ」


楠が笑った。やばい。あまりの事に頭がおかしくなったのか?


「どうした楠。大丈夫かマイエンジェル」

「大丈夫ですよ。マイ何とかって言うのは知らないですけど」


うやむやな流れでねじ込んだ発言を軽やかに躱すと、楠は続けた。


「だって近藤さんは笑わせようとしてくれてるんですよね?こんな状況で皆が不安になっている時ですから。ちょっとでも不安を取り除こうとしているのがわかります」

「お?ああ・・・うん。そうだそうだ良く分かったな。それが本当の正解だ。楠ちゃんに5ポインツ」

「もういいですよ。ポイントなんて。でも、ありがとうございます。なんだか不安が飛んでっちゃいました」

「楠ちゃんにはばれちゃったか。いやぁ恥ずかしい恥ずかしい。はーはっはっは」

「近藤さん。おもしろい人ですよね」

「ぜってー嘘だな」

「絶対に嘘ね」


宝来も俺と同じ考えのようだ。


「楠ちゃん。あなたはなんかこう・・・ほっとけないわ。悪い人に簡単に騙されそう」


そういうと楠を引き寄せ、頭を抱き寄せる。


「なにがあっても私が守ってあげるからね」


なんか男前なこと言いだした。


「一夜ちゃんもありがとね」

「なにが?」

「きっとここに飛ばされたときに宝来ちゃんがいなかったら、悶々と考えるばっかりで不安になっちゃってたと思うの。でも、いろんな仕事を振ってくれて、体を動かしてたら考えることなんか止めちゃってた。一夜ちゃんはしっかりしてるから、いろいろ考えてくれてたんだよね?」

「え・・・?いえ・・・?そ、そうよ。人間はあれこれ悩むより体動かしてた方が変なこと考えなくていいのよ。よよよよくわかったわね。楠さんに100ポインツ」

「絶対嘘だ」

「絶対嘘だな」


近藤も俺と同じ考えのようだ。


「ありがとね。一夜ちゃん」


楠は、頭を抱えられている状態からクルっと宝来の方を向き微笑みかける。


「・・・っ」


宝来は楠を直視出来なくなり、顔を背けた。その後、俺を手招きする。


「ちょ・・・と。ティッシュとって」


顔を天井に向けて顔を抑えながら俺に言う。

俺は白い箱にゴマアザラシの描かれたちょっと良いティッシュの箱を棚から取ってくると宝来に渡す。


「あ・・・ありあと」


宝来にしては珍しく普通に感謝の意を俺に示すと、手際よくティッシュを取り出し、丸め、鼻に突っ込む。ティッシュは鼻の奥の方から赤くにじんでいる。


「楠さん」

「なに?一夜ちゃん」

「良いってことよ」


宝来は鼻からティッシュをぶら下げながら、男前にそう言った。


衣食住あれば人間は生きていけるかも知れない。でもそれは生存しているだけで、動物と変わらない。先が見えないが、やや補給品の多いサバイバル生活。生き抜いていくためには生活に必要なものだけでは足りない。女子二人の笑顔を見て、それを囲む俺たち二人。この四人の仲間がいればどんな苦境も乗り越えられるんじゃないかと、柄にもなく思ってしまったんだ。


その後、俺たちは食事を取った。傷みやすい弁当類なんかは冷凍庫(電気は入っていない)に入れてアルミホイルなんかで断熱はしてはいるが、いつまでも食べられる物では無いという観点から早めに食べてしまうようにと宝来から指示が出ている。乳製品なんかも同じだ。なのでサバイバルの食事のはずだが、結構豪華な食卓になっていた。


午後からはまた作業に入った。店にある資材をフル活用して外に簡易的だけれどトイレを作ったり、近藤がもう一度、川まで行って水をペットボトルに汲んで来たりと男衆は外仕事。女衆は店にある雑誌やらテーブルなんかを利用してのベッドの制作を行い、商品と事務所にあった避難用具を引っ張り出して布団なんかを作っていた。途中から宝来は近藤の持ってきた水を調べると言って事務所に籠っていた。


日が暮れると辺りは真っ暗になった。

町で暮らしていると、建物の明かりや往来の車なんかの明かりで、暗いとは言っても完全な暗闇ではない。ここにあるのは光の一切ない完全な暗闇だった。


まあ、俺達には電気という文明の利器があるのだけどね。


「ほら、点けるぞー」


近藤は懐中電灯をペットボトルに差し込んで点灯させた。懐中電灯の光が乱反射されて室内をパッと明るく照らした。近藤はそれを三つ適当な場所に置くと、椅子に腰を落ち着けた。


ここまで暗くなってくると作業は出来ないと踏んで、俺たちは夕食をとることにした。


「これからは暗くなる前に食事を済ませてしまいたいわね」

「そうだな。真っ暗ではないけれど薄暗くて見えづらい」

「俺はキャンプみたいで嫌いじゃないけどな」

「先輩っ。私もちょっとそれ分かります」


俺のやや能天気な意見に楠が同調してくれた。


「あんたねぇ、なにバ・・・うん!そうよねぇキャンプみたいよね」


宝来はは俺にバ・・・と言いかけて、鼻血を流しながら楠のほうに同意していた。なにか差別的なアレを感じる。


それから、今後の話などをちょっとだけした。細かいことは明日考えることとなり、危険なので単独行動はしないことと毎日夕食時にミーティングを行うことが決められた。

単独行動に関しては近藤が二回も川に一人で行っていることに関して近藤から文句が出たが、「近藤はなんか大丈夫そうだから」というのが宝来の弁だった。皆はそれに納得し、一応今後は複数人での行動を行っていくこととなった。

ミーティングに関しては紆余曲折あり、詳細はしょうもないので省くが、宝来が朝食時にミーティングを主張し、どっちでも良い派と夕食派とミーティングいやいや派に分かれた。つまり、全員の意見が割れたわけだ。なんやかんやあって、夕食時に実施されることとなった。ミーティングとか会議とか好きじゃないんだけどな。


先行きのわからない不安の中ではあるが、不幸中の幸いと言えるのは俺を含めた全員が良識的ということだ。それも宝来と近藤という二人の存在が安心感を与えてくれるのだろう。

会って間もない関係だが、彼らは信用できる人物だと思ったんだ。


それから俺たちは男女で分かれて寝床に付いた。男子はバックヤードにベッドを作り、女子は事務所に鍵を掛けてソファーなんかを利用して寝ることとなった。


避難用具のアルミシートを布団にして俺は思う。

必ず全員で元の世界に帰るんだと。

この大切な仲間たちと一緒に。


「なあ、何組の子好きとかあんの?」

「修学旅行じゃねーし」


俺はニヤニヤと笑いながら言う近藤の頭にレジ袋を被せ、腕と頭をビニールテープでグルグル巻きにすると。


「おやすみ。明日もよろしくな」


サバイバルを生き抜く仲間にそう言って眠りについた。


「ふぁんふぁ!ほへーほ!ふぁいふぉふぁふふぁ(なんだ!こえーよ!サイコパスか)」


夜は静かにふけていった。


・・・・。


「ひゅっひゅいっひゅー。ひゅーすーひゅーすー」

「ぜんっぜん眠れん」


隣で寝ている近藤のうめき声がうるさくて寝付けない。それはもちろん自分でやったことなので、ここで息の根を止めてやろうなんてサイコパスなことはあんまり考えないようにした。


「ちょっと夜風にでもあたってくるか」


俺は独りごちる。


電気の通っていない自動ドア。強引に手で押し開ける。


「おぉ・・・」


外に出ると空一面に綺麗な星空が広がっていた。街じゃ見られない動画でしか見たことが無い満天の星空。星が流れるように連なって、綺麗な線を引いている。


「これが天の川ってやつか」

「夏の大三角に囲まれるようにして夜空に光の雲が掛かっているな」

「近藤。生きて・・・いや、起きていたんだな」

「あの状態で寝ていられるほど俺は拷問には慣れていない」

「そうか・・・」

「そうだ・・・」


近藤は何事もなかったように自然に俺の背後から現れた。俺はとにかく自然な流れで近藤を前に向き直り距離をとる。


「どうした?なんで距離をとるんだ?」

「そのセリフは、お前が手に持っているロープとレジ袋を下に置いてから言え」

「俺んちのじいさんがな。受けた恩は3倍返しをしろって言うのが家訓でな」

「恩じゃないなら返さなくていいんじゃないか」


近藤は俺にロープを巻き付けようとしてくる。俺は近藤の腕を掴んで必死に抵抗をする。


「俺んちのばあさんがいつも言うんだが、仇だったら100倍返しにしろって言うんだ」

「お前んちのばあちゃんバイオレンス過ぎんだろ」


俺と近藤の力は拮抗している。俺も体育会系では無いがどうやら向こうもそうらしい。もちろん負けてやるつもりは無い。


「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。現役高校生なめんなー」

「ふぉぉおぉぉぉぉぉおおおお。くぐってきた修羅場の数が違うんじゃいー」

「ちなみにどんな修羅場なんですか?」


俺はちょっと怖くなって確認に入った。ちょっとだけだが。


「なになに?聞きたいの?俺の武勇伝」

「うっざ。やっぱいいや」

「まあ、聞きたいならしょうがない。教えてやるか俺の武勇伝」

「いえ、いいです。聞きたくありません」

「それは俺が一人暮らしをしているアパートでの話だ」

「結局しゃべるんかい」

「部屋でスカイプしながらゲームをしてたんだ」

「なんか話が急にちっちゃくなったぞ」

「その時。隣の部屋の住人がうるせーって壁越しに言って来たんだ」

「お?バトル勃発するのか」

「俺はそれを無視してやったんだぜ」

「全然ワイルドじゃない」

「しかも、ゲームはヘッドフォンにしてスカイプは切ったんだぜ」

「お前がビビってんじゃねーか」


全然たいした話じゃなかった。というか普通よりの普通だった。


「ええい。埒があかん。くらえ糖尿病で食べたい物が食べられないひいじいちゃんの恨み」

「かわいそうだけど恨み弱いな。それに俺関係ねぇじゃねーか」


内容はともかく近藤の力が上がった。


「そしてこれがビールの買い置きが無くてみりんにチャレンジして吹いたときの親父の分」

「なにが親父の分だ。ただの面白エピソードじゃねぇか」

「そして、入れ歯をいつも飼い犬に奪われるひいばあちゃんの分」

「なんかそれ聞いた事あるやつ。テレビでやってたやつ」


内容はさらにどうでも良く、なぜか更に力が上がった。


「くぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。これで最後だ。近藤家18人全員の力を貸してくれーっ」

「結構な大所帯・・・」


押し切られる・・・。そう思った時だった。


空から何か飛んで来た。


「ぐえっ」

「ぐわは」


頭に強い衝撃を受けた。完全な闇からの不意打ち。


足元に転がった物体を見ると、中身の入ったペットボトルだった。


「馬鹿どもっ。うるさいわよ」


宝来の声がした。


暗闇で声の位置が分かりづらかったが、月の明かりを頼りに見てみるとコンビニの屋根の上に宝来の姿があった。


「なんでそんなとこにいるんだ?」

「いいから静かにしなさい」


この距離を当ててくるなんて、どんな投擲技術なんだ?とも思ったが、俺と近藤はコンビニの屋根の上に行ってみることにした。


コンビニの壁面に鉄のはしごが掛けられており、暗闇の中手探りで登っていく。

5分もしないで登り切ると、対面にビニールシートに座っている宝来と寄り添うように寝ている楠がいた。


月明かりがぼんやりと照らす二人の美少女の姿は、ある種、神秘的に見えた。

呼吸を忘れてしまうような芸術作品を見ているような錯覚さえしてくる。


同学年の女子にすっかり魅了され、気後れしてしまった俺はなんとか言葉をひねり出した。


「お前、楠があんまり可愛いからって・・・ついに殺ってしまったのか」

「頭が悪いにも程があるわね」


宝来は眉一つ動かさずそう返した。


「実際、なんでこんなとこに上がってきたんだ?」

「そうだそうだ。近藤の言う通りだ。怪しいぞゴフッ・・・」


またしても宝来からペットボトルが飛んで来た。なんという投擲技術だ。


「いま耳栓を持ってきていないから、あなたがしゃべると頭痛がするのよ」

「普段は耳栓していたのか」

「ノイズキャンセラー」

「騒音扱いなのか」

「騒音扱いね」

「なら仕方ないな」

「諦めるなよ近藤」


ソシャゲのガチャと近藤の弁護は当てにならない。


「で、なんでなんだ?」

「ええ、それはね。この子が寝付けないって言うから、星を見に連れてきたのよ。いま眠ってるから静かにしてなさい」

「そうだったのか。でも、わざわざ登ってこなくてもよくないですか?」

「なんで急に敬語なのよ」


俺は宝来の不自然な行動にちょっとした恐怖を覚え、自然と敬語になっていた。


「星を見るだけなら下でも見れるのに、はしご登って来ているのに若干の狂気を感じるというか」

「たしかに・・・常軌を逸しているな」


近藤も同意した。

この暗闇の中、女子が梯子を手探りで登り、星を眺める。大の男二人も若干尻込みをする暗闇の梯子を華の女子二人が悠々と登っていく姿が想像しづらい。


「近藤さん。これはアレレー案件じゃないですかね?」

「蝶ネクタイをした少年探偵がその辺にいるかも知れない」

「ちょっと何言ってるかわからないわね」

「なんでわかんないんだよ」

「少年探偵だろ?名探偵だぞ」

「あぁ・・・。はいはい漫画の話ね」


宝来に軽く流されてしまった。


「翔の馬鹿はほおっておいて、実際なんでこんなとこまで登って来たんだ?危なかっただろ」

「楠さんが星は見たいけど虫が苦手って言うから登って来たのよ。まあここにもいないわけじゃないんだけど、地面よりはマシだしね」


至極まっとうな理由だった。


「それに、仮にそのまま寝てしまっても下にいるよりかは安全だと思ったからね」

「どういうことだ?」

「あんたはこの状況にちょっと慣れすぎじゃないかしら?こんなよくわからない状況下で野生の動物なんか出てきたらどうする気なのよ。確かに1950年に発足した狂犬病予防法で野犬は減少しているとはいえ、屋外だと夜行性のヘビもいるし安心して寝ていられるわけないでしょ」

「そんな圧で言わなくても」

「なんか一気に怒られたな。一応謝っとこう」

「「ごめんなさい」」

「素直に謝られると気持ち悪いわね」


俺たちの綺麗な90度お辞儀が功を奏し、怒りを鎮めてくれたようだ。


「ん・・・んん・・・」


その時、楠が寝返りをうちながら声を発した。おお、楠。生きて・・・いや起きたんだな。

宝来はよしよしと楠の頭を優しく撫でている。クラスでも女子同士でこんなんやってるのたまに見るよな。なんなんだろうなあのスキンシップ欲求は。

なんと羨ましい・・・じゃない。

楠は宝来の言うとおり寝てただけだったようだ。

もちろん俺たちも、本気でアレレーな案件だと思っていたわけではないが。


「あんた達がうるさいから、この子起きちゃうじゃない。さっさと下に降りなさい」

女子二人がゆりゆりしているところに野郎がうろうろしているのも心地が悪い。宝来の言う通り、俺たちは下に降りることにした。

しかし、気温は寒い程ではないとはいえ、夜の間ずっとここに居ると冷えることもあるだろう。俺は近藤とは違い気遣いの出来る男だと自負している。


「宝来。ほらっ」


俺は去り際に宝来に包みを投げて渡した。


「なによ。これ」

「さすがに外は冷えるだろ?それでも使っておけよ」

「へぇ。毛布かカイロかしら?見た目は醜悪なのに気が利くのね」


褒めるときに下げてから上げるタイプ。効果は2倍。


宝来は俺の渡した包みを開ける。


「こ、これは・・・。どういう意味かしら?」


宝来の手には俺が渡した紙オムツが握られている。


「おう。良いってことよ。夜も冷えるからな。トイレに行きたくなっても梯子を下りてくるのも大変だろうと思ってな。これ新製品らしくてな450mlまでいけるらしいぞ。安心だろ?」

「あぁんたぁねぇ」


近藤は先に降りて行ったので、俺は後を追うように梯子に手を掛けて言う。


「はっはっは。良いってことよ。気にすんな」


俺は片手を振り、梯子を下り・・・


「落ちなさい」


ようとしたとき、宝来からムエタイ選手張りの鋭い蹴りを顔面に受け、梯子から突き落とされた。


「ぐぇっ」


肺が持ち上げられるような衝撃を受ける。俺は背中から地面にたたきつけられた。


「いてっ」


続いて、せっかく渡してやったオムツも投げて来た。

なんなんだその投擲技術。天才か。


「ごふっ」


立ち上がろうとしたが力が入らず、俺はそのまま意識を手放した。


「だからナフキンにしておけと言っただろう」

「そういうことじゃないっ」


薄れゆき意識の中で、近藤と宝来の声が微かに聞こえていた。


こうして俺の、俺たちの異世界生活の一日目が事もなく過ぎたのだった。

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