修復しましょう、そうしましょう(2)
今、エルとフィーは岩に押しつぶされそうになっている。
先ほど、フィーが掴んだ岩が岩山の均衡を破ってしまい、二人に襲いかかったせいである。
ある程度崩れてきて、もう崩れるものがないのか、振動は止まった。
崩れてきた岩から、フィーをかばうように覆いかぶさっていたエルは、岩の重さに負けないようにぐっと全身の筋肉に力を入れている。
「フィー大丈夫か?」
エルの問いにフィーは頷く。
さて、どうしよう。外ではエル達を心配する声がかすかに聞こえてくる。
このまま岩をどかしてもらうのを待ってもいいけれど......。
待つのは好きじゃない。
あっさりと一番最初の考えを切り捨てる。
言霊で岩をどかすか?
いや、四方八方に散る可能性がある。ここは人が多くいた、怪我をさせてしまうかもしれない。
二つ目の考えもダメだ。
「エルちゃーん、ごめんなさいですぅ」
エルの下でフィーが謝る。フィーが岩をつかんでしまった為、崩れてしまった事を謝っているのだろう。
「大丈夫。なんとかなる」
エルは考える。安全な方法で。何かないかな。岩、邪魔だな、小さくならないかな......。
「小さく?」
考えが口に出る。
「エルちゃん?」
不意に出た言葉に、フィーが問いかける。
「フィー、岩を砂みたいに変えることって、できない......」
よね? と言いかけた。どんな魔法だよ、それ。岩を分解するのか?自分の考えた事が、突拍子なさすぎるなと思った。
「んーー」
ちょっと考えている風なフィー。
「出来ると思うのですぅ」
マジデ。あんまり魔法に詳しくはないけれど、あれかな? もしかしたら岩を切り刻むとか、そう言う物理方面かな? と考える。
出来ると思うと言ったフィーは、いつものようにコモンを唱え始める。両手杖はさすがに使えない。
背負っている状態で押しつぶされているので、取り出せない。
杖の代わりにフィーは自分の前で、手を組んでいる。コモンが終わり、息を吐く、言葉を紡ぐ。
「岩岩ぁ、砂砂ぁ」
何それ。呪文なのか!?
そう思った瞬間まわりが光り始めた。眩しい。体を押しつぶしていた重みが軽くなってくる。
軽くなると同時に体に砂がまとわりつく。あ、このまま砂に埋もれるのまずくない?
「フィー、このままじゃ砂に埋もれる!」
腕で降りかかる砂を払うが、何せ量が多い。間に合わない。
「えあー」
ふわっとフィーの周りに風が巻き起こる。
風は砂を巻き上げて飛散していく。フィーさん、先ほどコモン唱えました?聞こえませんでしたが。
「続きだから大丈夫なのですぅ」
まあいいや、深くは突っ込まないでおこう。とりあえず、体にまとわりついた砂を払う。
「ひゃー、えらい目にあった」
口にも砂が入っていて、それをぺぺっと吐きだす。
岩をどかそうとしていた人たちが、茫然とした目でエル達を見つめている。
「ぶ、無事で良かった......」
「一体何が......」
今起こっている事を処理できずに、口々につぶやいている。
うん、何が起こったんだろうね。岩がサラサラとした砂になったけれど。
「岩岩、砂砂なのですぅ」
説明になっていない言葉を言いながら、フィーも砂を払う。
「エル、フィー!」
ノアがすごい勢いで飛んでくる。エルにぶつかる寸前で、ノアは鼻っ先をエルに掴まれた。
「ぶつかるって、ノア」
つかんだ鼻をはなし、ノアを肩に乗せる。ノアの尻尾がエルの首に巻きつく。
「ちょ、ノア、尻尾のぎざぎざ痛い」
ちくちくするって、と言いながら巻きついた尻尾をほどこうとする。
「まったく、ちょっと目を離すと何するか......」
大丈夫、とは思っていたけれど、という言葉をノアは飲み込む。エル達からは、ちょっとでも離れたらダメだ。いつもリュックにいるようにしなければ。改めて決意する。
いつでも助けれる範囲にいないと、この主はどうなるか分かったものではない。
「で、嬢ちゃんたち......これは一体?」
助けてくれようとしていた人の中で、一番偉そうな人がエル達に問う。
「岩岩」エルが言う。
「砂砂?」フィーが首をかしげる。
「説明になっていませんよ」
ノアがため息をついた。
多分、フィーが岩を分解して、砂にしたのだろうとノアは判断する。
分解の魔法は一般的ではない。破壊する事と似てはいるが、破壊が外からの衝撃等を与えて粉々にする事に対し、分解は内側、核となる部分から破壊していく。
(相変わらず、どこまで魔力を持っているか......判断できませんね)
ノアはフィーをちらりと見る。ニコニコといつもの笑顔だ。この少女は自分がどんな凄い魔法を使ったかなんて、気づいていないのだろう。だから、この魔法の詳細について、誰かに言うつもりもない。
ノアはエルの首に巻きつけた尻尾に、そっと力を入れた。
「まあ、とりあえずは無事で良かった」
さっきの偉そうなおじさんが、そう言ってエルの背中をバンバン叩いた。
「いてて、強く叩きすぎだって!」
文句を言いながらもエルは感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、助けてくれようとして」
「ははは、当たり前のことだ。にしても......」
おじさんは周辺に目を配る。
岩はすでに跡形もない。
「もう岩を除去する作業は終わったな!」
またバンバン背中を叩かれた。痛いって、とエルは抗議の視線を送る。
「作業的に、2~3日の予定だったからな......こりゃあ早く終われそうだ」
すでに二階層目への入り口は確保されて、入口っぽく穴をあけている。
「嬢ちゃんたちは、二階層目の補強が必要か、見るんだっけな」
ベクターの指示では確かそうだった。
「一階層目の床だった部分で、危なそうな場所はすでに補強済みだ」
おじさん、仕事が出来る男ですね!さすがです。
「じゃあ、軽く見てくるだけでも大丈夫か......」
エルが跳躍する時に、力を入れ過ぎた場所だけはちゃんと見ておこうと、心に刻む。
「おう、こっちは入口へのアプローチまでの道を固めるから、軽く見てきてくれや」
おじさんはそう言って、他の人に指示を飛ばし始める。
「それが終わって暇になったら、入口を飾っててもいいぞ」
ニヤリと何かを企んでいる笑顔を向けるおじさん。
「仕事には遊び心がないとな!」
どうやら、岩をどかす時間が短縮できたので、アプローチを装飾するつもりらしい。
「どんな風に遊ばれるのですぅ?」
フィーは興味深々。
「こうな、ぱーーっと花が咲き乱れてだな、どーーんときてな、うぉぉぉってな感じだ」
いや、全然分かんないです。何その感覚的な言葉の羅列。
「はわぁ、ぱぁーーで、どーんで、うぉぉなのですねぇ」
通じちゃってるよ。
フィーは入口を装飾したいらしい。エルはノアと一緒に、二階層目の確認しに行くことにする。
はわぁとか良くわかんないし。とりあえずフィーに任せたらいいだろう。
いいんですか?っていうノアの心配はスルーする。壊しはしないだろう。そう考える。
「じゃあちょっと見てくるわ」
ひらひらとフィーに手を振る。フィーは入口に立って両手杖を構えていた。
「はいですー。フィーも頑張るのですー」
お、おう。何を頑張るか分からないけれど。頑張れと伝える。いい笑顔の「はいですぅ」を聞いて二階層目に足を運んだ。
とりあえず二階層目の天井を見ながら進む。
ノアも近くを羽ばたきながら、時折こんこんと強度を確かめる。
「大丈夫そうですね」
特にエルが足場にしたあたりの天井を、ノアに頼んで詳しくみてもらう。
「崩れなさそう?」
エルの問いにノアが頷く。
「ちゃんと強化されてますよ、大丈夫と思います」
これが原因で崩れて、誰かに怪我をさせるとか考えたくない。大丈夫そうなら良かったとエルは胸をなでおろす。
たまに崩れそうなところがあれば、地図にチェックを入れて後でおじさんに渡せば強化してもらえる。
「大体は見れたかな?」
昨日の今日で、魔物も警戒しているのか姿を見せない。
「ですね、戻りますか」
しばらくすれば、魔物も通常運行するだろう。そしたら狩りに来てみよう、火トカゲの肉は淡白で結構おいしいのだ。
ダンジョンの入口に近づく。なんだか良くわからないけれど、いい匂いがする。
食べ物系ではなく、植物系のいい匂い。
入口に近づくほど匂いが強くなってくる。
「どうして花の匂い......」
が?まで言えなかった。目の前に広がる風景に薄目になる。
「これ、ギルマス見たら卒倒しませんかね?」
「あはは、あたしに聞くなよ。ノア」
入口付近で薄目のまま立ち止まる。
エル達の姿に気づいたフィーが大きく手をふった。
「いやぁ!すげぇな嬢ちゃん!」
おじさんがフィーをほめたたえている。
「これでアプローチも完成すりゃー完璧だ!」
さすがにアプローチはまだ完成していないらしい。
「俺はこういうのが好きなんだ!」
おじさんが目をキラキラさせながら、ダンジョンの入り口を見つめる。
ダンジョンはアーチ状の門がまえになっており、そのアーチにいろんな花が咲き乱れている。
「ロマンだ!」
あ、はい。こぶしをぐっと握り締めるおじさん。ちょっと熱意に引く。
「昨今のダンジョンっていやー、なんかこう厳つい感じじゃねぇか!」
熱い。
「そんなんじゃなくってだな! こう夢のような入口があってもいいと思うんだ!」
熱すぎる。
「夢の入り口ってなんだよ......」
悪夢か?聞こえないように呟く。
エルは、おじさんの熱演を延々と聞かされる。これは辛い。フィーはうんうんと楽しそうに肯定してる。
熱演を聞いていると、知らない笑い声が聞こえてくる。
いけない、ちょっと違う空間に意識を飛ばしていた。エルは慌てて現実に焦点を合わせる。
誰が笑ってる? とその声の主を探す。
笑っているのは小さな、フィーの身長と比べるとフィーよりちょっと低い、男の子。
黒髪、黒目で髪の毛はふわっとさらっとしている。
「あはは。この入口、楽しいねぇ」
あどけない口調。年はいくつくらいだろう、エル達よりは年下に見える。口調と同じく、あどけない表情。かっこいい、よりは、かわいいが当てはまる。
誰だ、この男の子。考えても分からない。いつの間に来ていたかもわからない。
うーん、と考える。わかんないなーと考えるのをやめようとした時だった。
「な! なんですか! これは!!!」
後ろから知った声の絶叫が聞こえた。あ、やばい。また怒られる? いやでも壊してないし!
そんないろんな気持ちが、エルの中をぐるぐる回る。
絶叫するベクターを、おじさんが素早く捕捉する。
「良いだろう。まだアプローチは出来ていないが、なだらかなスロープのわきには花が咲き乱れ、あのアーチにつながる!」
相変わらず熱い。
「そして、あの夢のようなアーチから、新たな冒険が始まる!!」
「いや、普通でいいじゃないです......」
か。とベクターはいわせてもらえない。
「このロマンがっ!!!!」
珍しくベクターが押されている。珍しいからもうちょっと見ていよう。
おじさんとベクターを観察していたら、先ほどの笑っていた男の子が近寄ってきた。
「あの人、この辺のギルドマスター?」
ベクターを指さす。
「うん。一応偉い人」
あの押されている姿は、偉い人に見えないなと思って、つけたしてみる。
「そっかぁ。ねぇ、ギルドマスターさん」
男の子が、おじさんとベクターの間に割って入る。
「このダンジョンの最奥に行きたいんだけど、だれか僕の護衛してくれる人いない?」
そうかー、君は最奥にいきたいのかー。男の子が言った言葉を復唱してみる。え?最奥?
「は!?」
ベクターは、こんなところで依頼を受けるとは思ってもいなかったのか、かなり素で言葉を返した。
「なんで最奥に? しかも自分で? アイテム採取とかじゃなく?」
矢継ぎ早に疑問を投げかける。
「しかし、今はみんな出払っていて......」
うーんと腕を組み考え込む。
「なら、このお姉ちゃん達でいいよ、護衛」
男の子はエルとフィーを指さす。
「はぁっ??」
ベクターは今日一素っ頓狂な声を上げた。