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修復しましょう、そうしましょう(1)

 ダンジョンの一階層部分が崩壊してから、一夜明けた。

 エルは自室のベッドから起き上がり、軽く伸びをする。


「んー良く寝た」


 ここはギルドの寮。収入が安定しないランクの低い冒険者たちが寝起きを共にしている。

 ベッドと、小さなテーブルが置かれただけの殺風景な部屋。

 ベッドの横にある窓のカーテンを勢いよく開ける。


「今日も良い天気だなー」

 この先に待っている労働を思うと、もう一度布団に包まりたい気持ちに激しく襲われる。

 ぽふ、っとベッドに体を投げ出してゴロゴロしていると、扉がノックされる。


「ほーーい、フィーか?」

 顔を上げノックされたドアを見る。ガチャリとノブを回す音が聞こえ、開いたドアの隙間からフィーがひょっこり顔をのぞかせた。


「おはようなのですぅ、起きてました?」

 今日もふわふわ笑顔。


「さっき起きたー」

 よいっしょっと掛け声をかけ、ベッドから起き上がる。


「朝ごはん食べたら行くです?」

 行く前に、ベクターが顔を出せとか言ってた気がするなー、と思いながら着替え始める。

 ぱぱっとシャツを着替え胸当てを装着する。スパッツ、スカート、靴下、ブーツと次々と身につけていく。

 おろしていた髪をまとめて上の方へ持っていき、いつもの位置でギュッと固定する。


「じゃ、飯いこかー」

 リュックを背負うとリュックの中身がもそっと動いた。

「あらあら、ノアちゃんはまだ寝てるのですねぇ」

 フィーがリュックを触る。

「起こすなよー時間外! とか言われたら堪らん」

 ふふふとフィーは笑う。

「今日の朝ごはんは何でしょうねぇ」

「いっつも同じだろー」

 二人は部屋を出て廊下を歩いて行く。廊下には似たようなドアが並んでいた。


「エル、フィーおはよう」

 廊下を歩いていると、ドアが開いて人が出てくる。


「あ、おはよー」

「おはようなのです、マルセル」


 マルセルと呼ばれた少年は、まだ眠いのか大口を開けてあくびをする。


「そいやー昨日ダンジョンまたつぶしたんだって?」

 マルセルはにやりと笑う。

「一階層だけだって、つぶしたの」

 情報は正しく伝えようと、エルはちょっとだけ修正する。


「入れないんじゃ、つぶしたようなもんだろ?」

「今日なおしに行く」

「なおるもんなの?」

「知らん、ギルマスにきけ」

 マルセルも朝ごはんなのかエル達と一緒に廊下を歩く。


「まあ......あんま壊すなよ」

 ぽんぽんとマルセルに肩をたたかれる。

 そんな話をしていたら、目的地の食堂に着いた。

 マルセルは自分のパーティメンバーを見つけて、エル達に「じゃ!」と声をかけて去っていく。


「エルちゃん、ご飯もらってあそこで食べましょ」

 フィーが窓際の席を指さす。無言でうなずいて朝ごはんをもらってくる。

「今日はぁ、スープとパンとチーズですねぇ」

「今日も、だろ」

 まあ、まずくはないからいいか、肉っけは足りないけど。とエルは思う。


 エル達は、このギルドが提供している寮で暮らしている。

 冒険者は滞在が短い場合は宿をとったりするが、長くなる場合は長期間滞在できる場所を確保する。お金があれば。

 中級ランクでもなかなか収入が安定しない。冒険を始めたばかりだとなおさらだ。


 ギルドは後続を育てる意味もあり、寮という形をとって冒険者に提供している。

 ギルドの仕事は危険を伴うものも多い。お金がないからと言って十分な睡眠や食事がとれぬまま仕事に行かれても失敗する確率が上がる。


 このような共同生活をすれば、いずれは仲間になったり、仲間にならずとも情報を共有できたりと何かしらの絆になる。そして何より「帰ってくる場所」があることが成功率を上げるのだ。

 ギルドはそんな目論見もあって寮を冒険者に提供する。


 そのうち中級でも安定して稼げるようになれば、ここを出ていき、ギルドに恩返しとばかりに貢献してくれる。そんなこともギルドは織り込み済みだ。


 エル達がここにきて何人もの人が巣立って行ってる。いつも見送るばかりで寂しくないといえばウソになるが、たまにこの食堂のご飯を食べにくるので、それはそれでいいかなと思っている。


 そんなことを思いながらもくもくとご飯を食べる。

「ごち!」

「ふぁー、エルちゃん食べるの早いですぅ」

 食べ終わったエルを見て、フィーが一生懸命ちまちまをパンを食べる。

「ゆっくりでいいって」

「エルの早食いは今に始まったことではないですからね」

 いつの間にかリュックから出てきていたノアが、チーズを口にいれてモグモグする。


「前から思ってたけどさー」

 エルがモグモグしているノアを見る。

ドラゴンって何でも食うんだな」


「他のドラゴンが何を食べているかは知りませんが......」

 チーズを食べ終えたノアは、スープをちろちろ舐める。

「私はなんでも食べれますね」

 エルが何でも食べさせていたから。という言葉を飲み込む。


 多分ノアは、食事というものをしなくても生きていける。目に見えない要素というものを取り込み、力にすることができる。

 エルと主従契約を結んだ後、エルはペット感覚でノアに食事を与えた。

「うまいか?」と無邪気な笑顔のエルに「いらない」とは言えなかった。

 そこからノアは何でも食べれるドラゴンになった。嬉しそうに食べ物を分け与えてくれるあるじの顔を、悲しみに染まらせたくなかった。エルには一生言うつもりはないが。


「お腹一杯になったのですぅ」

 フィーが食事を終えたようだ。エルが立ち上がる。


「じゃ、ギルマスん所いって今日のお仕事頑張りますか!」

 エルの号令でノアはリュックの定位置に収まる。

 今日は修復だ。この子たちにそんなことができるのか......そんな事を考えながら。



「修復を手伝ってくれる人はもう現場に行っているはずだ」

 ギルドに行ってベクターに声をかけたら、ベクターは何か紙のようなもってエル達に近づいてきた。

 紙をテーブルに広げて、説明を始める。


「これは修復予定図だ」

 紙には昨日のダンジョンの平面図と一階層、二階層が書かれた立面図が記されている。

 ベクターの顔には疲労が伺える。


「ベクターさん眠そうですぅ」

「昨日はほぼ徹夜だったからな」

 仕事好きか! そんな表情をした事に気付いたベクターがエルを睨む。


「お前らにただ修復しろと依頼しても、好き勝手やるだろう!」

 胃が痛むのかお腹をさするベクター。

「下手したら、『修復できそうにないから壊しました☆』なんて事になりかねん!」

「おおー」

 凄い! 読まれてる!

「いや、読んでないから。経験則だから!」

 ふかーくため息。言っても仕方ないと判断したのか、説明を始める。


「とりあえずは、崩壊してしまって岩だらけになった一階層に当たる部分の、障害物の除去」

 立面図の一階層目を指さしながら、ベクターはぴっと指をはじく。


「除去が終われば、くぼみが出来るから、二階層目への階段をこのダンジョンの入り口と見立てて」

 二階層目の階段の位置を指し示す。

「ここに向かって、なだらかなアプローチを作る」

「アプローチ?」

 フィーは首をかしげる。


「元々一階層目はなかったことにする。それが不自然ではないように、二階層目へいけるように坂を作る」

 なるほど。証拠隠滅ですね、分かります。

「坂に関してはすでに計算して、今日現場へ行っている者にすでに説明済みだ」

 ベクターは二階層目を指さす。


「二階層目も補強がいると考えている。エル達は障害物の除去と、二階層目の補強が必要な場所の割り出しをしてくれ」

 専門的な事は今日現場に行ってる人たちがしてくれる、とベクターは付け加えた。


「くれぐれも、壊すな、暴れるな」

 ベクターのお小言にエルとフィーは声をそろえて「はーい」と返事をする。


「ホント、返事だけはいつもいい......」

 説明が終わったのかベクターは紙をくるくるまとめる。

「後で見に行く」

 そう言って、丸めた紙でエルとフィーの頭をぽんぽんと叩いた。





「って、岩多すぎじゃね?」

 現場着。壊したのは自分たちだというのに、他人事のようにつぶやくエル。


「まあ、多すぎっていうか、岩で出来た洞窟が崩壊してるんですから、岩だらけでしょうよ」

 ノアが首をすくめる。

「でもでも、お手伝いしてくださる人いっぱいいるのですぅ」

 どちらかというと、エル達がお手伝いで他の人たちがメインで修復なのだが、フィーは嬉しそうに笑う。

 現場は忙しなく人が動いている。ベクターが持っていたような紙を持って指示する人、それに従って作業する人。


「じゃ、あたしらもやりますかー」

 エルは右腕をぶんぶん回す。

「はいですぅ」

 フィーは小さく両手をぐっとする。

 二人は転がっている岩を、指定された場所へ運搬する作業を始めた。




「全っ然、おわんねぇ」

 もう何往復したか分からない。大きな岩は、エルがもう少し持ち運びが出来るサイズに粉砕して、運びやすくして運ぶ。

 フィーは元々そんなに力がないので、ちまちま岩を運ぶ。

 他にも運ぶ人はたくさんいるが、数が多すぎる。


「まあ、ペナルティですからね。いいんじゃないですか? 肉体労働」

 ノアは日向ぼっこしながら、エル達がせっせと岩を運ぶのを見学している。


「ノアも手伝ってくれて、いいんだぞ?」

「時間外労働ですけど?」

「デスヨネ」

 そんなやり取りも何回か繰り返している。


「この岩さん、ここに顔があるみたいで面白いですぅ」

 フィーは運ぶ岩を見て、顔があるとか、何かに似てるとかいって楽しんでいる。


「あーもう、休憩休憩!」

 運ぶのに飽きたのか、エルはその場に座り込む。


「良い天気だなー」

 空を見上げる。汗ばんだ体を風がなでて気持ちいい。


 岩の撤去は、今日一日で終わるような量ではない事は確かだ。

 ベクターも2、3日かで終われるように工程を組んでいる。

 やらなければ終わらない。仕方ないか、とエルは腰を上げて再び岩を運び始めた。


「エルちゃん、エルちゃん」

 フィーが岩を指さしながらエルを呼ぶ。


「どした? 岩でかくて持てない?」

 粉砕する? とフィーを見る。


「ここに、火トカゲさんだったものがいるのですぅ」

 フィーの言葉にエルはフィーが指さしたあたりを見た。


 あの時、エルが天井に穴をあける事により、大量に岩が降り注いだのであろう岩が、火トカゲに降り注ぎ火トカゲ達を押しつぶしてた。


「あんときより、小さくなってね?」

 つぶされた火トカゲの体長は、最初対峙した時に比べ明らかに小さくなっていた。通常サイズだ。

「気がぬけちゃったのですかねぇ?」

「風船か!?」

 呑気に言うフィーについ言葉を返す。

「はわぁ。火トカゲさん浮かびますかねぇ」

「浮かばない!」

 火トカゲの風船なんて、見た目もかわいくないだろう。想像してちょっと嫌になる。


 つんつん、とフィーが不安定な足元にも関わらず、火トカゲをつつく。浮かぶことを期待しているのか楽しそうに。

 火トカゲの上には、まだ岩がつみあがっている。


「フィー、まずは火トカゲの上の岩を......」

 エルがそう言った時だった。フィーが体勢を崩す。


「はわぁ」

 ゆらっとフィーの体が倒れこむ。

「ちょ! フィー!!」


 慌ててフィーの体の下に腕を伸ばす。フィーも何とか自分の体を固定しようとして、近くの岩をつかんだ。火トカゲの上にあった、ちょっと大きめの岩を。

 岩は保っていた均衡を崩し、エル達の上に降り注ぐ。


 ガラガラガラと、エル達の体が岩に消えていく。


「エル! フィー!」

 ちょっと遠くにいたノアが、慌てて飛んでくる。すでに二人の姿は、岩にまみれて見えない。

 そばで作業していた人たちも走り寄ってきた。みんなで懸命に岩を取り除こうとする。


「嬢ちゃんたち、大丈夫かー!?」

 声をかけつつ、手を動かす。岩が頭に当たっていないといいが......怪我をしていれば、すぐに救出しないと。そんな気持ちが動かす手を早める。


 まだエル達の気配はない。どれくらいの岩が崩れてきたのか、早くしないと。

 懸命に手を動かしていたその時、岩の隙間から光がもれた。


 光ーー?


 誰もがそう思った瞬間。手に持っていた岩が砂に変わる。

 先ほどまであった岩はなくなり、砂煙があたりを包む。


「ひゃー、えらい目にあった」

 パンパンと砂ぼこりを払いながら、エルが姿を現した。


「岩岩、砂砂ですぅ」

 ふふふ、と楽しそうに笑いながら、フィーも姿を現した。


「ぶ、無事で良かった......」

 助けようとしていた人たちが、今起こった事に唖然としながら口を開く。

 そして、周囲に視線を動かす。


「い、岩が全部なくなってるーーーー!!」

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