今度こそは壊さないようにしようと思っています(希望)
最奥に行きたいという少年。
彼は、とてもいい笑顔でにこにこと笑っている。
対面にいるベクター。「はぁっ??」と言ったまま、口は開いたままだ。
少年が最奥に行きたいという、このダンジョンは七階層まである。
ギルドの公式ガイドブックでは、踏破済みダンジョン。モンスターレベルは中。中級冒険者であれば攻略可能とされている。
公式ガイドブックに踏破済み、という事は、過去にベクターみたいな特級レベルの人達が、ダンジョン攻略を行った証。
マッピングやらモンスターの生態系やら採取ポイント等を調べて、ガイドブックに載せる。
最奥に行く事だけを考えれば、ルートも確定されている為、難易度はそんなに高くない。
ただ、この前のような火トカゲさん(4m)、みたいな事もある。
ダンジョンでのイレギュラーは常に発生する。
イレギュラーが発生する要因として、闇の霧と云われる『瘴気』の存在がある。
この瘴気は、モンスターの生態系に悪影響を及ぼすと言われている。
火トカゲ(4m)も、瘴気の影響ではないかとベクターは考えているようだ。
魔物だけではなく、人が瘴気に触れてしまうと、体調を崩す事もある。
瘴気の中に長時間いれば、瘴気が体の中にとどまり、正気が保てなくなる事もあると言われている。
このドゥーネ王国では、瘴気は基本的に人が暮らすような場所には発生しない。
ダンジョンの下層部や、普段人が立ち入らないような場所など、空気が淀んでいる場所には瘴気が溜まりやすい。
勇者の事を謳った古臭い書物に、“ドゥーネ王国の『彼の地』に闇の霧を集め、それを勇者が払う。”と記述があるらしい。
『彼の地』がどこかは分からないが、ドゥーネ王国で地上にめったに瘴気が発生しないのは、古臭い書物に記された『彼の地』に瘴気が集められているからだと信じられている。
他の国では、普通に地上に瘴気が発生している為、その書物に書かれた一文は余計に信憑性が増すのかもしれない。
ダンジョンの下層部等には、他の国と同じように瘴気が溜まるので、下層に行けば行くほど危険度が増す。それでも七階層位であれば、まだましだろう。
「しかし、この前イレギュラーが発生したばかり......」
ベクターがやっと開けた口を動かした。
「この忙しい時期でなかったら、他に人もいるのに......」
相変わらずエル達しかいないようで、ベクターは「うむむむう」とうなり声を上げる。
忙しいのは瘴気が魔物を蝕んでいるせいではないかと、ベクターは考えているが、それを口にはしない。
各地で魔物がいつもとは違う行動パターンを取っている。人里近くまで現れなかった魔物が最近は現れるようになっている。
「僕的には誰でもよいよぉ、面白ければ」
少年は、かわいい笑顔をベクターに向ける。
「てか、何で最奥なんて行ってみたいの?」
ニコニコ笑っている少年にエルが質問をぶつける。
「?」
きょとんとした。目がぱっちりと開いて、その視線はエルを見つめる。
「面白そうだから?」
にっこり。フィーとは違うかわいらしい笑顔。かわいいのだが、何だろう、断らないよね?と聞かれているような気がする。
しばらく悩むベクター。答えが出たのか真顔になる。
「現在出せるのは、このエルシアとフィーネだけ」
ちらりと二人を見る。ちょっと薄目。そんなに嫌なのか、エルの眉間にしわが寄る。
「安全を最優先させる場合は、何日か待ってもらえれば、他の冒険者を手配できますが......」
余程エル達に行かせたくないらしい。
「今がいいなぁ」
少年は、迷うことなく即答する。
「......最奥を目指すだけであれば、最短ルートを行けばそんなに時間は掛からない......」
ベクターは護衛の料金を考えている。多分法外な金額を出すのではないかとエルは予想する。
「一人、15ギニー。二人で30ギニーです」
エルは目を見開いてベクターを見た。おっさん、ぼったくりすぎじゃね? そう思ったが声には出さない。
通常このダンジョンレベルの護衛だと、3ギニーから5ギニーだ。すでに攻略済みだし、ルートもはっきりと分かっている。出てくる魔物もエル達くらいであれば瞬殺出来る。
確実に向こうから断って頂こうとしている思惑が見え隠れする。
「いいよぉ、それ位なら。はい」
少年は腰に付けていた皮の袋をはずして、お金を取り出しベクターに手渡す。
即金で払われてる。断れないパターン。
「はぁっ??」
またベクターの口が開いた。
顎外れないのかなー、もうチョイ開いたら外れそうだなー、そんな事をエルは呑気に考えていた。
☆
「薬草は持ちましたか?」
こくこくとフィーが頷く。
「ポーションは持ちましたか?」
ちょっと面倒くさそうにエルが頷く。
おかんか!っていう突っ込みをエルはぐっと飲み込む。
「冒険は、ダンジョンを壊さず、戻ってくるまでが冒険ですからね!」
ひどい言われようだなぁとエルは首をすくめる。まあ日ごろの行いのせいなのだけれども。
「壊さないですぅ」
フィーがぷくーと膨れて言う。あらかわいい。
「壊れるんですぅ」
続いた言葉があんまりかわいくなかった。ベクターはため息をつく。
そしてエル達がダンジョンに入るまで、「壊すなー壊すなー」と言い続けていた。
「じゃ、行ってくるわー」
マップを見てルートは確認した。最短で最奥までいって、何するかは知らないけれど、戻ってくる。ちょっとだけ遠足気分なのは内緒にしておこうと思う。
二階層目(花のアーチ入口)からになるのでちょっと楽だなとも思う。ガイドブックは修正になるのかな?と思い、興味でベクターに聞いてみる。
どうやら次の会議で、修正案を提出するらしい。
それを聞いていたおじさんが、「ダンジョン名、夢のダンジョンにしようぜ!!」とか叫ぶ。ベクターは耳に手を当てて聞こえないふりを決め込んでいた。
☆
「僕の名前は、レオ。レオ・ドナルドって言うんだぁ」
ごつごつとした壁面に囲まれた、ちょっと薄暗いダンジョンの道。そんな中、楽しそうにちょっとスキップ気味に歩く少年、レオが言う。
「レオ君ですねぇ、フィーネ、フィーネ・コリンです」
フィーはそう言ってレオに手を差し出す。二人はかわいらしい笑顔を浮かべながら握手。
「フィーと呼んで下さいですぅ」
「うん」
二人の笑顔がかわいすぎる。エルは二人を見てそう思う。
「お姉ちゃんは?」
二人の後方を歩いていたエルにくるりと振り向いて笑顔を向ける。
「え......」
いきなり笑顔を向けられ、なんだか分からないけど踏み込んだ足に力が入る。
「え、エルシア・オルコット」
かわいいフィーには慣れているが、少年のかわいさには免疫がない。
不自然にならない程度ではあるが、口調がぎこちなくなる。
実は、エルは小さくてかわいいものが好きだった。
自分がさほど小さくなく、かわいいとは対照的な位置にいると思っているから余計に。
ないものねだりなんだろうな、と思っている。
実際、エルの身長は165センチほど、すごく高いわけではないが、高いほうの分類に入る。
戦闘職故、均整のとれた筋肉がかわいらしさを拒む。
顔に関しては、顔だけを見れば、悪くはない顔のはず。絶世の美女ではないが、地味でもない。
ぱっちりと意思の強い瞳で、琥珀色が光の加減によっては金色に輝く。
黙って大人しくしておけば、と何度言われたかはもう覚えていない。
性格を知ってしまえば、残念だなと言われる。
何だよ、残念って! と何度憤慨したことか。もう憤慨する事もない、はいはい、ですませれる位に興味がなくなっている。
人は外見じゃない! エルはそう思っている。ただ、性格を知られて残念って言われている事に、気づいていないのが、さらに残念なのだが。
身長が大きめ、エルにとってはそれだけで小さいものは庇護の対象となり、かわいいの対象となる。
エルの身長は165センチ、フィーは150センチ。
そしてレオはフィーより少し低く見える、145センチ位か。
確実に見下ろす視線、そして今、あどけない笑顔がエルを見上げている。
天使の笑顔だ。
良くわからないけれどそう思った。
とりあえず、エルは自分にないものを持っている、小さいものが好きなのだ。
「エル、でいいよ。レオ」
何とか平常心に戻す。後でノアをぐりぐりしようと考える。時間外発生しないといいな、と思いながら。
「エルと、フィーだねぇ。よろしくぅ」
うん、フィーと並んで笑うと天使×2。破壊力が半端ない。
今すぐノアをぐりぐりしていいかな? 確実に時間外を請求されそうな行動を、何とか理性で抑えつけた。